表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第一節 「全て始まり 地に還れ 命を手に」
10/426

~冷徹 に 駆ける~

 殺意を露わにした異形を前にして、人々はもはや必死だった。

 背後で誰かが捕まろうとも、転んだ者を踏みつけようとも。

 ただただ殺されまいと逃げるのに夢中で。


 しかしそんな者さえも情け容赦無く捕まり蹂躙される。

 異形達はそれ程までに圧倒的な力を見せつけていたのだ。

 人一人など腕一本で殴るだけで充分殺せる程の力を。


「うわあああ!!」

「こっちだ!! 付いてこい勇ッ!!」


 ただ、統也と勇だけはその殺意の矛先から外れていた。

 統也が狭い路地を見つけて逃げ込んだからである。


 振り向けば、惨劇が表通りから眼に飛び込んでくる。

 けれど異形達は群れて逃げる人々に夢中で、二人を追って来てはいない。

 どうやら統也の判断が功を奏したらしい。


「この道は狭いからな、アイツラなら簡単には入って来れねェ!! それに―――」


 こんな異常な状況下であろうと統也は冷静さを失わない。

 どうするべきかを考える知性が誰よりも突出しているからこそ。

 だからこそ即座に考え、行動する事が出来る。


 どうすれば自分達()()が生き残れるのか、と。


「表通りは()()で溢れてるからな、少数の俺達には目が向かねェハズだ……!」


「獲物って、お前……!?」


 そう、統也はこんな時ほど驚くくらいに冷静で冷徹(クレバー)だ。

 いざという時に犠牲をも顧みない程の。

 徹底して一定以下の情よりも自得を選ぶ、そんな人種であるが故に。


 だから自分達が効率よく建物から脱出する為に人々を扇動した。

 だから勇が気付かなければきっと少女を背負う事も無かった。

 全ては己と、信頼する勇を生かす為に取った最善策だったのである。


 それはきっと損切りという手段を決断するのが誰よりも早いから。

 自然と効率を求めてしまうが故の行動論理なのだろう。


 だがこの状況に置いては奇しくも最善だった。

 少なくとも、こうしなければ生き残る事など叶わないだろうから。


 裏路地を通っているのは統也と勇、そして背負われた少女だけ。

 他の随伴者は誰一人として居ない。

 恐らくは誰も路地に気付かなかったか、あるいは入る前に捕まったか。


 となれば、もし統也がこう判断しなければ今頃、三人ともきっと―――


「大声出さねェ様に注意するんだ。 あと足元とか気を付けて走れよ?」


「わ、わかった!」


 道自体はそれほど安定していない。

 地面の草のみならず、壁から伸びた蔓が所々を妨げていて。


 それでも気を付ければ走れない事も無い。

 明るくも無いからこそ、隠れて逃げるにはうってつけと言えるだろう。

 その障害物が自分達を守る事にも繋がるだろうと信じて。


 ビルを挟んだ向こうでは今なお惨劇が起き続けている。

 その惨劇の生んだ悲鳴が三人の恐怖心を煽っていたのは確かだ。

 もしそんな想像もすれば足も竦んで動けなくなるかもしれない。


 けど、走らなければ生き延びる事など到底不可能だ。


 だから二人は無我夢中だった。

 遠くから悲鳴が響こうとも、どんなに恐怖心を煽られようとも。


〝絶対に死にたくない〟

 その想いに殉じてただひたすらに。






 惨劇が始まってから、どれくらい走っただろうか。


 気付けばもう悲鳴は聴こえない。

 それらしい音は空から聴こえるが、風に混じって掻き消される程度だ。

 相応にあの現場から離れられたのだろう。


 加えて、蔓や草木の密度が先程よりも少ない。

 壁やアスファルトの露出が増え、文明都市らしい姿がまだ残っている。


 お陰で二人の心には余裕が出来たらしい。

 だからか、裏路地から出る前にはもう歩を緩めていて。


 もちろん体力の限界もある。

 効率も呼吸も度外視で、ただただ必死に走り続けたから。 

 ただ、静かな今なら体力を回復させる余裕くらいはありそうだ。


「ハーッ、ハーッ……こ、ここまで来れば何とかなるか。 少し休もうぜ」


 そう判断した統也が片肩で壁を突く。

 背負った少女をするりと地面へ降ろしつつ。


 そんな少女はただ静かに地面へと座り込んでいて。

 でも小刻みに震えていて、まだまだ自力で動けそうにはない。


 勇ももう一杯一杯だった様だ。

 背中一杯にドタリと体を預け、遂にはズルズルと地面に座り込む事に。

 息も切れ切れで、息を整えるのでやっとといった所か。

 よほど強い恐怖心に煽られていたのだろう。


 そんな中でも統也だけは余念が無かった。

