~はじまりのうた~
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人と獣
明と暗が 合間むる世にて
分かつ理 産みしは天の定めか
願わくば 永久の其であれ
時き継幻想 フララジカ
記 アイデレ=ハルパ=ルイヴェーテ サユト歴1278年
~おわりトはじまりノ書~ より 抜粋
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少年が走っていた。
夜闇に包まれた丘を。
その手に赤茶けた剣を握り締めて。
けれどその風貌、剣を持つには少し不自然だ。
纏うのは黒地に蒼のラインが走るジャケットと、燻った藍色のジーンズと。
更にはその手にスマートフォンまでが光を放っていて。
時折その目を画面に向けて、案内に沿って突き進んでいくという。
しかも、常人ならざる速度を以て。
それと少女も居た。
少年が突き抜けていた丘の麓に。
身の丈を越える程の長く大きい木杖を携えて。
風貌は少年と似ていて、同じジャケットに白いワンピーススカートを。
少女が纏うには少し不格好だが、おかげでどこか凛々しくも見える。
ただその所業は、もはや常軌を逸していて。
一度瞬けば、赤珠を景色の彼方へと瞬時にして撃ち放つという。
なれば果てで業火さえ巻き起こそう。
少年は斬り。
少女は焼き。
穏やかだったはずの丘は戦場と化す。
獣の如き荒々しい者達を相手にしながら。
彼等は何と戦っているのだろうか。
彼等はどうして戦っているのだろうか。
ただ、彼等を観る者にはわからない。
少年少女の事さえもわからないだろう。
それどころか、いつ始まるかさえも。
そう、この光景の出来事はまだ始まってもいない。
遥か未来の光景を映しているだけなのだから。
夜闇に覆われた小屋の中にてそんな二人の姿が映る。
燐光纏う水晶珠の中にぼんやりと。
傍に瞬くは珠の灯か、それとも月下の返光か。
そんな珠脇を、一人の女性が両手で覆う。
闇に顔の輪郭をふわりと浮かばせる中で。
「少年と、少女の姿が見えるわ。 まだ年端も行かない程の」
若い女性なのだろうか、面長の輪郭には歪み一つ無い。
それどころか淡く灯り、闇との境界さえも描いていて。
「でもその動きに迷いは無い。 まるでやる事が見えているかの様ね」
その一言一言で顎が揺れ、その度に綿毛の様な光がふわりと舞う。
柔らかな金の髪をも照らし、揺らめき躍らせながら。
白、青、赤、緑に黄。
虹の様に煌めく光はまるで生きているかのよう。
それでいて不規則に舞っては闇に消え、儚ささえも演出する。
その光はどうにも、女性から放たれている様に見えなくもない。
「少女はとても力強い炎を放ってる。 その華奢な体に見合わない程に強大な」
一方でその光は水晶珠にも引かれている。
映す光景に更なる彩りをもたらしてくれている様だ。
それでもなおぼやけたままで、全てを伝えてくれないままだが。
するとそんな折、口元に笑窪の影が薄っすらと。
「少年が光を纏う剣を奮っている。 そう、この輝きは―――」
そうして浮かんだ微笑みは何の前触れか。
思わず声のトーンが跳ね上がるという。
今見えた光景から何か感じるものがあったのだろうか。
しかしそれ以上は語らず、口を噤ませていて。
ただ眼は未だ光景へと向けられ、一心を注いでいる。
少年少女の姿はなお水晶珠に映り続けたままだ。
今度は二人仲良く並び歩く姿がぼんやりと。
その面立ちこそよく見えない。
でも彼方に向ける瞳の輝きだけは見えていた。
力強さと自信に満ち溢れた瞳がはっきりと。
その光景を目の当たりにして、女性は何を想ったのだろうか。
何を知る事が出来たのだろうか。
何を理解してしまったのだろうか。
「来るわ、世界の〝おわりトはじまりノ時〟が」
少なくとも、今見えたものが引き金だった。
そう呟いた拍子に、添えていた手が離れて。
すると水晶珠がたちまち支えを失い―――
パァーンッ!
その間も無く、転げ落ちた水晶珠が砕け散る。
けたたましい破裂音を奏で、幾多の瞬きを周囲へ撒き散らしながら。
女性の姿は既に無い。
破片達の輝き失う姿を見届けるべき者はもう。
その暗闇の中で見えるのは、彼方に浮かぶ三つの影だけだ。
「ならば終わらぬ可能性を掬えばいい」
一つの影が声を上げる。
低くも透き通った、決意を強く感じさせる声を。
「俺達が終わらせなきゃいいってぇなぁ」
一つの影が声を上げる。
軽くとも、確信に塗れた荒々しい声を。
影達が黒の地平に消えて。
彼等の気配も決意も闇の中に掻き消えた。
その行く先も、目的も、今は誰にもわかりはしない。
そう、誰も知ろうとはしていないのだ。
この時、世界で何が起きようとしているのかなど。
時き継幻想 フララジカ―――世界は今、緩やかに混ざり合おうとしていた。