第五話 「ただいま」
果てさて、実はこの世界はチビッ子二人の機嫌で崩壊するという事実を知った。
ウィルとエルナは相変わらず険悪な仲で、これはどうにかしないといけない。
そして、城の中に何時までも居座るご老人と、ブルジョア魔族もどうすれば
いいか頭を悩ませる種になっている。
以前とは違って、てんてこ舞いの毎日。
異常とも言える重労働によって体はヘトヘト。
ベッドに入るや否や、すぐに寝てしまう。
ああ……こんな時にリーシェが居てくれたら。
「ん……」
朝、外からの異常な音によって目を覚ます。
何か凄まじい騒音が聞こえる。
おもむろにベッドから立ち上がり、窓のカーテンを開けて外を見てみるとそこには
ヘルメットをかぶった厳つい魔族の集団が工事をしていた。
その中心には作業を指示するピンク色の髪をした魔族が。
それが誰なのか言うまでも無いだろう。
とりあえず頭を悩ませながらその現場へと向かう事に。
「おーい、エルナー! なにやってるんだよー!」
騒音の為、大声でエルナに声を掛ける。
どうやら声が届いたらしく、俺の方を振り向くエルナ。
すぐさまエルナのほうへと駆け寄る。
「スズキどうした? 何かあったのか?」
「何かあったじゃないだろ? これは一体どういう事だよ?」
目の前で行われている珍現象を指差す。
幾ら広大な庭があるとはいえ、勝手に工事などされては困る。
それに工事とは名ばかりで、設置されているのは地雷やらトラバサミなどの
罠の類ばかりだ。
「スズキ、これには川よりも深い訳があるのだ」
「いや、川はそんなに深くないよね? むしろ浅瀬。で、どんな訳?」
「うむ。それは……私のポジションを守る為だー!」
ビカビカー! とエルナの背後に落雷が落ちる。
……いかん。なんの事だかさっぱり分からない。
最近のエルナの言動についていけなくなってきた。
「えっと、どういう事なのかな?」
「これだけ言っても分からないのスズキは? ぶっちゃけ聞くけど、私って
どういうキャラ?」
「……お笑いキャラ?」
あっ、まずい。どうやら今のはエルナの逆鱗に触れたようだ。
ニッコリスマイルで"良い度胸してるね、スズキ。次ソレ言ったらコロスからね"的な
視線を瞬時に感じ取った。
俺は気を取り直して心にも無いことを言う。
「ひ、ヒロイン?」
「そう! それなのスズキ! 私は唯一無二にして絶対のヒロイン!
全ての男を骨抜きにするこのラブリーな瞳! 皆の視線が釘付けのナイスバディ!
そして極めつけが完全無欠のこのビジュアル。私はこの世で一番ヒロインに
ふさわしい女性なの!」
自画自賛して自分にうっとりしているエルナ。
……まぁ、何だ。聞かなかったことにすれば大した問題ではない。
「それで? 良く分からないけど、エルナはポジションを守るためにこんな大掛かりな
工事をしているわけ?」
「おう。来るべき敵に備えて万全の態勢を整えておかねばならないからね。
だからこうしてボケ役の会社従業員を二十四時間態勢で働かせている。
もちろんボランティアで」
「……ちなみに、ゼロの許可は?」
「問題なし。少し五月蝿かったから裏山に埋めて来た」
サラッと殺人を自供する犯人。
まぁ、手遅れかも知れないけど後で助けに行くとして。
「エルナがそこまで危惧する人物って誰?」
「えーっと、リーシェ何たらって人」
「へー、そうなんだ」
リーシェ何たらかー……。確かにリーシェならエルナのヒロインの座も危ないかも
……ってぇえ!?
