第三話 「素晴らしきボケ役」
モンタ議長が生き返って一週間が経過する。
相変わらずモンタ議長とエルナは仲が悪い。ちょっと目を離すと殺し合いするぐらい。
しかし、喧嘩するほど仲が良いともいうからアレは一種の愛情表現なんだろう。
うん、そう思っておこう。
俺がアリシュレードの魔王として君臨した事は既に世界に知れ渡っている。
これを聞いてリーシェが来てくれると嬉しいのだけど……。
そんな事を思いつつ、広間にテーブルを置いて三人で朝食を摂っていると。
「ん? 何か下の階がさわがしいよスズキ」
「えっ?」
うーん……言われてみれば。なにやら悲鳴に近い声に、馬の鳴き声に
似たような声が。地鳴りのような音がどんどん広間に近づいてくる。
「ハーッハハハ!」
「! こ、この声は……」
俺の第六感が告げる。この笑い声の人間にはあってはならない。
というよりも、会いたくない。
そんな俺のささやかな願いも虚しく、広間のドアが思いっきり開かれる。
「ひっさしぶりだねー、魔王君。元気だったかい?」
白い馬にまたがり、キザっぽくも馬鹿っぽい男が姿を現す。
髪は背中の辺りまでありストレートで紫。
頭には小さい角が二本生えており、体はスマート。
体には豪華な金細工を見につけるブルジョアな奴。
俺が一番会いたくなかった奴が姿を現した。
こいつの名前はゼロ。リーシェに片思いをしている魔族だ。
以前も何かと俺に突っかかってくるはた迷惑な男だ。
「えーっと、来てもらった所悪いんだけど、帰って。というより帰れ」
「ハーッハハハ、以前にもましての冷たい言葉。うーん、魔王君が帰って来たと
実感するよ、その言葉」
「スズキー! 馬が! 馬が私の朝食を! コラー!」
「や、やめんか! 暴れるな!」
ゼロが来ただけでも嫌なのに、更に馬なんか連れてくるなよ。
馬の被害を受けるエルナとモンタ議長。
「とりあえずその馬片付けてくれ。何かと迷惑」
「OK、悪いね、僕のマイサラブレッドがお茶目な事をしてしまって」
そう言ってゼロは馬を魔法でポンとかき消す。
はてさて、静かな朝食がイキナリのハプニングにより中断されてしまった。
この落とし前はどうつけるのか張本人に聞いてみよう。
「ゼロ、俺達の朝食が全て馬に食われたのだがどうしてくれる?」
「そんな事言われてもねー、ぼかぁ、魔族一の金持ち、いわゆるブルジョア?
そんな朝食一つで四の五の言われても……」
俺はともかく、後ろの二人は鬼のような形相でゼロを見ている。
食い物の恨みハラスベカラズ、と目が血走っている。
それを見たゼロも些か命の危険を感じたようで、咳払いをすると。
「そうだね、魔王君が帰ってきた暁にご飯を奢ろう。さて、何がいい?」
「ヤター! 気前いいぞボケ役! 私、アリシュレードピッツア五人前!」
「ワシはカニのポテトに、モコモコの唐揚げ、それに酒をつけてくれい」
「あー、俺品物分からないから適当で」
◆◆
それから出前が届くと広間は宴会のような状態に。
たった四人しか居ないというのに凄いはしゃぎよう。
特に酒の入ったモンタ議長とエルナは肩を組んで
仲の良さをアピールするほど。
やっぱり血筋だな、と少し思っていた。
「なぁ、ゼロ」
「ん? なんだい魔王君?」
「……あれからリーシェはどうだった?」
「ああー、凄いショックだったよ。ぼかぁ彼女を慰めようと
実家にまで尋ねたのだが何故か警察を呼ばれてねー。
どうしてだろうか?」
うーん、と腕を組んで真剣に考えるゼロ。
いや、それ一歩間違えればストーカー。
そんな会話をしていると、ふと真剣な表情をするゼロ。
「いや、君が帰ってきてくれて良かったよ」
「……どうした? 何処か頭を打ったのか?」
「いや、そうじゃないんだ。実はね、ほらあの子のせいでちょっとね」
そう言ってゼロはエルナを指差す。
なんだ? エルナが一体何をしたというのだろうか?
