晩冬発→初春行きあるいは別れ発→出会い行き
・冬の終わりは別れの季節、春の始まりは出会いの季節
まだ寒いこの季節多くの別れが待っている。風はまだ冷たく、カミソリのような寒さで別れの憂いを冬の色に着色する。もうすぐ春がやってきて、それとともに新しい出会いが待っているかもしれなくても、春の色は春が訪れるまで見えるものではない。やがて来る暖かな日差しと柔らかな風が身も心も温めることはわかっていても、それらがやって来るまでは実感できないものだ。
私はもうすぐまだ冬の名残のある生まれ育ったこの街を離れ、新しい街へ行く。
陰鬱な冬雲が覆いかぶさり、墨絵のような冬の街を離れ、まだ見ぬカラフルな新しい街へ行く――それは私にとって初めてのことであり、住み慣れたこの街を離れる寂しさと新しいまだ見ぬ新しい街への期待、そんな矛盾するような気持ちが心の中で眼前に広がる冬の海のように荒れている。
私はボストンバック一つ抱え、海辺の駅で潮風に吹かれながら列車を待つ。一時間に数本しかない列車を待ちながら、ホームから見える墨絵の街と荒れる海を見つめていると大した色彩のない街が何故かしら潤んで見えた。それは潮風に吹かれていたからだけではない。
しばらく街を見つめて、そろそろ見続けるのも飽きがくる頃、独特のディーゼル音を響かせ列車がやってきた。
私は振り返らず、一気に列車に乗り込む。乗り込むと乗客のほとんどいない車内を見渡し、中程の席の窓側に座る。そこからは鉛色の海と墨絵の街が見えた。乗り込んでから少しして、発車時間を知らせるベルがなり、列車はゆっくりとホームから離れる。列車は鉄路を踏むリズミカルな走行音とともに、海沿いを走る。飛ぶように流れていく鉛色の海を見ていると頬を伝うものが一筋二筋……。普段はなんとも思ってなかった景色、むしろ疎ましいとさえ思うような景色がナゼかしら後ろ髪ひかれるような切ない思いが胸を満たす。
列車はそんな思いを知ってか知らずか、海岸線を離れていく。すこしずつ少しずつ海岸と距離をとり、次第に海が遠くの風景となっていく。しだいに列車は山の中へ向かっていった。トンネルを抜けるたびまるで違った風景が車窓を流れていった。一つトンネルを抜ければ、陰鬱な雲の隙間から光が差し込み、一つトンネルを抜ければ雲の隙間から青空が覗き、そしてまたひとつトンネルを抜けると当たりに色彩が戻っていた。辺りは菜の花のレモンイエローに染まり、風にレモンイエローの花びらが舞っていた。そんな鮮やかな黄色の海を列車は鉄の轍の上を滑るように駆け抜けていく。
そんな流れる風景を見つめていた私の頬はいつの間にか乾き、春を思わせるようなやわらかな日差しを浴びていた。いつの間にか私の心のなかの陰鬱な雲もどこかへ消えていた。新しい風景が日の光で色彩を取り戻したように、私の心も離別の憂いよりも出会いの期待が強くなっていった。
すると列車はゆっくりと速度を落とし、乗換駅にディーゼル音を響かせ、ゆっくりと停車した。
列車を降り、乗り換える列車のホームへゆっくりと歩いてゆく私はその列車につぶやいた。
「晩冬発、初春行き列車……か。いや、別れ発、出会い行き……かな?」
乗換駅の周りは一面の菜の花畑で、黄色の海に浮かぶ島のようであった。
私は目的の街へ向かう列車に乗り込み、光あふれる黄色の海をわたる新たな列車に乗った。
「……きっと、新しい街ではいいことがある。いろんなことに出会えるんだ」
そう思う私の心にはもう陰鬱な雲は一片もなくなっていた。
どうでしょうか?主人公のうつりゆく気持ちと列車が走って行くことでうつりゆく風景とシンクロしたでしょうか?
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