織姫の憂鬱、彦星の葛藤
今年の七夕に書いたものの、
アップするのを忘れていた七夕の話です。
織姫と彦星はどんな思いを抱き、
どんな言葉を交わし、
どんな思いで七夕を待つのか。
機織りの私は織姫。
彦星であるの事がとても好きでした。
いつも少し不機嫌そうで、言葉遣いも少し乱暴で、少し不器用だけれど、
とても優しい牛飼いの彦星さん。
私が彦星さんと出会ったのは、
父である天の神様・天帝様が私達を引き合わせてくれたのがきっかけでした。
「織姫、こっから歩いて行くんやで。
彦星っちゅー牛飼いの男がおるけんな。
お前を待っとるで。」
『え?父様?』
「行けばわかるけん。
さあ、行くんや。」
そう父様に言われて私は月光の丘で彦星さんと出会いました。
そして私は一目彼を見て、恋に落ちました。
自分でもなぜだかわかりませんが、
顔を真っ赤にして、逃げ出したくなるくらい、一目で心を奪われて。
一目見て、目を合わせられなくなって、うつむいてしまって。
すると彦星さんは私に言ってくれたのです。
「織姫。
顔を上げて、俺を見てくれよ。」
『え?』
顔を上げて、私は驚きました。
少し不機嫌そうにしかめた顔は真っ赤で、
斜め下を見下ろしながら、恥ずかしそうに、ちらちらと私を見る彦星さん。
『あ、あの…。』
「なんであんたが照れてんだよ、俺なんかに。
だって、あんたはそんなに…。」
『は、はい。』
「そんなに、その、綺麗なのによ。
俺なんか、牛飼いだぞ?
牛、飼ってんだぞ?
お前は機織りの姫で、俺は牛飼ってんだぞ?
意味わかんねーよ。」
『え?
あ、いや、その…、ごめんなさい。
えっと…、彦星さんは、牛がお好きなのですか?』
戻れるなら。
こんな馬鹿げた質問をした自分に百烈拳をおみまいしたいです。
アタタタタタター!!!
アタタタタタター!!!
アータタタタタター!!!
と…。
だけど彦星さんは照れ臭そうに、
「笑うなよ…?」
『はい?』
「だから、笑うなよ!?」
『は、はい!』
「俺は、う●こが食えるくらい牛が好きだ!」
…。
彦星さんの発言に、
『よっほど、お好きなんですね…。』
知らぬ間に私は、
「ちょっと、お前、え…?」
涙をこぼしていました。
『汚物まで愛されてるなんて、牛さんが羨ましい。』
「ち、ちげーよ!
●んこを食べるのは牛の体調を診るためであって!」
『私も牛に産まれたかったな…。』
「だから!
牛飼いってのは、みんなうん●を食べるんだよ!」
『どうぞ食べてください!
好きなだけ!食べてください!』
私は、言葉にできない気持ちで胸が張り裂けそうになって…!
「おい、織姫!
待て、どこ行くんだよ!?」
『離してください!
食べたらいいじゃないですか!
好きなだけ食べたらいいじゃないですか!』
「織姫、聞け!
俺の話を聞け!」
『離してください!
思う存分に食べて食べて食べてください!』
「織姫!
俺はお前が、うんこ●より好きだ!」
『…え?』
「うんこより●!
牛より!
お前が好きだ、織姫!」
『…。』
「お前が泣くなら、俺はもう牛のうんこを食べないから●!」
『ち、違うんです!』
「織姫、恋とか愛とか俺はよくわかんねーけど!
でも、惚れちまったんだ!
お前が好きなんだ!」
『…。』
「だから!
だから、その…、
笑ってくれよ!」
腕を強く引っ張られました。
彼の鼓動が聞こえました。
抱きしめられたから。
「笑ってほしいんだ。」
『は、はい…。』
「お前の笑顔に、惚れちまったんだ。」
『はい。』
「笑顔、見せてくれよ。」
『でも、抱きしめられてたら笑顔は見せられません。』
「そうだな。」
『そうです。』
「じゃあ、離していいのか?」
『いえ、離さないでください。』
「わかった。
もう離さないから、織姫。」
『はい。
もう離さないでください、彦星さん。』
そう言って、
抱きしめた腕をほどき、
私の手を握りながら、
口づけてくれました。
「織姫、機を織る手が止まっていますよ。」
『あ、すみません母様。』
「困った子ね、そんなに彼の事が好きなのね。」
『そ、そんなんじゃ…。』
「良いのよ、誰かを愛する事はとても尊い事だから。」
『はい…。』
私は機織りの姫。
だから機を織らなくてはなりません。
だけど、彦星さんに会いたくて、そばに居たくて。
気付けば時折、手が止まってしまうのです。
私の友達、星の鳥の飛鳥が言いました。
「織姫ちゃん、そんなに彦星が好きなら結婚しちゃえばー?」
『そんなに簡単に言わないでよアスカ!
