的屋の姐さん
欠けた石段駆け上がり、赤提灯の参道抜けると見えてくるのは朱の鳥居。
苔むした石灯籠の立ち並ぶこの荒れた神社に、今日は人だかり大盛り上がりのお祭り騒ぎ。
こんな何もない片田舎に、今日は国のお偉いさんが参るとあれば、普段見向きもしない大人子供も大勢押し寄せて、わいのわいの。もう少ししたら花火が空に咲いて黒い海も彩られる――。
「へいらっしゃーい! わたがし、お面、イカ焼きもあるよー!」
商売繁盛、的屋の主人も声を張る。
強面の男達は捻り鉢巻に腕まくり、鉄のヘラをカチャカチャならして、鉄板の上でかき混ぜる焼きソバのソースが老若男女の鼻をくすぐる。
綺麗な赤の宝石リンゴ飴。子供がねだると親はお決まりの言葉を口にする。
「帰りに買ってあげるから」
そうなれば子供は大人を引っ張って、神社の階段駆け上がる。元気の良い。
さて、神社の下の大通り。ろくに舗装もされていない道路の脇に、今日は提灯、露天がずらりと並んで、行く人々の目を惹く、足を止める。車は当然通行禁止だ。
「さあさあ、金魚すくいはいかがかね?」
赤黒白の小さな魚は金魚か鮒か、すくえと言われてもモナカのポイは頼りない。
水槽眺める子供達の手には水風船とキャラものの団扇がぱたぱた。
「イカ焼きだよー」
焦げた醤油の香りに寄せられるのは若い男女、学生かそれとも社会人なのか。いつもより少しだけ奮発する彼に寄り添う浴衣姿もあざとく、しかしその特別な装いに男も満更ではない。今日は財布の紐も少しばかりゆるい。
ところで、的屋的屋と何の的を射るのかと問われれば、先ほどの男女は当然パートナーのハートを射抜きたいものである。
けれど子供が狙う的はもっとわかりやすい目に見える物。例えば普段は手の届かない高価な玩具やぬいぐるみ。ずらりと並ぶそれら豪華景品を、今日は少ないお小遣いで手に入れられる、かもしれない、運さえ良ければ。
「おしい! 残念だったねぇニイちゃん。231番はこのヨーヨーだ。はいよっ」
店の奥から身体を伸ばして手渡し、開いた浴衣の内側がちらちら目に毒。特別にサービスだよと言いたげな悪魔の笑みで、はずれを引いたニイちゃんの顔もほころんだ。
良く通る声の主は、店の主。やや歳のいった女性ではあるものの、道行く男はその色香に目を奪われている模様である。長い髪を少し上で縛り上げたポニーテールの金髪は美しく。カラーコンタクトは赤色の、見る人を惹きつけるけれど、あまり見てると取って食われそうな肉食系の八重歯も魅力的。ハーフなのか。しかし、それにしても美系である。着流しの朝顔柄の浴衣から覗くうなじは白い。
キセルふかして丸椅子に足を組む脚線美を、屋台の下から眺めようと、少し放れたところに座る男性にも彼女、しっかりと視線を投げる様子が侮れない。
「おねえちゃん。これ、いくらですか?」
「ん? おー、客か」
今度のお客はいがぐり頭のお坊ちゃん。小さな背伸びでおもちゃを眺める。店主はこの小さなお客さんの声に気付いて立ち上がり、くじの入った箱をずいと差し出した。
「一回200円。くじの番号と、このおもちゃの番号がぴったし合えば、これはあんちゃんのもんだよ」
ほらほらと、景品に貼り付けてある手書きの小さな紙を示すと、いがぐり頭はキョロキョロとそれを見比べた。1番はゲーム機。2番は大きなぬいぐるみ。それから数字が大きくなるほど、景品は小さく質素になっていき、
「300番を超えるとヨーヨーだよーっと。ほれっ」
「わわっ!」
シュッと目の前を通り過ぎる回転円盤に、思わず子供は後ずさる。
ケタケタ笑う店主の意地悪さも、しかしどこか憎めない子供のような素振りに道行く人もニッコリと。
「で、どうすんだい、一回やってくかい?」
うーんうーんと、首ひねり、財布の中身と相談。
ジャラリ。金魚のガマグチ逆さに、手に広げた小銭はほとんどが十円と一円で、一つだけ銀色の硬貨がこの子の虎の子100円玉。
くじは引きたい、金魚もすくいたい、うーんうーん……。
「男は勢いと度胸だよ! ほらほらどうすんの」
「う、うん。一回ひきますっ」
にひっ、と。悪そうな笑顔の店主に頭を撫でられ、いがぐり頭も笑顔を見せた。
差し出された箱には、赤のくじがぎっしり詰め込まれていて、そのどれもに期待を誘う謳い文句が書かれている。
