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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第四節 「慢心 先立つ思い 力の拠り所」
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~決死の雑戯~

 ウィガテ王が放った秘技……【アースバインド】。

 その力は勇の想像を絶する能力を誇っていた。


 意識以外の全ての動きを止める力。

 まさに魔剣の名に相応しき異質の力。


 そしてあろう事かその能力に捕らえられてしまった勇。

 彼の心を瞬く間に焦燥と恐怖が支配した。


 何する事も叶わぬまま。

 それでも現実は動き続ける。

 果たして勇はこの絶望とも言える状況を打開する事が出来るのだろうか。






―――うわああああ!!―――


 勇の感情が絶望で昂っていく。

 焦燥が広げ、恐怖が煽り。

 そこから生まれたストレスが冷静な判断力を奪っていく。


 「このまま諦めた方がいいんじゃないか」

 「苦しいからもう楽になろう」


 そんな声が脳裏に木霊する中で。


 諦めたいと願う意思が片隅にあって。

 苦しさから逃げたい意思がそれに頷いていて。

 それらの意思が、たちまち勇の視界を暗闇へと落とし込む。




 しかしその暗闇が……途端に心へ穏やかさを呼び込み始めていた。




 その時生まれた平常心が、自身の心を客観的に見せる。


 そこには呼吸が出来ない事で酸素を欲する意思がいて。

 欲を叶えられない苦しみを叫ぶ意思がいて。

 苦しみを体現したいと訴える意思がいた。


 でもそれらを全て切り離してみれば……なんて事は無かったのだ。


 体の何もかもが動かないから酸素は必要無い。

 呼吸が必要も無ければ苦しい事も無い。

 苦しまなければ、動く必要なんて無かった。


 それに気付いても、どうせ全ては終わる。

 こんな悲観的な意思も浮かんでいたのは確かだろう。

 それらもひっくるめて冷静になれたから。

 勇の心からは不思議と焦りや恐れが消えていて。


 今こうして……意識を外へと向ける事が出来る―――






「―――ヌフッ、ングフッ……!!」






 勇の意識が視界へと移された時、目前の光景が露わとなる。

 ウィガテ王が剣を向け()()()その光景を。


 魔剣から放たれた光は未だ蠢き、その力が発動し続けている事を示す。

 つまり、時が止まった様に見えている訳でもない。

 