他人事だと思って!』
「彦星も織姫ちゃんの事が好きなんでしょ?
だったら良いじゃん。」
そうだけど…。
「なあ織姫、俺と結婚しねえか?」
『え…?』
「嫌…、か?」
『んーん、嫌じゃないよ。』
「じゃあ、結婚してくれ。」
『うん!』
交際を始めて幾つ暦を数えたでしょうか。
それは指折りほどの月日を数えた、ナナ月ナナ日の事でした。
私達は結婚しましたが、
私は機織りの姫。
彦星さんは牛飼い。
やらなければならない事があります。
いつも一緒にいられるわけではありません。
「織姫、機を織らなくちゃダメだ!」
『彦星さんだって牛のお世話をしなくちゃ!』
「わかってるよ!」
『私だって、わかっています!』
「じゃあ、もう手を離すからな!?」
『はい、離してください。』
「良いんだな?」
『離してください。』
「ああ…、わかった。」
『離しちゃうんですか?』
「離すよ。」
『じゃあ、早く離してください。』
「ああ、離すよ!」
『じゃあ早く!』
「離せねーんだよ!」
『離してください!』
「お前が離してくれないんじゃないか!」
『だって、離せないんだもん!』
「バカか!?
お前、バカ!バカか!?」
『バカでもいいもん!』
「バカ!くそバカ女!バカ姫!」
『ごめんなさい…。』
「バカ姫!
大好きだ、織姫!」
『彦星さん…。』
「織姫、バカでごめん!
離したくねえ!
そばにいてえ!」
『はい…!』
私達は結婚し一年が経とうとしましたが、
私は機織りの姫。
彦星さんは牛飼い。
やらなければならない事があるのです。
だけど、わかっているのに離れられないのです。
「お前らあかんで、ほんまに。
好きなんはしゃーないが、やる事やらな、あかんやろ?」
『はい、父様。』
「まあ気持ちはわからんでもないけどな。
せやけど限度っちゅーもんがあるやろ?」
『はい。』
「あのな織姫、おかんには黙っとれって言われたんやけどな…。」
『父様?』
「おう。
まあもう間に合わへんからええか。
織姫、お前はもう彦星のやつには会えへんのや。」
『そんな、どうして!?』
「おかんのやつ、
ドえらい荒れ狂う水を流してしてもうたんや。
今頃もう川になっとるやろうな。
織姫と彦星のやつが会えんように、大量の荒れ狂う水でな。」
『そ、そんな!』
「あ、おい、織姫!」
私は駆け出しました。
彦星さんにもう会えないなんて。
信じられない。
信じたくありませんでした。
我を忘れて裸足で駆け出していました。
だけど…。
『いやああああああ…っ!』
彦星さんが住む星に向かうための道は、
私の叫び声も届きそうにないくらい大きな川が流れていて。
私と彦星さんは会えなくなってしまったのです。
「急に走り出さんといてや、織姫…。」
『こんなの、酷い…!』
「いや、俺も止めたんじゃけんどな。
ほら、おかんのやつ、ぷっつんキレるとヒステリックが止まらんやろ?
あなた、今川を流してるから、って言うてな。
なんやて?って見に来たら既にもうほぼ完成しとってな…。」
『そんな…。』
「あかんやろ?っておかんに言うたんけどな、
あかんのは織姫と彦星や、っちゅーてな。」
『母様…。』
「もう、この川は止められへんのや。
そういう風に作られたけん。」
『…。』
「織姫、ほんまにすまん。」
俺なんか、牛飼いだぞ?
お前が好きなんだ!
笑顔、見せてくれよ。
『彦星さん…。』
もう離さねーから。
じゃあ、結婚しようぜ。
バカ姫!織姫!大好きだ!
『彦星さん…!』
織姫、バカでごめん!
離したくねえ!
