私の愛しいスノーホワイト
悲恋です。少し暗めの話なのでご注意ください。
白雪姫のパロですが、あまり原作を活かせていないかもしれません……。
――――ただ、彼の愛が欲しかった………。
◇◇◇
それは、むかしむかしのお話です。
あるところに、小さいけれどとても平和な国がありました。
そこは女王さまの治める国でした。女王さまは優しく公平で、民たちからも慕われておりました。
また、女王さまは光り輝く金の髪と初夏の瑞々しい若葉を思わせる新緑の瞳と、ぬけるように白い肌を持つ美しい人でもありました。
そのあまりの美しさに、各国の王や王子たちはこぞって結婚を申し込みましたが、彼女はどの求婚者の申し出にも決して頷くことはありませんでした。
何年かの月日が流れ、ほとんどの求婚者たちが結婚を諦めてしまった頃。
女王さまがついにご結婚になられたとの噂が各国に広がりました。
結婚相手は、これと言った特徴のない平凡な男でした。
その男には可愛らしい女の子の連れ子がいたそうです…。
◇◇◇
彼女は結婚に夢など抱いてはいなかった。
まだ幼い頃から、女王としての教育を受けて育った彼女にとっては、恋や愛など物語の中の話にしか感じられなかったのだ。
年頃になり、何十人もの求婚者が現れたときも嬉しさなど微塵も感じなかった。
ただ、自国にとって最良の相手を選ぶことだけを考えていた。
そんなとき、“彼”に出会った。
彼女の運命の人に………。
彼はとても平凡な人だったが、彼女の目には誰よりも魅力的に映っていた。
初めての恋に彼女は舞い上がっていた。
しかし、彼は彼女を愛してはくれなかった。
彼女は、ただひたすらに彼を手に入れたいと思い、それを行動に移した。
彼女は女王であり、望めばどんなものでも手に入れることができた。
自分の持つ権力を使い、無理やり彼に結婚を承諾させたのだ。
傍にいれば、いつか彼も自分のことを愛してくれると、そう思っていた。
彼との歪な夫婦関係は彼女の死によって、わずか二年で終焉を迎える……。
―――彼女は、愛した夫の手で惨殺された。
◇◇◇
彼にとって女王からの好意は迷惑以外の何物でもなかった。
それどころか、権力を使い無理やり結婚を迫って来た彼女には嫌悪すら感じていたほどだ。
しかし、相手は女王であり、ただの平民である彼にはその結婚を断るすべはなかった。
彼はごく平凡な男だった。
愛した妻に先立たれてからは七歳になる娘と二人で暮らしていた。
質素だが、穏やかな生活。
彼は幸せだった。
娘は、妻によく似た美しい少女だった。
雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪を持ったその娘の名前を“白雪”と言った。
この二年で、ちっとも慣れることのなかった王宮。
その王宮の廊下を彼は早足で進む。
ズルリ、ズルリ、ズルリと、彼が歩みを進めるたびに“ソレ”は音を立てた。
“ソレ”は彼が今しがた殺してきた女王の………首だった。
女王が娘を殺そうとしていることに気付いたのは、数日前のことだった。
権力によって彼を手に入れた女王が、自分からの愛情を望んでいることは知っていた。
それ故に、彼の愛情を一身に受ける娘を邪魔に思っていたことも。
彼からすれば当然の話だった。
愛した妻の忘れ形見でもある可愛い愛娘と、嫌悪すら抱いている女王。
どちらを大切に思うかなど決まっている。
しかし、女王にはそれが分からなかった。
自分が愛されないのは娘がいるからだと考え、邪魔者扱いしていた。
この二年、よく耐えたと思っている。
だが、もう限界だった。
あの女の口から、自分への愛の言葉というおぞましい妄言を聞くのも、娘への恨み言を聞くのも。
その上、とうとう女王は娘を殺そうとしたのだ。
彼にとって、世界で最も大切な娘を。
許さない。
女王に対する憎しみの中には、一欠片の情すらなかった。
初めて、自分から女王の部屋を訪れた彼に、女王はひどく喜んだ。
嬉しそうに話しかけてくる女王の手を握り、目についた姿見の前に移動する。
女王は彼の行動を不思議に思うが、彼に握られている手に意識がいってしまう。
彼女の気に入っていた美しい姿見には、彼と彼女の姿が写っていた。
私達、とてもお似合いね。
彼にそう囁いた瞬間、女王の顔は鏡に叩き付けられていた。
甲高い悲鳴が響いた。
しかし、彼は何度も、何度も彼女の顔を鏡に向かって叩き付ける。
しばらくすると、女王は痛みのためか気を失ってしまった。
女王の叫び声がなくなったことに気付いた彼は、その手を止め、彼女の顔を覗き込んだ。
彼女の顔は、何度も叩き付けられたせいで変形し、鏡の破片がいくつも埋まっていた。
見る影もない無残な女王の顔を見て、彼は満足する。
これで、もうこの女の顔を見なくていい。
フッと彼の目に入ってきたのは、壁に掛けられた剣。
それは、女王の持ち物らしい華美な装飾の施された細身の剣だった。
観賞用らしいが、良く手入れがされており、切れ味も良さそうだ。
彼は、その剣に手を伸ばす。
いっそ、首だけになれば、この女も静かになるだろう。
そんなことを思いながら、彼は女王の首へと剣を振り下ろした。
王宮の中にあるとは思えない質素な一角。
そこは、彼と娘の部屋だった。
ここまで引きずってきた女王の首を適当に放り投げる。
道すがら、かなり色々なところにぶつけたので、もう誰にも女王の首であることは分からないだろう。
引きずられ続けて、最後は骨が見えていた女王の顔を思い出し、彼は溜飲を下げる。
女王の自室からここまで来るのにずいぶんと時間が掛ってしまった。
何度か警備の兵や使用人にも見られてしまったので、かなり大きな騒ぎになっているかも知れない。
この国の女王を殺害したのだ。極刑は免れないだろう。
その前に、白雪を連れて国外へと出なければ。
◇◇◇
コンコンっと、部屋のドアをノックする。
しばらくすると、鍵の開く音とともドアが開いた。
「お父さん、おかえりなさい」
白雪が嬉しそうに彼を出迎える。
「ただいま、白雪。
お父さんが居ない間、良い子にしていたかい?」
「うん!ちゃぁんと良い子で待ってたよっ!」
「白雪は本当に良い子だね」
娘の可愛らしい笑顔を見て、彼も思わず微笑んでいた。
「お父さん、洋服も手も真っ赤だよっ!?
どこか怪我したの?大丈夫?」
「大丈夫だよ。これは、ただの“ケガレ”だから」
「ふーん?」
娘には、まだ少し難しいのだろう、困ったように首を傾げている。
「お前は知らなくても良いことだよ。
……ねぇ、白雪。しばらくお父さんと二人で旅をしないかい?」
彼は、娘と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「旅?お父さんと二人で?」
「そうだよ。嫌かい?」
「ううんっ!嬉しい!!
あっ、……でも女王さまは?」
娘は少し不安気に訪ねてくる。
幼いながらに、義母に嫌われていることを感じ取っていたのだろう。
「大丈夫。女王さまとはお別れして来たんだ。
これからは、またお父さんと二人で暮らすんだよ」
そう言うと、娘はホッとしたように頷いた。
「さあ、行こう。
………私の愛しい“白雪”」
◇◇◇
その昔。
とある国の女王さまが惨殺されました。
犯人はその夫であり、彼は犯行後、その国から姿を消してしまいました。
彼の愛した娘を連れて…。