現代版・葬られた秘密 前編
兵庫県のある場所に、稲村という家があった。名前に稲の字がつくだけのことはあって、その家は金ぴかで大変なお金持ちで有名だった。家の主は商売上手で有名だったのだ。
娘が一人いて、名前を園子といった。
夫婦円満。商売繁盛。可愛い娘。誰もが理想とし、誰もが羨むほどの、幸せがつまった家庭であった。
ところがそんな家にも、たったひとつだけ、頭を抱えてしまうほどの悩みがあったのだ。
園子が、実は引きこもりなのである。
二十歳を超え、いい歳した娘が部屋に閉じこもって、いったい何をしているのか、父親は当然心配になった。
「いっそ男遊びをしてくれたほうがまだ健全だ」
父親は娘の部屋のドアを見つめながら、しょんぼり溜め息を吐くのだった。
ところがある日。園子の心境にどのような変化があったのか。
「わたし好きな人ができたの。付き合おうって考えているわ」
爆弾発言をしてきた。
家族揃って夕食をとっている最中だった。内容があまりに衝撃的すぎたので、父親は大好物のエビフライを床に落としてしまった。
それから園子は、機関銃の弾を浴びるようにたくさんの質問を受けることになった。
相手の男は絵描きで生計を立てているらしいが、どんな絵なのかに関しては、秘密、と園子は答えた。ただ、彼の絵が自分を魅了したのだと頬を染め、顔を俯かせて呟いた。
娘の言葉に、父親は腕を組んだ。難しい顔をして見せたが、内心では喜んでいた。
園子にも男ができる。娘はちゃんとした普通で健全な女だったんだ。
一般的な父親なら、得体の知れない男との交際など認めなかっただろう。だが、稲村家の主は少し違っていた。娘が幸せになることを心から疑わずにいた。
しかし園子が恋愛に夢中になったからといって、彼女が活発に外出する、というようなことにはならなかった。
相変わらず部屋にこもって何か没頭している様子だった。唯一変わったのは部屋の中で会話する声が聞こえたことである。
例の彼と秘密の電話でもしているんだな。と声を聞く度に、父親は頬を綻ばせた。
園子は父親以上に幸せだった。
ところが、園子は突然の死に見舞われる。