そばに居てえ!
私は涙が枯れるまで。
泣いても泣いても止まらない涙が枯れるまで。
果ての見えない川の向こうを見詰めていました。
気が付けば、私は寝室で眠っていました。
気を失った私を父様が連れて帰って下さったそうです。
私は、機織りの姫。
それが使命であり、また機を織るのは好きでした。
なのに止まらない、
この沸き上がる感情は何?
私は機を織りました。
機を織ったその手で、
機織りを叩いて、叩いて、
叩いて、叩いて、叩いて、
叩いて叩いて叩いて叩いて
叩いて叩いて叩いて叩いて
叩いても、叩いても、いくら叩いても。
使命を忘れた自分の愚かさに涙が止まりませんでした。
叩き付けて血まみれになった手は痛みを感じませんでした。
後悔と恋しさに、私は壊れてしまいました。
虚ろな目で、
ふらつく足で、
気付けば川の畔に立っていた私は。
『この川が!
あなたへの元に続くなら!
溺れ死んでも良い!
あなたに会えるなら!
あなたに!
会えないのなら!!』
激流の川へ。
向こう岸に向かって私は歩き出しました。
あまりに強い川の流れに転び。
額から血を流しながら。
ただ、会いたくて。
あなたに、会いたくて。
「無茶苦茶やのう、お前はホンマに。」
『父様…っ!』
「獣のような目をしよって。
死ぬ気か、織姫。」
『会えないのなら…!
何の未練がこの世にありましょう!?』
「わーかった。
わかった、わかった。」
『…?』
「織姫、機を織るんや。」
『嫌です。
私は死してこの川の一滴となり、少しでも近く彼の元へ。
そう決めました。』
「機を織るんや!織姫っ!」
『さようなら、父様。』
「364の星が輝く間、機を織るなら。
1つの星が輝く時間、彦星に会わせたる。」
『え?』
「今まさに。
彦星もまたお前と同じく、この川の一滴と化そうとしとる。」
『彼が…。』
「おいアスカ!
星の鳥の仲間達は連れてきようたか!?」
「お待たせー!
いっぱい連れて来ましたー!」
見上げれば、
空を覆い尽くすおびただしい羽の群れが。
「織姫。
今、翼の橋をかけたるけんな。」
『父様…?』
「ええか?
機を織るんやで?」
『父様…。』
「せやかて、今日は晴れてるからええけんど、
雨が降っとったら翼の橋は掛けられへん。
それでも、数多の星を越えて機を織れるな?」
『は、はい…!』
「行け、織姫!
彦星のやつが待っとるで!
翼の橋を駆け抜けろ!」
『はいっ!』
私は走りました。
あなたの元へ。
ひたすら走りました。
あなたの元へ。
血も汗も涙も流しながら。
あなたに会いたくて。
私は。
翼の橋を走った。
「織姫!」
『彦星さん!』
力いっぱいに抱き合いました。
涙は流れ続けました。
「ごめんな、織姫。
俺が馬鹿なばっかりに。」
『ごめんなさい。
私が使命を忘れなければ。』
「もう二度と、会えないと思っていた…。」
『私も…。
会えないのなら、いっそ少しでもあなたの近くで死のうと…。』
「恋しかった、織姫。」
『私も、彦星さん。』
「これからも、時は俺たちを引き離すだろう。
だけど、会えるのなら!
俺は待つよ!
お前の事を想いながら!」
『私も待ちます。
あなたのために織るのなら!
いくらでも機を織ります!
あなたに会えるなら!』
「ありがとう、織姫。」
『ありがとう、彦星さん。』
触れ合った唇に、
言葉では言い表せない温もりがありました。
優しく微笑んで、
涙を流す私を見詰めて、
彦星さんが言いました。
「織姫、笑ってくれよ。」
『できない。
涙が止まらないんだもの。』
「もうすぐ時間だ。
離されてしまう前に輝く月の様な優しい笑顔を見せてくれ。」
『でも…。』
「さあ、涙を流しながらでも良いから。
俺を見て、口の端を上げてくれ。」
『…うん!』
「やっぱり綺麗だ、織姫。」
『彦星さん…。』
「忘れない。
お前の笑顔を思い出しながら、俺は待つよ。」
『はい…。』
私達は優しい口づけを交わし…。
さて、来年は晴れるかなあ?
来年は七夕、晴れると良いな。