~閃光よ迸れ~
次第に周囲の炎が鎮火し始め、覆い隠していた景色を再び見せ始める中で。
絶え間なく逃げ続けるウィガテ王に果敢に斬り、撃ち、追い込んでいく。
斬る度に深く鋭くなっていく勇の斬撃。
撃つ度に精度が上がるちゃなの砲撃。
対してウィガテ王の体には疲労が蓄積し、確実に動きを鈍らせていた。
「うおおおお!!」
「舐めんなよォー!!」
そんな時、猛攻に気を取られていた勇へ不意打ちが襲い掛かる。
勇が魔剣を振りかぶった瞬間を狙ったかの様に、ウィガテ王がその太い足で蹴り上げていたのだ。
「ウゥッ!?」
それに気付いた時、既に勇は剣を振り下ろさんとしていて。
相手の足は巨体に身軽さを与える程の脚力を誇っている。
そんな足での蹴り上げで直撃を貰えばタダでは済まされない。
確かにこのまま振り下ろしてしまえば、相手に深手を負わせる事は出来るかもしれない。
しかしそれと同時に勇が致命傷を負う事になってしまうだろう。
その一瞬の出来事が勇の行動を分けた。
このまま振り下ろしてちゃなに全てを賭けるか。
それとも大きく逃げて仕切り直すか。
でも……勇はどちらも選ばなかった。
いや、厳密に言えば選んだのは―――両方。
勇はあろう事か、その身を大きく仰け反らさせていたのだ。
蹴り上げを躱せる程度に小さく跳ねながら。
だがそれは一つのきっかけに過ぎない。
振り下ろしの一撃を無為にしない為に。
「うおおおッ!!」
勇が狙ったのはウィガテ王の体では無い。
彼が狙いを変えた先は―――蹴り上げてくる足。
ドズンッ!!
その瞬間、鈍い音と共に血飛沫が舞い散った。
なんと、勇の斬撃がウィガテ王の蹴り上げた足半身を斬り落としたのだ。
勇の斬撃は跳ねあがった事で威力は半減していた。
それでも斬り落とす事が出来たのは、単にウィガテ王の蹴り上げが相当な力を誇っていたからだ。
人を簡単に潰し、蹴り上げる事が出来る程の脚力が逆に仇となったのである。
「ぎぃやああーーーーーーッ!!!」
途端凄まじい激痛がウィガテ王を襲い。
その顔をかつて無い苦痛でこれでもかと言う程に歪ませる。
対して勇は跳ね上げのままに背後へと舞っていた。
その身は幸いにも何一つ傷の無い、無傷。
とはいえ無理な姿勢での斬撃が祟ったのだろう、体勢は大きく崩れ。
間も無く大地へと転がり落ちたのだった。
「ぐっ!!」
粉塵を巻き上げながら勇の体が地面を滑り行き。
その時咄嗟に大地へ魔剣を突き立て、強引に勢いを押し殺す。
ガガガッ!!
危機を機会へ換えた事により、深手を負わす事が出来たから。
その前進たる結果が勇に次なる一手を与えんと、脚に再びの力を与える。
だがその瞬間―――勇の周辺を陰りが覆い尽くした。
なんと、あろう事かウィガテ王が逆に距離を詰めて来ていたのだ。
今まで逃げの一手だった相手が突如として攻めに転じたのである。
度重なる勇の猛攻で、ウィガテ王も引き下がれなくなったのだろう。
足まで切り取られて深手を負った事が拍車を掛け。
痛みを圧してまで、殺意をぶつけんと走り込んできていて。
これはまさにウィガテ王にとっての好機。
右手の魔剣を握り締め、力の限りに振り上げる。
地面に膝を突いた今の勇に逃げる術は―――もはや無い。
「ウッ!? しまっ―――」
「死ねぇええーーーーーー!!」
無情の斬撃が今、振り下ろされる。
ドッゴォォォンッ!!
