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こわいだん  作者: くろとかげ
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現代版・破られた約束 中編

   大越初音 視点


「前の奥様が出たんです」

 昨晩体験した出来事を、私は打ち明ける決心をした。思い出しただけでも、背筋が冷たくなる。恐怖で身体が震え、唇の動きさえままならなくなる。カチカチと歯を鳴らしながら喋る私の言葉を聞いて、あなたはどう思っただろう?

 案の定、信じられない、といった目で私を見ていた。

 ううん違う。これはむしろ、理解できていないといった、そんな目だ。


   ***


 昨晩。私はあなたから、仕事の都合で朝帰りになるだろうという内容のメールを受け取った。ちょっぴり寂しかったけど、お仕事なら仕方がないと自分に言い聞かせ、私は一人で晩ご飯を食べ、お風呂に入り、それから少し早いけど床に就くことにした。

 寝苦しい夜だった。舞台の稽古が大変で、全身は悲鳴を上げるほど疲れているはずなのに、深い眠りに落ちることがどうしてもできない。

 今は何時くらいかしら、と何度も時計の針を確認してしまう。電池が切れているのか2時からちっとも進んでいない気がした。かと思えば本当に壊れていた。

 携帯の方で時間を確認をしようとするが、どこに置いてしまったか見当たらなかった。

 ベッドの下に落ちたのか。探ってみたけど、なかった。

 携帯のことが頭に引っかかり、私は余計に眠れなくなった。

 "現象"が起こったのはそれから。

 寝室ではない別の部屋。遠くから聞き覚えのあるメロディーが流れてきたの。

「あ」とすぐ気づいた。自分が設定した携帯の着信音であるということに。

 同時に怪訝になる。

 どの部屋から、携帯は音を鳴らしているのだろう、って。

 悪寒が走る。音の出所が分からず、それが気味の悪さを醸し出していた。

 もう携帯の音なんか無視して寝よう、って考えが過ぎったのだけど、あなたからの連絡かもしれない。私は早足で音のするほうへ行ってみることにした。

 暗い廊下に出て、音を頼りに進んだ。そしたら、どこへ向かったと思う?

 仏間、だったの。

 今日は一度も仏間に入った憶えがないのに。なのにどういったわけか、中から携帯の着信音がするの。

 これは人の仕業じゃない。

 思ったけどすぐに、バカみたいって考えを改めた。

 でも、もしかしたら――。私は悪い考えを拭うことができなかった。

 色々と考を巡らせている内に、腕がひとりでに上がって、仏間の戸に触れたの。

 触れただけ。なのに戸は軽い力で横に開いた。やってしまった! そう思いながら私は反射的に身構えた。部屋の奥から何かが飛び出してくると想像してしまったから。

 するとどうかしら。特に何にも起こらないではないか。それどころか気が付けば、携帯の音もピタリと止んでしまっている。私は急な静寂に、耳がおかしくなったような錯覚になる。

 携帯を回収するため、怖かったけど、おそるおそる仏間に踏み入った。仏間内の空気はこもっていて息苦しい。足が重い。

 部屋の中央に私の携帯。それにやっと手が届く位置に立った。私は腰を曲げて携帯を拾うと手を伸ばした。

 バタン――。

 背後からの不意打ち。

 開けておいた戸が、叩きつけられたように閉じたのだ。

 なんで勝手に。どうして閉まったの!

 超常現象に私の頭の中はパニックを起こした。あわあわするだけで、何をどうすればいいのか考えがつかず、文字通り立ったまま動けなくなってしまった。

 直後に、再び! 携帯が大音量で単調なメロディーを流し始めた。

 いつもなら、驚いた拍子に携帯を投げ放っていたと思う。でもそうはならなかった。それが怖かった。携帯は手のひらにくっついて、離れることはなかった。

 画面を覗くと、知らない電話番号が出ていた。

 液晶に触れる。

「……だれ?」

 私は単刀直入に聞いた。もしもし、とか、どちら様ですか、なんて質問は無意味だろうと察していた。口から出たのは警戒だけなのだ。

 空気が重苦しいと感じるほどの沈黙。私は辛抱強く電話の向こうにいる相手の反応を待った。

「…………出て行け」

 相手は、女だった。くぐもった恨めしそうな声。耳に息がかかったような気がして、私は驚き、飛び上がった。

「この家から出て行け。あの人の妻は私だ。私たちは約束をしたのだ。出て行かなければ、お前を八つ裂きにして殺す」

 電話は直後に切れた。

 私は肩を小刻みに震わせ、動くことができなかった。日が昇って、あなたが帰ってくるまで。一歩も。


   ***


 私の恐怖体験を聞き終えると、あなたはやっぱり私に携帯を見せてくれと言ってきた。おずおずと渡すと、彼は青白い顔で私の携帯を操作して確認を行っていた。

 着信履歴を見て、呟いた。

「あいつの電話番号だ」

 前の妻のことに違いない。だとすると私は、死者からの電話を受け取ってしまったということなのだ。

 彼は目を虚ろにさせ、宙を見つめたまま、私に携帯を戻した。

「み、見たでしょ? お願い。だから離婚を認めて!」

 泣きながら彼の腕を握り、私は懇願した。

 けれどあなたは、ハッとしたように首を左右に降ると、無理して明るい声を出した。

「離婚なんてダメだ。バカだな。こんなの簡単なトリックだよ。悪戯に決まってるじゃないか」

「どんなトリックを使ったのよ。悪戯って、誰が何のために……」

「説明はできない。でも大丈夫だから。今時、幽霊に八つ裂きだなんて、そんなことが起こるハズがないよ」

 彼は頑なになって悪戯であると決めつけた。私がどんなに泣き叫んでも。

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