「り、リーシェ!? リーシェが来るの?」
普通に聞き流していたけど、リーシェという言葉を聞いて驚く。
もしリーシェが来るのならこれ以上嬉しいことは無い。
「うむ。おそらく今日当たりくるでしょう」
「それが本当ならパーティの準備を……」
「必要なし!」
クワッ! と目を見開いて断固拒否するエルナ。
「ど、どうして?」
「いい、スズキ? あの人が来たら私の出番少なくなっちゃうかもしれないんだよ?」
「いや、別に構わないような気も……」
「――ほほぅ」
ビカー、と目を光らせるエルナ。
それを見た瞬間、背筋に何かゾッとするものが込みあがる。
なんというか、サスペンスドラマで振り返ったら殺人犯が居る状況。
つまり、絶対絶命的なものを感じ取る。
すかさず、"やだなー、冗談ですよ、冗談"と、切り替えす。
「私の出番をこれ以上減らされても困るし、あの人には悪いけど、
死んでもらうのが最善かなー、と結論に達したわけで」
「いや、二人仲良くすればいいだけじゃないかな?」
「シャラーップ! そんな仲良しこよしできる訳無いでしょ! 良い?
目の前に食べ物が一つあって半分個なんてことは出来ないんだから!
この世は所詮弱肉強食の時代です」
どうやら何があってもリーシェを亡き者にしようと考えているエルナ。
しかし、俺としてはソレは何があっても止めて欲しいわけなので。
「わかった、こうすればいいんじゃないかエルナ」
「ん?」
「エルナはヒロインで決定。リーシェはサブキャラで決定。これで万事解決じゃないか?」
我ながら良い提案。
これならエルナも文句をいう訳無いだろう……。
そう、思っていたのだが。
「んなことで解決できるわけないでしょーー! 馬鹿ー!」
あっさり否定されました。おまけにグーパン付き。
「サブで収まるような器だったらこんな事しない! サブに甘んじつつ、いつの間にか
ヒロインを抜くぐらいの人気が出てるなんて法則は幾らでもあるんだから!」
それだけ言うとエルナは工事を進める。
工事は着々と進み、ついに完成。
広大な庭は見る影もなくなり、あちらこちらにトラップが見え隠れする。
「良し、これで準備は万端。後は獲物が罠に掛かるのを待つだけ」
エルナはフフリと悪魔のような笑みを浮かべる。
うわー、嬉しそうだなエルナ。
「さてと、腹が減っては戦が出来ないので、お昼にしようよスズキ」
「えっ? もうそんな時間?」
「うむ。お日様が真上に来てるでしょ?」
天を指差すエルナ。たしかにお日様が真上にきていた。
仕方が無いので俺とエルナは城に戻り、台所へと向かう。
すると、なにやら台所から良い匂いが漂ってくる。
「あれ? だれか居るのかな?」
台所のほうを覗くと、鼻歌を口ずさみながら誰かが料理を作っていた。
後ろ姿からだと、どうやら女性のようだが?
「あの……」
料理の邪魔になるかもしれないが声を掛けてみる。
すると、その女性は俺の方を振り返る。
女性の姿を見て心底驚く。
エプロン姿で料理をしている女性。煌く黄金の長い髪をなびかせ、目は慈愛に
満ちたような優しい黒い瞳。
スラッとしたモデル顔負けのスタイルとプロポーション。
彼女もまた俺の顔を見て驚いていた。
「り、リーシェ!?」
「お、王様?」
あまりに意外な出会い方に虚をつかれたような感じだった。
嬉しさと驚きが重なり硬直する。
そんな状態の時。
「な、何でここに居るのー!?」
後ろからエルナの叫び声が聞こえ、硬直が解ける。
「どうやってこの城に忍び込んだの! あなた!」
「どうやってと言われても……普通に入ってきましたけど?」
「嘘だー! あの完璧な罠包囲網を潜り抜けたと言うの!?」
「えっと……もしかして朝の工事の事ですか? 工事の邪魔をしたら悪いと思って
こっそりお城の中に入らせてもらいましたけど」
その言葉にエルナは非常にショックを受けた様子。
ボロボロと涙を流してその場から走り去っていった。
まぁあれだけやって無駄に終わったというのは辛いものがあるよな。
そして台所で俺とリーシェの二人っきりになってしまう。
しばらくぶりに見たリーシェはまた一段と綺麗になっているように見えた。
けれど最後に別れた時のことが脳裏によぎる。
最初にどう話そうか悩んでいると。
「王様……」
「あ、な、何?」
ドギマギして次の言葉を待つ。
どんな酷い事を言われるかとおもっていたら。
「お帰りなさい」
優しく微笑み、そんな言葉をかけてくれた。
その言葉で今までに無いぐらい実感が湧いた。
ああ、本当に俺はこの世界に戻ってきたんだと。
「……ただいま、リーシェ」