 休むよりも先ず路地の先、表通りを確認していて。

 通りに危険な存在が居ないかどうかを見定める姿が。


 しかしどうやら思い過ごしだったらしい。

 勇の下へ戻って来るや否や、笑顔で顔を横に振っていて。


「フゥ、フゥ、表通りには何もいねェ。 安心して休憩出来そうだ」


「ハァ、ハァ……」


 これでようやく統也もゆっくりと腰を降ろす事が出来る。

 もっとも、対する勇はと言えば返せないくらいに疲弊していた訳だが。


「くそっ、なんでこんな……何なんだ、何なんだよアレッ!!」


 それどころか、怯えた勇の声は裏返っていて。

 拳を作り力強く握り締めるが、手の震えは一向に止まらない。

 怖くて怖くて堪らなくて。


 何せ人が目の前で死んだのだ。

 それも、まるでフィクションの様に頭が刎ね跳んで。


 映画でならそんなシーンなんて何度も観て来た。

 ホラー映画でならもっと凄惨な死に方だって観た事が有る。


 でも現実のそれは全くフィクションじゃなかった。

 血生臭い匂いも、跳んだ頭の重みも、叫びも恐怖も何もかも。

 現実に見た光景はその何よりもずっとずっと凄惨だった。


 血飛沫が舞って、痛みと苦しみで泣き叫び。

 人形の様に四肢が千切れ、頭が飛ぶ。

 それも、絶望に染まった苦痛の表情を浮かばせながら。


 逃げ惑う方も酷いものだ。

 倒れた者すら踏みつけ、蹴飛ばしていて。

 あるいは前を走る者を掴まえて引きずり返す者も。

 でも、そうして我先に逃げようとしても捕まり蹂躙される。


 意思も、願いも境遇も、なにかもが無為に消え続けて。

 そして多くの人間が希望の欠片も見出せず命を散らした。


 まさに阿鼻叫喚絵図の極みと言えよう。

 まだ若い二人がそう悟れてしまう程に酷い惨劇だったのだ。


 お陰で不安が過って止まらない。

〝自分ももうすぐああなってしまうかもしれない〟と。

 安全を確保出来た今でも、その不安はどうしても拭えなくて。


「こんな時こそ、ハァ、ハァ……落ち着くんだ。 じゃねェと乗り切れねェ、そんな気がする」


 さすがの統也も動揺は隠せず、発した声は僅かに震えている。

 視線も移さず語る姿はまるで自分にも言い聞かせたかの様だ。

 きっとそうせざるを得ない程に追い詰められているのだろう。 


 ただ、統也はこのまま潰れる様な人間ではない。

 だからこその一声だったに違いない。


 この時おもむろに目を瞑り、大きく息を吐き出す。

 肺の空気全てを入れ替えんばかりの深い深い深呼吸だ。

 それを三度繰り返し、額を握り拳でトントンと叩いてみせる。


 するとどうだろう。

 間も無く見開かれた眼には、真剣そのものの鋭さが帯びていて。

 表情にもキレが生まれ、緩かった面影はもはやどこにも残されていない。


 それはまるで別人に切り換わったかの如く。


 そう、統也は自らの意思で感情を切替(スイッチ)したのだ。

 恐怖や不安を切り離し、確実に逃げ延びる為に。

 卓越した精神力の為せる業と言えよう。

 

 これこそ俗に言う【精神統一法(メンタルマネジメント)】。

 スポーツの強豪選手などがよく行う自律手法である。


「勇、悪ィ、ちっと今のダッシュで腕を少し痛めちまった」


 こうして冷静さを完全に取り戻す事で見えて来る事もある。

 どうやら切り替えた事で自身に起きたアクシデントに気付いたらしい。


 そう言われて勇が振り向くと、視界には左腕を摩る統也の姿が。

 少女を背負って走った所為か、予期せぬ反動で強くつってしまった様だ。


 口では〝少し〟とは言うが、実は相当痛いに違いない。

 普段弱みを見せない統也が顔を引きつらせる程なのだから。

 それも統也らしいと言えるが、その性格をよく知る勇にはお見通しだ。


 ならそんな珍しい〝弱音〟に応えない訳もなく。


「あ、あぁ、じゃあこの子はお、俺が、背負って行くよ」


「すまねェ。 代わりに俺が道を作っていくからよ。 その子を守ってやってくれよな」


 余裕が乏しいとはいえ、勇も何かをしたかったのだろう。

 ここまで少女を背負いながらも道を切り拓いてくれた統也に。


 統也にも余裕が無い事なんて勇にもわかっている。

 【精神統一法】を使う場面なんて、今までにも滅多に無かったから。


「……わかった。 頼りにしてるぜ、統也」


「あァ!」


 だからこそ、これからも応えたいとさえ思わせる。

 これからも道を作る―――導いてやると言ってくれたから。




 そのお陰だろうか。

 気付けば、勇の手の震えはピタリと止まっていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