しかしその時、突如として凄まじい衝撃音が鳴り響く。
突然、ウィガテ王の頭部が炎に包まれたのだ。
それはちゃなが撃ち放った火球によるもの。
勇を救わんと咄嗟に魔者そのものへと向けて撃ち込んだのだ。
その結果、幸運にも頭部へと直撃したのである。
「ぎゃああーーーーーー!!」
凄まじい炎がウィガテ王の頭部を覆い尽くし、その表皮を焼き尽くさんと燃え盛り。
その激しい熱がたちまち痛み、苦しみを呼び込んだ。
苦痛を取り除かんとばかりに、掴み所の無い炎を両手で払い始める。
携えていた魔剣すらその手から落として。
それでも炎は消えない。
その炎が普通とは異なる命力で出来た炎だから。
敵意を持つ相手を焼き尽くさんと腕にまで燃え広がりを見せる。
そんな好機を、勇が逃す訳など無い。
ちゃなが繋いでくれたこの好機を。
最高のチャンスを。
最大限に生かす為に。
「うわあああーーーーーーッ!!」
その時、勇が力の限りに大地を蹴る。
飛び上がらんまでの勢いで。
体を一気に押し上げながら。
狙うはその巨大な腹部。
そのまま一気に全てを裂ききるために。
ドズッ!!
そして遂に【エブレ】の刃がウィガテ王の下腹部へと突き刺さる。
刃全てを飲み込んでしまわんばかりに深々と。
途端、激しい光が赤黒い血液と共に傷口から噴き出した。
勇の持つ命力が斬撃に乗って放出されたのだ。
ウィガテ王はもはや声すら出せない。
肺に溜まっていた空気が全て燃えたからだ。
酸素を失った事でもがき苦しみ。
頭部と腹部の激痛が脳を突く。
それはもはや多重苦。
何が起きているのかわからなくなる程の。
だがそれでも、この様な目に合わせた敵を、彼は知っている。
どこにいるかも知っている。
それは自身の足元。
今まさに痛みの元凶として腹を裂き続ける―――憎き敵。
気付けば本能のままにその左腕を振り被っていた。
勇もまた負ける訳にはいかなかったから。
このままその一撃を貰う訳にはいかなかったから。
ウィガテ王の腹を斬る刃に一層の力を籠め、それを一気に解き放つ。
その瞬間、激しい光がまるでジェット気流の様に吹き出し、思い掛けない推進力を呼び込んだ。
それが腹部を斬り上げる刃を急激に押し上げ、ウィガテ王の半身を凄まじい勢いで斬り裂き始めたのである。
ズオオオッ!!!
ズルルルッ!!!
振り下ろされる巨大な左腕。
切り裂き昇る勇の魔剣。
二人の意地がぶつかり合った時―――遂にその瞬間を迎える。
迸る閃光。
舞う巨腕。
勇の渾身の斬撃が……ウィガテ王の左腕ごとその体を真っ二つに引き裂いたのだ。
片腕を失い、半身ももはや動かせず。
ウィガテ王が残った右手で炎を消そうと払い続ける。
だがもはやその炎は体中に回り始め。
勇が離れ行く中でとうとうその全身が炎に包まれた。
しかしもう、そこで限界だったのだろう。
間も無く動いていた右腕がだらりと垂れ下がり。
炎に包まれた巨体が「グシャリ」と大地へと倒れ込む。
もう既に微動だすらしない。
完全に力尽きたのだ。
勇達の勝利である。
既に周囲の炎は沈静化を見せ始めていた。
例え命力の炎と言えど触媒が無ければ燃え続ける事は出来ない。
標高が比較的高く、また梅雨ともあって植物や空気に湿気が帯びているからだろうか。
もはや易々と燃える物はあらかた燃やし尽くしてしまった様だ。
勇はそんな光景を眺めつつ、転がっていた【大地の楔】を拾い上げ。
勇を待つかの様に佇むちゃなの下へと駆け寄っていく。
「か、勝てたね」
「うん……」
珍妙な戦いではあったが、厳しい戦いでもあった。
勇にとっても、ちゃなにとっても。
例え相手が弱小であろうとも、こうして相対すれば雑兵とは比べ物にならない程の強さだったのだのだ。
でも、その結果勝利を納める事が出来たから。
事実が安堵を呼び込み、たった一言そう交わした二人の口元には笑窪が浮かぶ。
そんな落ち着いた表情が、改めて二人に勝利を実感させたのだった。