 ウィガテ王も動いていないのだ。

 魔剣を勇へと向けたまま、一ミリたりとも。


 唯一動いているとすれば、その醜い顔だ。

 プルプルと震えてよだれを垂らすその様は、明らかに何かを我慢している状態。


 そう、ウィガテ王も動く事が出来ないのである。


 しかも勇と同様に焦燥感と恐怖心に煽られている様で。

 違う点を挙げるとすれば……

 心構えなど出来てる訳も無く、今なおもがき苦しんでいるといった所か。


 必殺かどうかはさておき、本人も動けなくなるとは思ってもみなかったのだろう。

 この力はいわば【大地の楔】の特殊能力、魔剣を得た事で閃いた技。

 元々ウィガテ族が持つ力ではないからこそ、そんな副作用までは御存じ無かった模様。


 想像しえるはずもない意外な展開に、それを目前とした勇もただただ唖然とするばかりで。


―――えぇ~……―――


 先程まで焦ったり怖がったり、そんな感情がまたしても無為に消え。

 それが策略なら恐ろしいものだが、今の状況を見れば明らかに故意ではないのは明白な訳で。

 どこまで調子狂う相手なのだと呆れすら呼び込んでならない。




シュンッ―――




 すると突然、勇を覆い包む光が大気へ消えた。

 【アースバインド】が解除されたのだ。

 ウィガテ王が苦しさの余りに自ら解き放ったのである。


 たちまち自由を得た二人の体が大地へ突っ伏して。

 途端に襲い掛かった倦怠感が二人に荒い呼吸を誘う。

 例え呼吸が必要無かった状態だったとしても、錯覚した欲求が酸素を求めて止まなかった様だ。


「ハァッ……ハァッ……!!」

「ブファー!! コォー……ブファー……!!」


 酸欠か、それとも過呼吸か。

 酸素の薄いこの場所で、必死に息を整えて。

 眩暈に苛まれながらも、互いにその体を起こし始める。


 勇は体の感覚を確かめる様に左手を握り締めながら。

 ウィガテ王は剣を杖に覚束ない足取りのままに。


 珍妙な茶番劇とも言える出来事ではあったが、二人の戦意はまだ途切れていない。

 とはいえさすがのウィガテ王も今ので余裕が無くなったのだろう、歪んだ顔を更に歪ませて勇を睨みつけていて。


 一方で、勇には余裕が生まれていた。

 先程の間に落ち着く事が出来たのは大きいだろう。

 しかしそれ以上に、今の攻撃が予想もしない恩恵をもたらしていたのだ。


 左手が……動く。

 そう、左腕の痺れがすっかり取れていたのである。

 【アースバインド】効果が反作用したのだろうか。

 腫れて痛い事には変わりないが、今では力がしっかり入る程に感覚が戻っていて。


「よし、これなら……!!」


 つまり勇のコンディションは万全に近い。

 周囲の炎の影響で空気は薄くとも、身体を動かすだけの余力は充分。


 そして何より―――今は彼女が居る。


 そう、勇は気付いていたのだ。

 自身の背後に立ち上がったちゃなが居た事に。


 ここへ来てようやく彼女が立ち直ったのである。


「田中さん、お願いがあるんだ……!」


「は、はい!」


 ちゃなもずっと戦えていなかった事に後ろめたさがあるのだろう。

 勇の気迫の籠った声に強い反応を示す。

 その気力は十分、先程の一撃の影響も全く見られない。


 もうウィガテ王には余裕が無い。

 確証は無いが、そう手応えは感じていた。


 だからこそ、今こそが最大のチャンス。

 勇はそう考えたのだ。


「俺がまたあいつに攻撃を仕掛ける。 アイツはその時きっと後ろに下がって逃げるハズだ! そうしたら田中さんはアイツの逃げる方向に向けて小さな火の玉を撃って欲しい!」


「わ、わかりました、やってみます!」


「頼むよ!」


 ちゃなへそう伝えると、勇が一つ深呼吸をして息を止め。

 同時に自身に残る命力を滾らせ、全身へ力を巡らせる。


 するとたちまち勇の体周りを光のモヤが取り巻き始めた。

 隅々を余す事無く光が駆け巡り、時折ふわりと外へと舞い上がっていく。


 確実に、強くなっていた。

 先程よりも間違いなく。


 こんな戦いの最中でも、勇の力は僅かだが成長していたのだ。

 その実感が心と体に更なる力を与えていたのである。


ドンッ!!


 その力がもたらした踏み出しは、今までのものよりもずっと強い。

 土面を弾かせ、焼けた土を撒き上げる程に。


 そしてその駆け足は一歩一歩が大地を抉る程に強く、風の様に速く。


 今、勇は風となっていた。

 ただ愚直に、突き進むだけの突風に。

 

 それも相対するウィガテ王にとってはこれ以上に無い脅威に他ならない。

 その気迫、その勢いが再び巨体を引かさせる程に。


「うおおーーーーーー!!」

「んにゃ!? た、単調なんだよっ!!」


 ウィガテ王も黙ってやられるつもりなど無い。

 再び正面から仕掛けて来る勇に向けて振り下ろしたのは―――左拳。

 魔剣を持たない、丸太の様に太い腕での打ち下ろしだ。


 だがそれも勇には見えている。

 単調なのはウィガテ王も変わらないのだから。


ドボォンッ!! 


 凄まじい威力の拳撃が大地を突く。

 それに対し、勇は打ち下ろされた腕をまるで這う様にして紙一重で躱していた。


 それは先程の攻防と同じ様なシチュエーション。

 しかし先程の動き(回転斬り)よりもずっと鋭く、ずっと無駄無く。

 密着せんばかりの勢いでウィガテ王の懐から付かず離れず、追撃の構えを取っていたのだ。


「んっぎぃ!?」


 ウィガテ王もその姿をしっかり認識していたのだろう。

 自身の足元で魔剣を振り上げんばかりに構える勇を前にその首を引かせていて。


 そして軽快な身のこなしを実現させる太い足を蹴り上げ、勇から突如として距離を取ろうとその身を浮かせる。


 たちまちその巨体が僅かに宙を飛び、地面スレスレを滑空するかの様に舞い離れていき。

 そのまま熱された大地へと両足を突くが―――


ドゴォン!!


