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こわいだん  作者: くろとかげ
3/8

現代版・破られた約束 後編

   私 視点


 初音の話はとても信じられるようなものではなかった。彼女は演技が上手いものだから、帰りの遅い私を懲らしめる為に企てたものかと、初めは思った。

 だが違った。初音の恐怖体験が実話であると、私はその証拠を見てしまったのだ。

 初音の携帯に残っていた着信履歴。その中に、前の妻の番号があった。

 その女が、あの世から電話をかけてきたのだ。私は全身の震えを止めることができなかった。しかしだからといって、たかが幽霊騒動で初音を手放すことはできない。

 だからこれは単なる悪戯なんだと、初音に言い聞かせて、無理矢理話を切り上げさせた。

 早朝から正午になって、明るさと暖かさが部屋の中に満ちだした時、初音はぼんやりと、

「あれはきっと夢だったんだと思う」元気を少しだけ取り戻したかのようだ。

 初音は十数時間ぶりに笑った。

 が、私は今日も夜勤で戻りは朝になる。そう伝えると、初音は露骨に嫌な表情を作った。

「そんな顔をするな。大丈夫。初音の不安を取り除く良い方法を思いついたんだ」

「どんな方法よ」初音は唇を尖らせながら聞いた。

「確か初音の後輩の中に、君を尊敬している子がいたよね」

「ミーコのこと?」

「その子を使うんだよ」

「あ。分かった。一晩をミーコと過ごせば怖くないっていう提案なんでしょ?」

 私はニヤッと唇を歪めた。「ミーコってのを呼ぶのは正解だ。いいかい? 言うとおりにするんだ」

 私の指示を聞いた初音は目を見開き、驚愕した。が、やがて頷いて私の提案に賛成してくれることを示してくれた。


   ***


 その日の深夜。2時を回ったころ。

 ある家を中心に身の毛も弥立つほどの絶叫が近隣の住宅に響き渡った。たった一度だけだったが、起きていた人間はみな、窓から顔を出して、何事かと様子をうかがったほどだったらしい。そして、叫び声の上がった家の中では、女の死体が転がっていたという。


 仕事場の休憩所で、私は、警察の人からその事実を聞かされた。ついでに死んだ女の名前を聞かされ、何か知らないかと問われたが、私は左右に振って応えた。

「そうですか。知らない名前ですか? 不思議ですね。ならなぜ彼女、柏木美子さんはあなたの家で、死んでいたのでしょう?」

「分かりませんよ。そもそも私はずっとここで仕事してたんですから」

「…………」

 私は睨まれた。警察の人は私を疑っている、そんな目つきだった。

 そんな私たちの間に、妻がひょこっと顔を出してきた。

「あの……ミーコに何かあったのですか?」

 警察の人は、横から出てきた初音の顔を見た途端、目を見開いて後退った。

 彼が大袈裟といえるくらいに驚いたものなので、私は妻を紹介をした。

「奥さんでしたか。そっくりだ……。あ、これは失礼」と、どこかホッとした顔に戻った。「あの、奥さんは、美子さんとはどういった関係で?」

「はい。同じ劇団で一緒に活動をしていました。まだ未熟な私を師匠と呼んで慕ってくれていて、笑った顔が可愛くて素直で良い子でし――あの、彼女……どうかしたのですか?」

「亡くなられました。あなた方の家の中で」と、警察の人は小声で言った。

「え。うち……で?」

「どんなふうに死んでいたと思います?」

 警察の人は、私たちの返事も待たず内緒話でもするかのように、声を小さくした。

「首が切断されていたんです。仏間にある遺影に体を向けて座った形で死んでいました。美子さんの右手には鋏が握られていて、どのようにされたかは知りませんが、その鋏を使って自分の首を切り落とした、と思わせるような構図になっていました」

 ひっ、と初音の息を飲む声が聞こえた。

「それも初音の服を着て、死んでいたらしい」と、私。

「とにかく、いろいろ聞きたいことがあるので、質問よろしいでしょうか?」


   ***


 この怪事件のせいで私たち夫婦は、色々な形で噂され疑われもしたが、手がかりがちっとも出てこず進展しない事件は最終的に、『初音のストーカーが留守中の家に忍び込んで自殺』という後味のわるい一文で片づけられた。

 だけどあの家で住むことはもうできない。私たちは逃げるようにこっそりと引っ越しを決めたのである。当然、前の妻の仏壇やその他もそのままにして。

 新しい住居は幸いすぐに見つけられた。私たちは協力し合って、ボチボチと荷解きにかかった。

「な。上手くいっただろ? 出費はかさむし、人から変な目で見られたりもしたけど」

「ええ。ミーコには申し訳ないことしたけど、おかげで助かったわ」

「本当に。彼女は素直で従順な良い子だったよ」


 ずっと前。前の妻に殺される、と怯えていた初音に、私はひとつ提案をした。

 後輩、柏木美子を家に呼ぶこと。そして彼女に、初音の服を着てもらい、一晩を家の中で初音になりきって過ごしてもらうこと。

 柏木美子は何も疑いもせず、二つ返事で頷いてくれた。

 そして初音に代わって死んだ。さすがに死に方が異常なだったせいかテレビでは報道されなかった。

 事件は自殺として片づかれた。事件の真相を知っているのは、私と初音の二人だけ。

 柏木美子は、かつて私の妻だった女に殺された、てことを。


 しかし分からない。あいつが殺そうと脅しの電話をかけるべき相手は初音ではなく、私であるべきなのに。

 私はその疑問を初音にふっと零してしまった。

 すると初音は静かに、こう言った。

「男の人の考えでは、そうなるかもしれないけれど……女の考え方は違うのよ」

八雲の「破られた約束」、これで終わりです。

アレンジして書いてみました。

オリジナルだと新妻は殺されてしまいますが、

生かしてみようと考えました。

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