“大当たりくじ”とは、どれも同じ白の文字で赤のくじに。一体どれが当たりなのかと、いい大人ならばこれがどれも同じ“はずれ”ではないかと疑ってかかろうものだが、そこは子供の純真な心。宝の山に手を突っ込んで、ガサゴソと探る、ねらうは当然大物なのだ。
「んー……これっ!」
ピッと差し出された三角のくじを開くと、書かれていたのは三つの数字。
子供が番号を探す間もなく、店主はサッとくじを引ったくり、その中にある文字を読み上げる。ふむふむー……。
「おおー、これはこれは220、220――っと」
「……う」
店頭に飾られた“大物”はどれも一桁二桁の数字であるが、この子が引いたのは三桁の数字。少しションボリとした肩に、店主がチラリと目を向け、背に景品を隠したままずずいと顔を覗かせる。
サービスは忘れない前屈みの姿勢で、いがぐり頭に一言。
「ふふふ、そんな顔しないの。いいもん当たったよ、ほらっ!」
バッと差し出されたのはプラモデルの箱。その大きさは200円にしては少しばかり大げさ、目を見張る大きさだ。
「あんちゃんついてるねぇ。おねえちゃんもその幸運が欲しいよ」
「へへへ、ありがとー」
嬉しそうに箱を受け取って、抱きかかえる少年に、店主は手を伸ばし、いがぐり頭をゴシゴシとなでまわす。照れくさそうな笑みも彼女への代金。
浮かれて走り出す小さな背を見送り、彼女は椅子に戻った。
サッと足を組むと、やはり遠くで青年がニヤニヤする。わざとだよっと、彼女も笑みを浮かべてあっかんべー。
気前のいい店主の後ろには、200~300の札が貼られた箱に、ぎっしりと詰められたヨーヨー。220のくじをくしゃっと潰してゴミ箱に放ると、キセルを咥えて足を組みなおした。
人通りは徐々に増え、花火の音が響く頃――この店の商品も少しだけ数を減らした。くじはまだ山ほどあるけれど。
道の向こうの男も、こう通行人が多くては楽しめないと、既に姿を消してしまった。
「……姐さん」
「ん、もうそんな時間かい」
店の裏から覗くのは若い男の顔。痩身の出っ歯で、店主を姐さんと呼ぶ姿は、少し怪しげな。彼女はフウと煙を天井に吐き出し、火を足元で踏みにじる。草履が鳴らす砂利の音は、五月蝿い祭りの声に染みこんで消えた。
「店番よろしくね……アガリをちょろまかすんじゃないよ?」
「へい」
若い男が、店主の代わりに椅子に座る。
裏を抜けて向かうのは人のごった返す神社の参道――その脇の林の裏に、一台のバンが停まっていた。
コツコツと窓ガラスを打つ白い手の甲。ウィンドウが降りて、彼女は運転手に目で合図を送った。後ろから出てきた三人の、どれもガタイのいい強面の男達は、浴衣姿に草履を履いて、祭りの装い、しかしそれはどこかかたぎの雰囲気とは異にする。
「この期を逃したら、もう次は無いんだ。しくじるんじゃないよ」
「「うっす!」」
女は胸元に手をいれ、そこにある黒く冷たい感触を確かめながら石段を上っていく。男達は彼女の周囲を警戒していた。
一歩一歩、確かめるように、祭りと花火と人ごみの陽気で、普通ならばドキドキと鳴るはずの鼓動も凍りついたように冷静で、フンと鼻を鳴らした皮肉混じりの嘲笑は、自分に向けてか、それとも――。
「姐さん」
「ちゃんと見えてんよ」
人の洪水、立ち並ぶ頭の間から覗くのは神社に参拝中の、国のお偉いさん。
今日の賑わいは彼を迎える為のものであって、けっして、この街の祭りが普段から活気に溢れているという事ではない。
片田舎はもう息を吹き返すことも無く、ただ終わりに向かうだけ。これが最後の悪あがき。その原因が、のこのこと、よくもまあこんな所に顔を出したものだと……。
パンパン! 手を打つ背広に習い、人の声も静かに、皆一様に頭を下げて。
「フフッ……狙ってくれって、言ってるようなもんだねぇ」
握った黒の重さを前に突き出し、しっかり狙う的はその背広のど真ん中。
的屋の店主の腕前を、見せてやるよと、八重歯の笑みが歪む。
並ぶ人ごみ、音は消え……坊主頭を見つけた彼女の心音だけが、一つドキンと高鳴った。
――――!!
「よく見とくれ、大当たりさね……」
花火の音と銃声が、人の目玉をひんむいて、寂れた神社に悲鳴と花を咲かせた。