 なんとその時、足元で強烈な爆発が起き。

 たちまち爆発の衝撃が巨体をも弾き飛ばし、その体勢を大きく崩れさせた。


 ちゃなの援護砲撃である。


 撃ち出されたのは掌で包めるほどにまで小さくなった火球。

 それでも威力は十分過ぎる程に高い。

 それどころか、小さくなった事で速度が先程の光球以上に速く鋭くなっていたのだ。

 おかげでコントロールもしやすくなっており、イメージと大差無い位置へと着弾が出来ていて。

 直撃には至らなかったが、狙いも概ねバッチリである。


 光球が【ぼん】なら、今撃ち出しているのはさしずめ【ぽん】といった所か。

 いずれも可愛い名称ではあるが、反して威力はこれでもかという程にエグい。

 大地を弾けさせる程の威力が体現されていたのだから。


「なっ、なんだあっ!?」


 ウィガテ王も想像しえない攻撃に怯むばかり。

 余りにも速い援護砲撃はウィガテ王すら見切る事を困難で。


 いや、厳密に言えば―――


「だぁあーーーッ!!」

「んなくそっ!?」


 追い込みを掛けてくる勇から意識が外せなかったのだ。


 勇はウィガテ王が逃げる様に跳ねた後も止まる事無く。

 突風が如き突撃を一切緩めていなかったのである。


 それも全て、ちゃなが援護してくれると信じていたから。

 その援護を無駄にしない為に、一時も止まるつもりは無い。


 砲撃で体勢を崩したウィガテ王へ、勇の鋭く深い斬撃が見舞われる。

 だがウィガテ王は爆風の勢いに乗り、ボールが跳ねる様にして飛び上がっていった。


 腹に紙一重の傷を刻まれながら。


「くうっ!? まだだぁー!!」


 僅かな鮮血が切り払いと共に弾け飛び、炎の中へと消えていく。

 その一撃は、勇に更なる手応えを与えた。


―――もっとだ、もっと深く、先を読むんだッ!!―――


 逃げられようと、躱されようと。

 次の一撃はその先を行く様に斬ればいい。

 その結果が紙一重の傷を生み、前進出来たから。


 勇がやれる事はただ一つ。

 再び力の限りに大地を蹴り上げ、逃げ行く相手を猛追するだけだ。


 ウィガテ王がその身を跳ねさせて距離を取ろうとするも、それもまたちゃなの援護砲撃によって阻まれる。


ドンッ!! ドンッ!!


 跳ねた先を狙うかの様に、一撃二撃と火球が放たれ小さな爆発が巻き起こり。

 その度にウィガテ王の体が宙で大きな傾きを生む。

 直撃は避けられても、小さい割に大きな爆発はもはや小細工では逃げ切れない程に強力だったのである。


「クッソォーーー!! 何なんだオマエラーーーッ!!」


 遂には火球から逃げようとその身を動かすが、その隙を勇が逃さない。

 それは低空からの斬撃。

 半ば刺し込まんばかりに切っ先を突き付けながら突撃していく。


 ウィガテ王がそれを再び跳ねて躱そうとするが―――


ズンッ!!


 勢いのままに腕を挙げた拍子に、再び腹へ深い切り傷が刻まれる事となった。


「イッデェ!!」


 もはやウィガテ王は逃げの一方だ。

 反撃すら出来ない状況に、怯えの表情が醜い顔一面に広がっていて。


 そんな相手であろうとも勇はもう止まらない。


―――何度でも、何度でも、当たるまで繰り返してやるッ!!―――


 無我夢中で体を動かし、斬って、斬って、斬りまくる。

 依然直撃には至らないものの……


 間違いなく、二人の連携がウィガテ王を心身共に追い詰めつつあった。




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