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こわいだん  作者: くろとかげ
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現代版・葬られた秘密 後編

 葬式は静かで寂しいものだった。寂しすぎるあまり、予定は滞りなくスムーズに行われた。世間が騒ぐほどの"問題"が起こったのは、少し日が経ってからである。

 初めに気づいたのは、近所に住んでいる小学生たちだ。

 夕刻、学校帰りの男の子が、稲村家の二階を指さして叫んだ。

「幽霊がいる!」

「ここの人、こないだ、誰か死んだよな」

「知ってる。うちのかーちゃんが言ってた。女の人が死んだって」

 噂は、じきに稲村家の人間の耳に入った。主は噂が広まらないよう、あれこれ手を考えたが、無駄に終わった。女の幽霊の話は尾ひれをつけてたちまち広がっていく。女の幽霊が二階に現れる、という設定は変わらないまま。

 そして園子の母親は死んだ娘の幽霊を間近で見てしまうこととなる。

 足のない園子は、タンスの前で、陽炎のように姿を現していた。

 母親は悲鳴を上げ腰を抜かした。1階から人が駆けつけた時には、園子の霊はもうなかった。

 身内の間で深刻な会議がその日のうちに行われることになる。

 園子の霊、それから広まった噂をどうすれば鎮めることができるか。

 案は、意外と思い浮かぶようで、人から人へと飛び交った。

「そういえば園子が好きになったという男、葬式に現れていなかったんじゃないのか。園子は彼のことが気になって、いつまでもあの部屋で男が来るのを待っているんじゃ……」

 なんて不憫な子なんだ~。と涙を浮かべる主。

 隣の席の妻は、混乱する夫に比べて至極冷静だった。

「いいえ。私はあの子の霊を見ました。見ましたが男を待っているという感じではなかったわ。あの子は小学生の頃、小間物が好きでしたから。きっとそれに思い入れがあるのよ」

 なるほどだからタンスの前に現れるのか、とその場にいた他の者が揃って手を叩いた。

「タンスの中にある物。この際だから寺で焼いてあげましょう。園子はきっとそれを望んでいるはずだわ」

 その案に稲村家の人間、全員が賛成した。善は急げ、あるいは怖いものから逃げるかのように、翌朝一番には寺に駆け込んでいた。

 園子が愛用していたと思われる小間物それから洋服等はみな燃えた。

 これで安心。幽霊騒動も綺麗に片づくだろう。

 誰もがそう信じて疑わなかった。

 ところが園子の霊は依然として現れつづけた。同じ場所に、同じかっこうで、空っぽになったタンスをただじっと見つめている。

 姿を見せ続ける園子に、これ以上、何をしてあげればいいのか。悩みに悩んだ稲村の人間は寺にもう一度足を運んで、住職にことの次第を話し助言を求めた。

「本当に、そのタンスにはもう何も残っていないのですか?」

「ええ。引き出しはみな、空にしました」

「うむ」和尚はひとつ頷いた。「では今夜、お宅にまいってもよろしいでしょうか? 問題を解決してみせましょう」

 和尚の言葉に、稲村の夫妻は顔を見合わせた。それから同時に頭を下げた。

「よろしくお願いします」

 口では言ってみたが、本当に解決できるものかと2人は半信半疑だった。

 ただ和尚は朗らかな笑みを浮かべていた。


 夜になると和尚は宣告したとおり稲村家に訪れた。夫妻は丁寧な対応で迎え、園子の部屋に案内した。和尚は部屋の前で一礼をし、それから中へ。

「ではあとは私に任せてください」

「はい。どうか、どうか娘を救ってやってください」

「よろしい。ただ、私が呼ぶまで部屋に誰も入らないようにしてください」

 注意をしてから和尚は戸を閉めて、ひとり室内を見渡した。

 タンスの前で腰を下ろし読経を始める。数時間が経ち、夜中の2時になった頃。

 園子の霊がふわりと姿を現せた。

 和尚は彼女の顔をちらりとうかがって、稲村園子に間違いないことを確認した。

 園子は物憂げな眼差しでタンスをじっと見つめていた。幽霊なのに、まるで感情を持っているかのような、今にも涙を流し泣き出しそうな表情だ。

「このタンスに何かあるのですか?」

 和尚は優しく声をかけた。

「思い出。気になるものが、中に入っているのですか?」

 園子の目が、ちらりと和尚の方に動いた。それから彼女はゆっくりと頷いた。

「探してみてもよろしいですか?」

 問いに園子は再び頷く。相手の了承を得て、和尚は行動にとりかかった。

 タンスの引き出しに手をかけ、上から順に探っていく。しかしどれを見ても中身は文字通り空っぽであり、心残りになりそうなものは見当たらなかった。

 もしや中ではなくタンスそのものに何かあるのでは。思い至った和尚はただ中身を探るのではなく、タンスを分解するくらいの気持ちで調べてみることにした。

 それでも見当たらなかったため、やけくそになった和尚はタンスを傾けさせて底を覗いてみることにした。タンスは軽い力でも容易に持ち上げられることができた。

「あった」

 それはあった。大き目の茶色い封筒がひとつ、タンスの下敷きにされていた。

 和尚は手に取ると、無意識に封を開けて、うっかり中を見てしまった。

 絵が描かれてあった。いわゆる漫画というやつだ。和尚はそれが園子自身が描いたものであると察した。和尚はすぐに束になった用紙を封に戻した。咄嗟とはいえこれは見てはいけないものだったんだ、と、園子に対して申し訳ない気持ちとなった。

「これが、あなたを心配にさせていたものかな?」

 言いながら和尚が封筒を見せると、園子の霊はまるで生きている人間のように顔を真っ赤にさせて、首を縦に何度も振った。

「そうか。わかった。では明朝一番に寺で焼き捨てるとしよう。もちろん誰にも見せたり、言いふらしたりしない。それでよろしいか?」

 園子は何も答えず頷きもしなかった。ただ、ゆっくりと、ゆぅっくりと姿を消していった。

 以来、園子の霊を目にする者はいなくなった。幽霊騒動は静かに幕を下ろしたのだ。


 和尚は園子の部屋で見つけたものが何なのか、誰にも話さなかった。彼女の両親にさえも口を割ることはなかった。稲村の夫婦は怪訝に思い、首を傾げるばかりであった。

 静かに寺に帰り、彼は一番に封筒に火をつけ、園子との約束を果たした。

 封筒が燃えて、原稿の一部分が目に入った。

 ワイシャツをはだけさせ半裸となった2人の男が、文字通り炎の中で熱い接吻を交わしている。そんな一コマが見えた。

 やがて燃え尽き、園子の秘密は完全に葬られた。

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