海とビキニとおなかと
岸に打ち寄せる広大な海が、貝殻や海藻を砂浜に散らしていく。
ピクニックテーブルの置かれた休憩所の下には、どんと置かれたクーラーボックス。ふたを開けると、きんきんに冷えたジュースが顔を覗かせている。
私は一本のサイダーを取り出し、勢いよく飲み干した。
爽やかな炭酸が喉を駆け抜ける。泳ぐのもいいけど、体内に冷たさを取り入れた方が涼しくなれる。あくまで私の考えだけど。
「アキー」
ビーチバレーに興じる人々をすり抜けて、コノミがこちらへとやってきた。
身長は高くないものの、すらりとした手足にピンクフリルのビキニがよく似合っている。耳上のツインテールも相まって、高校生らしからぬ幼女的な魅力がふりまかれている。
うむ。眼福。
私としては少々布面積が少なすぎるような気もするが、一緒に買いに行った際、露出の多さ目当てにこれを激推ししたのは誰でもない私だ。あの時は他人の視線というものを完全に忘れていた。
「置いてかないでよ」
「ごめんごめん、テーブルとか準備してたから」
まったくもう、と頬を膨らませる彼女からさりげなく目をそらしながら、私はビーチパラソルを砂に刺す。コノミと私はできたばかりの日陰にゆっくりと腰を下ろした。
「あれ?アキ、水着は?」
私の長袖ジャージを指さして、コノミは首をかしげた。
「一応下には着てるんだけどね、お腹が目立つかなーって」
私はぼそぼそと口ごもった。コノミが選んでくれた青いビキニが、首元とジャージの隙間から見え隠れする。
絶対に似合うと断言され、試着もせず半ば勢いで購入したこの水着。しかし家に帰って着てみると、中々のダイナマイトボディ(決して褒めてはいない)が姿を現した。
私はお世辞にも細いとは言えない。身長の割に体重もかなりある。せめて海までに痩せよう、そう決意し行ったダイエットも数百グラム分の功しか奏していない。
はたして公衆の面前でこんな体をさらしてもいいものか。
「せっかく買ったんだし、ジャージ着てたらもったいないよ」
「うん、でも…」
私はジャージの裾を引っ張った。布越しでも分かる腹のぜい肉。今まで太っていることを気にしたことはなかったが、コノミと違ってだらしない体が初めて自分自身を苦しめていた。
「あーもう」
ずっ、とチャックの降ろされる音と共に私の肌が露わになる。男子に牛とバカにされた乳も、それよりも大きい腹も全て丸見えになってしまった。
「えっ」
コノミの顔が指二本分ほどの場所まである。日焼け止め独特の酸っぱい匂いが鼻をつく。
ああやっぱり私と違ってきれいだ、のんきにそんなことを思うと同時に、現状の把握に脳は未だフル稼働を続けていた。
「アキは充分可愛いから、笑ってたらそれでいいの」
彼女は真剣な顔で言い放った。後ろの海に太陽が反射して、きらきらと輝いている。
「う、うん…」
私はこくこくと首をふる。
視界に彼女の顔が入るたび、可愛らしい頬が紙芝居のように赤く染まっていく。決意のようなものが見え隠れしていた瞳が、何か別の感情を隠すように色を変えたのが分かった。
「あ、えっと、今の深い意味ないから!ほんとに!」
彼女はそう言うとパラソルから急いで飛び出してしまった。
私は茫然とした。発言を追いかけようと頑張ったが、頑張りすぎた脳はすでにショートしていた。
仕方なく、もう一本のサイダーを手に取る。
露出が多いからとかじゃなくて、とコノミの背中が呟いたような気がした。