「彼女が前魔王と言う事は知ってるかい?」
「ん? ああ。そういえばそんな事言ってたな」
「その時はもう、悲惨だったんだよ。彼女、魔王だからってやりたい放題」
ゼロのコップを持つ手が震える。
まるで犯罪者の自白のような感じだ。
「た、例えば?」
「そうだね、例えば……」
「おい! ボケ役とスズキ! 何しんみりと話してるのだ!」
片手に酒を持ったエルナが俺達の側に来る。
ものすごく良い笑顔で俺達に話しかける。
「いや、ちょっと大事な用をゼロと話していたんだ」
「そうなのか? ボケ役?」
「ぼかぁボケ役って名前じゃないから。ちゃんとゼロって名前が――」
「ボケ役、何か芸を披露しろ」
「へっ?」
ゼロがきょとんとした表情でエルナの顔を見る。
突然の無茶難題に戸惑いを隠せない状況。
「な、何故だい!? ぼかぁそんな話初めて聞いたよ!」
「当たり前だ、今決めたんだから。せーっかくスズキが帰ってきたんだ。
芸の一つや二つ披露できずにどうしてアリシュレードで
お笑いのトップを狙えるか?」
「ぼ、ぼかぁそんなの狙ってないから!」
ゼロの必死の言い訳をものともしないエルナ。
エルナってわがままと言うか、話を聞かないというか……。
結局根負けしたゼロは渋々皆の前に立ち芸を披露することに。
モンタ議長とエルナは箸と皿でドンドンパフパフと騒ぎ立てる。
「それでは……それっ!」
そう言ってゼロはハンカチからハトを出したり、何も無いところから棒を
取り出したりと見事な手品を披露する。ゼロの意外な部分を垣間見た。
それを見たエルナは――。
「ブッブー、最悪。そんな子供騙しで機嫌をとるなどとは片腹痛いよボケ役。
芸の何たるかを分かってない」
「ひ、酷い言いようだねエルナ君。例えばどんな事がいいのだい?」
「うーん、私としては人食い虎にふんどし一丁で立ち向かうぐらいの芸は
見せて欲しかったかな。もしくはドラゴンを素手で殺すとか」
はてさて、それを芸と呼ぶのかどうかはともかく、エルナの奴とんでもない
わがままっぷりだな……。これが前の魔王というのだから恐ろしい。
「よし、それじゃあスズキいってみようか!」
「えっ!? お、俺も!?」
「モチロン。魔王として立派な働きを期待しています」
期待も何も、俺に虎と格闘などはできないし、ましてや手品も
できないというのに期待をされても……。
とりあえず俺はみんなの前に直立不動で立つ。
皆さっきのゼロと同じように騒ぎ立てる。
えーい、どうにでもなれ!
「えーっ、一発ギャグします。布団がふっ――」
「おもしろーい! さすがスズキだ!」
「えー! い、いやまだ何も言ってない! 言ってないから!」
「分かる、私には分かるよスズキ。その単純なギャグの中に
ぎっしりと詰まる奥深さ。そしてワビ、サビ。
なんという素晴らしいギャグ! そこのボケ役とはえらい違いだ」
うんうん、となにやら感動に浸っている様子のエルナ。
いや、ワビサビって意味分かって言ってるエルナ?
まぁ、何はともあれ結果オーライ。
「ぼかぁ魔王君のギャグがいまいちわかんないけど?」
「ワシもじゃ。まるで凍死するかのような寒いギャグの
予感がしたのは気のせいか?」
二人して首をかしげるゼロとモンタ議長。いや、そのとおりです。
「そうだ。それじゃあエルナの一発芸ってのも見てみたいなー」
「ん? 私の?」
「そうそう。一度お手本を見てみたいよね? なぁみん――」
俺がゼロたちの方に意見を求めようと振り向くとなぜか遠ざかる二人。
そしてマッハの速度で首を横に何回も振る。 あれ? もしかして嫌な予感?
「そっかー、そうだよね。良し! ここはスズキの為に一肌脱いであげましょう!」
「あー、ごめん、嘘です。やっぱり遠慮しておきます」
「覆水盆に帰らず。一度吐いた言葉を飲み込むことは不可能なのですよスズキ。
やってあげましょう!」
そうしてエルナは広間の中央に立ち、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
今まで見てきた中でも最高の大きさ。
ゴゴゴ、と城全体が揺れ、なにやら酷く嫌な予感タップリ。
「ち、ちなみにエルナは何をするつもりなの!?」
「そだねー、取りあえずこの世界で一番強い奴召喚して戦うっていう
極ありきたりな芸を披露しようかと」
「だからそれ芸違うから! やめて! ストップー!」
ビカビカーと妖しく光り輝く魔法陣。
そして迫る死の予感。
そうしてこの世界で一番強い奴が姿を現す――!