~珍奇な強者~
勇が振り返って見回してみれば、想像以上に凄まじい惨状が視界に映り込む。
もはや誰一人動く者はおらず、大地には網の様に炎が燃え広がっていて。
勇達が立つ所は炎から離れているが、その熱は思わず顔を背けてしまう程に熱い。
空気を焼いている所為か、離れていても息苦しさを感じさせ。
周囲から幹を焼く「パチパチッ」という音がしきりに鳴り渡り、何もかもをも焼き尽くし続ける。
このまま森全てを焼き尽くしてしまうのではないかと思われる様な業炎が黒煙をとめどなく押し上げていった。
「まさかもう終わり……なのか?」
そう思うのも無理は無い。
二度、三度と辺りを見回すが、動くものと言えば炎の揺らめきのみ。
呆気ない幕引きとも思える状況に苦笑すら浮かぶ。
「田中さん、一旦帰ろうか―――」
こんな炎の中で魔剣探しなど出来る訳も無く。
彼等ではどうしようもない現状でそんな答えが導き出される。
するとその時―――突如として広場の向こうから大きな音が響き渡った。
バコォーーーンッ!!
それは明らかに人為的な音。
木材が強い衝撃で弾かれて生まれた破衝音だった。
それと同時に、景色の向こうで何かが舞い飛ぶ。
音の原因を作った木材であろう小さな物体だ。
しかしそれと同時に、二人はその目を疑った。
なんと炎の向こうで何者かが飛び出し、駆けずり回っていたのだ。
「あちゃちゃちゃ!!」
そう叫びながら炎の中へ飛び出してきたのは当然、魔者。
燃え盛る炎の迷路の中を駆け巡って右往左往。
尻に付いた炎を消さんと荒ぶる姿はどこか滑稽だ。
そして突然飛び上がり、突いた尻餅のまま大地を削り取らんばかりに滑り込む。
どうやらそのお陰で火は消え。
「ふぃ」と落ち着き、滲んだ汗を腕で拭っていた。
勇達の目前で。
ただただ二人には目の前に躍り出てきた魔者が珍妙に見えてならなくて。
恐ろしい魔者という存在とのギャップにただただ茫然するばかりだったから。
二人の認識は決して間違いでは無いが。
そんな時、勇の目にふと何かが留まる。
それは目の前に現れた魔者の腰に下げた物。
草木の蔓で編んだ紐で括られ、大事そうに扱われた……剣。
それこそ【大地の楔】。
姿形を勇もまた見た事があったからこそ、すぐに気付く事が出来たのだ。
つまり、目の前で珍妙な姿を晒した魔者こそが和泉を殺した張本人という事に他ならない。
そう、今勇達の目の前に居る魔者こそが和泉を殺した【ウィガテ族】の王なのである。
「まさかお前が王ッ!?」
大地の楔に気付いた勇が【エブレ】を両手で構え。
ちゃなが思わず一歩身を引かせて【ドゥルムエーヴェ】の先端を向ける。
―――が、ウィガテ王は戦意どころか首を伸ばしてポカンとした表情を勇達に見せるばかり。
まるで状況把握出来ていない様子に、勇達も思わず顎を落として「へ?」と状況を疑う。
燃え盛る炎が互いの間に生まれた珍妙な空気を助長するかのよう。
「おっ、おお~~~!!」
すると突然、ウィガテ王が飛び上がる様にその身を立ち上がらせる。
ようやく状況を理解したのだろう、隙だらけの背中を見せながら「ドタドタ」と勇達との距離を取り始めた。
その姿や間抜けそのもの。
まるで斬ってくれと言わんばかりの。
勇もやろうと思えば斬る事など造作も無かったのだが、なんだかそうするのも忍びなくて。
「背後から斬ってはいけない」……剣道で学んだ武士道という心得が根底にあったのだろう。
しかしそれ以上に相手が容赦無く斬るのも憚れる様な間抜けな様子だったから。
気付けばやり過ごし、再びの相対を許してしまっていた。
思い切りの足りなさから招いてしまった戦いを目前に、その身へ緊張を走らせる。
勇が再びその身を落とし、魔剣を身構え。
ちゃなが下がっていた先端を再び持ち上げる。
―――が、ウィガテ王は剣を抜く所か、太い指を「ズビシッ」と勇達に向けていて。
「お前らかぁ! こんな事してぇ! い、幾ら何でもヒド過ぎだろぉ!!」
「え……」
プンスコと怒りの声を上げながら地団駄を踏む姿はどうにも気迫を感じない。
気のせいか、その顔は見るからに涙目。
下唇をこれでもかと言わんばかりに吊り上げ、悔しさを露わとさせていたのだ。
戦いどころか、情けない姿を晒し続けるウィガテ王。
拍子抜けも良い所で、勇達の顔に再び丸い目が浮かんでならない。
「どっちですかっ!? こんな事した子はっ!?」
「え……あ、はい」
しまいには勢いに流されたちゃながついつい手を挙げてしまう始末だ。
無垢な少女の素直な心は時として空気に流されやすい。
―――手、挙げちゃうんだ―――
気付いた勇がそう思うのも無理は無く。
「お前かぁー!! こんな事する奴は……こうだっ、こうっ、フンフン!!」
「ヒッ!?」
途端ウィガテ王が激昂の顔付きを浮かべてエアゲンコツを振り下ろし。
それを目の当たりにしたちゃなが脅えて竦み上がる。
遂にはペタリとその場にへたり込み、「ごめんなさぁい」とシクシク泣き始めてしまって。
このウィガテ王、離れてるのをいい事にやりたい放題である。
それを素直に間に受けてしまうちゃなもちゃなであるが。
「なんだこの空気……」
唯一現実を直視している勇だけは至って冷静だ。
紅蓮の炎に包まれる中で繰り広げられる珍妙なやりとりに、虚無の目を向ける他無かった。




