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創奏

作者: HIRO.T

 威勢の良い客引きの声が飛び交う。

 まぎれて商談の声、時には喧嘩の声も響く。

 道を行き交う人の表情は明るく、所狭しと並ぶ店を覗いては店主と会話を交わす。

 月一回のバザールは中規模の街を活気づかせる最高の時だった。

 そのバザールを目当てにやってきた三人組は、街に入ってすぐ立ち止まった。

「じゃあ行ってきますぜ、お頭」

「ああ。ふっかけてこい」

「もちろんでさ」

 ニヤニヤと嬉しそうに笑って一人の男が離れて行く。

 背中には大きな荷物。そして手にも布に包まれた荷物を持っていた。

「あ〜あ。ギルったらあんなに嬉しそうに」

「ガラクタを大金に換える事が生き甲斐だからな」

「私、前から思ってたんですけど」

 左右二つに結って垂らした髪を揺らしてエリスはフィルに向き直った。

「ギルが売る物はガラクタばかりですよね?」

「そうだな。山分けの時に残ったものだけだからな」

「値打ちのある物に興味ないのでしょうか?」

「掘り出し物を得るのが、あいつのもう一つの生き甲斐だからだ。もっとも―――お宝は私の懐に入ることになっている」

 微笑を浮かべて答えれば、エリスは成る程と頷いた。

「考えてみれば当然のこと、ですね」

「そういうことだ。さて、私たちも行こう。欲しい物があったら言え。あとでギルに値切らせる」

 そう言ったフィルは赤みの強い髪をゆるやかになびかせて歩き出した。




 バザールの日程を追いかけるように移動する店。

 その街で仕入れて次の街で売ることもあり、バザール中に持ち込まれた品を買って商品にすることもある。

 店の裏では怪しい取引も行われているが、誰もそれを咎めない。

 一人の商人を閉め出せば全体に広がり、二度とその街に商人たちは来なくなり、バザールは閑散としてしまうからだ。

 もちろん違法な商品は店先に並ばない。

 商談同様、店の裏で、酒場で、行われるのだ。

 そんな取引があるのは承知だが、他に楽しみのない人々はバザールを歓迎する。

 たとえ商人たちが次の街に移動して後、物がなくなっても、人が消えてもだ。


 珍しい食材、綺麗なアクセサリーを見つけては足を止めるエリスを見やりながら、フィルは賑やかな雰囲気を楽しんでいた。

 と、その耳に楽の音が聞こえてくる。

 馴染みのある音色、音律。

 誘われるようにフィルは足を向けた。


 楽の源は広場の片隅だった。

 恐らく誰の耳にも馴染みのない音律に興味を引かれたのだろう、ポツポツと人が集まってきていた。

 生の歌とドラム。

 そして舞い手の三人構成だった。

(三人とは珍しい)

 歌とドラムを一人が担当し、二人構成の楽座が一般的だからだ。

 その上、舞い手は青年。

 舞い手の90%が女性であることから、非常に珍しい。

 そんなことも手伝ってか、人の輪は見る間に大きくなっていった。

 鍛えられた筋肉を晒して舞う。

 曲が終わり贖い銭が投げられる。

 と、同時にもう一曲と声がかかった。

 妖艶な美女の舞いならともかく、男舞でアンコールがかかるのは稀だ。

 フィルもまた拍手を送る。

 舞い手の青年は集まった人々を見やり、何事か歌とドラムの男たちに囁くと場の中央に進み出た。

「どなたか剣を」

 歌い手と思えるほどの朗とした声が響くと、商人風の男が剣を投げた。

 飾り剣と覚しき細身のそれを受け止め、封を解く。

 鞘から一度抜き元に戻してから「お借り致します」と放った男に礼をとって目を閉じた。

 ドラムの音が響き、合わせて低い音律の歌が流れる。

 抑揚のない声。

 地の底から響いてくるようだ。

(……これは…)

 舞い手がゆっくり動き出した。

 微睡みの中のような動き。

 剣はまだ地に置いたままだ。

 ドラムの音が複雑になるに従い、舞いの動きも速くなり、歌い手の音律が高くなると剣を取り鞘を抜き、鋭い声と共に大気を斬った。

 ビリ、と音がしたようだった。

 集まった見物人たちは息を飲み、見入る。

 男舞いであるが故の勇壮さに見惚れた。

(天、地、山、海……)

 フィルは身の内を震わせながら舞いを見つめる。

(天地創造の舞い……)

 これを舞うことの出来る者は一握りしかいない。

 故に、この舞いを見たことのある者は稀なのだ。

 だが惜しいかな、この舞いに歌とドラムがまだついていけない。

 舞いを高めることが出来ず、逆に天地を狭めてしまっていた。

 それでも人々の心を揺さぶるに十分なものだった。


 ドラムが止むと大地が揺れた。

 情を揺さぶられた人々が足を踏み鳴らして絶賛しているのだ。

 フィルもまた拍手を送り、感極まる人々の波の中を泳ぐように歩き、離れた。

「もう! どこに行っていたのかと思えば!」

 駆けてきたエリスは頬を膨らませている。

「最後までいたということは、舞姫がよほどの美女だったのですか?」

「いや。……いや、美しかったな」

「もう。リリスが知ったら二日は泣きますよ」

「ああ、それは勘弁して欲しい」

 団の士気が落ちるとフィルが嘆く。

「じゃあ、浮気はしないで下さいね」

「浮気も何も、舞い手は青年だった」

「ええ!? それでは尚更……」

 未だ拍手喝采が続く広場をエリスが見やる。

「忘れて下さい!」

「ああ」

「絶対ですよ」

「はいはい」

 苦笑しながらフィルが頷いたのを見て、二人はバザールの人波の中に消えた。

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