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狂える隙間風


「ハリとラタトスクは随分主を脅していたようだが……」


「……ラタのアホは本当にただ脅してただけだったけどな。何糞一つ知りもしないで。」


「ふっ。」


顔をしかめた俺の言い草を、タナトスは鼻先で笑った。



「率直な私の意見を言わせてもらうと、な。あまり心配しすぎる必要もないだろう。いくらデュラハンがべらぼうに強いだとか伝説だのと言われていても、おそらく本物の伝説と言えるようなふざけた連中などほとんどいないぞ。」


「……本物だと?じゃあそのデュラハンとやらには偽物がいて、俺達の噂話の類はまんまとそいつらに騙されている、ってのか?そりゃまた……、随分な話だな。」


俺が眉をひそめると、ターニャは言葉を探すように少し唸る。


「ふーむ。あー……いや……、……そうだな……まがい物、とでも呼べばいいのか。」


ぽつぽつとゆっくり言葉を漏らすターニャの喋り方は、悩んでいるというよりも気怠げで、まるで寝物語を聞かされているようにも感じられる。


「もし主達がこれから遭遇するものが、デュラハンの伝説通りに首なしの騎士や中身のない動く鎧の姿をしていても、それの中身までが不死身の強さを誇る恐るべき存在……だとはまったく限らん。結びつかない話だ。――――奴らとはすなわち無念の魂のかたまりでしかない。極論を言ってしまえば、そこらにいるただの悪霊とそう変わらん連中だ。戦場で死んだ者の念が集まって形を成す時は、おそらく話にあった、例えば戦装束のようなそういう姿がきっと一番像を結びやすいのだろう。奴らにとっては死んだときの、その瞬間の無念がその姿に凝縮されている、というわけだ。死の瞬間の執念に取り憑かれたまま、とうの昔にいなくなった家族を守ろうと近付くものを斬り殺す。あるいは今や連中の本能となった憎悪にただ従って、己を死に追いやった世界と人々に復讐を試みる。脳があるわけではないから、目に入ったものを殺すぐらいしかできないがな。」


滔々と語るタナトスの姿は見えないが、あまり愉快そうに話しているようには聞こえない。そして、それは聞いている俺も同じだった。


「どちらにしても生きる者に果てのない憎悪を抱き、徒為す、救われぬ魂だ。殺しても殺しても動き続け、怨念を抱えて襲い掛かってくる悪魔。戦場においてこれほど恐ろしい存在もそうおるまい。」


「けっ。ぞっとしねえ話だ。最低最悪の火の車だぜ、なァ。」


さっき以上に吐き気のする話だ。


「一辺死んだんなら大人しく死んどけや―――!干からびたあの世の肥やしがわざわざ這いずってまでこっちの話にしゃしゃり出てくんじゃねーっつんだよッ……はンッ!!………………ほんでェ?その下らねえお話がデュラハン様の大層立派なご正体であらせられるンですかァ?」


「………いや、違う。奴らの本当の恐ろしさは他にある。」


冷たく重い、鉛のような声でタナトスは言った。


「奴らの本当に危険な由縁は、殺した魂を吸収して強大になることだ。その刃で殺した人間の悲鳴と無念を鎧に閉じ込め、力に変える。さらに無数の魂を吸収し、混ざりあった無念の魂は、もはや一個の愚かな執念とは別物だ。意志を持ち、あるいは独自の知性すら獲得し始める。そうなれば人間の力の遥か及ばぬ、殺しても殺してもストックした魂の力で蘇り、理性を持って殺戮を繰り返す死の権化の誕生だ。死神の徒名も強ち嘘ではなくなってくる。」


「………………………。」


何か言おうとは思ったが、糞ったれ過ぎて形容の言葉も思いつかない。酒も切れちまったってのに、胸糞悪すぎて酔いも醒めた。

もし今の俺の気持ちを代弁できる言葉があるとしたら、これに尽きるだろう。


「聞くんじゃなかったぜ――――。」


「あぁ。そうかもな。私もその昔初めて奴らの話を聞いた時は、連中の出来損ないの有象無象が雲霞のごとく湧いたらしくてな。森ごと焼き払ってやった。」


「…………オイ、ちっと剣呑過ぎねえかその話。」


すこしばかり過激過ぎる昔話の内容に俺は顔を引き吊らせる。


「……どうせアンデッドが大量に湧いた土地に、真っ当な生物は住めん。何らかの方法で浄化しない限り、少なくとも、人間と共存できるような類はな。」


「そんときは、お前がそれをやったってわけか。」


「ああ。」


そんな大事を起こすぐらいだ。そこに至るまでにも恐らく色々あったんだろう。

タナトスはそれ以上思い出したくもなさそうだ。


「あーあ、面白くねえ。本っ当に面白くねえ。」


「………………………………。」


「寝るか。」


「………………いや待て、主よ。」


何から何まで糞鬱陶しい話しか聞けず、相応の疲労を感じた俺は欠伸と共に立ち上がる。

椅子から腰を上げようとしたその半ばで、ターニャの声がそれを遮った。


「何か妙な気配を感じないか?」


「妙な気配だと?」


静かに曖昧なそれを告げられ、俺は胡乱に思いながらも周囲を警戒すべく感覚を澄ませる。

とはいっても、大分人のけちまった深夜の酒場で、まばらな酔っ払いどもがくだを巻いているだけだ。ターニャが何を殺気立っていやがるのか、………いや、待て。酒の匂いに混じってこれは……


「………血の匂いがする?」


表情は落ち着いたものだが、サガの特徴的な赤い瞳にぎらりと重い輝きが灯る。


奇襲をかけようとする者の気配を察知するのには非常に長けている彼だが、酒場ではそれも半減する。店内を巡る独特の芳香と、酩酊。それが優れた嗅覚を持つ彼をして、厄介なハンディキャップになるのである。……それを誰よりも理解していながらなお酒場という場所を好むのは、ひねくれたこの男らしいとでも言うべきか、形容しがたい、悪癖とも言えるような独特の心理だが。


「上か?」


『いや、違うな、これは……』


常人の遥か及ばぬ鋭利な感覚を持った二つの知性が、店内をゆっくりと徘徊する空気の流れを整理し、識別していく。そうして出された答えがそれだった。

他と比して未だ冷たい空気。隙間風と共に危険を告げる匂いの流れ込む、招かれざる賓客の位置。

それは……


「外、か!?」


奇しくもそれ気づいたのは、退出しようとする酒場の客が、弛緩した笑いと共に外と内を区切る重い扉の取っ手に手をかけた瞬間だった。

背筋を急速に這い上がる悪寒を感じ、サガの口から空気を爆発させるように吼え声が上がる。


「――――――馬鹿がッ!!開けんなッ!!」


その男の不幸は、酔いの回った思考速度がサガの警告に全く追いつけなかったこと。


つまりは、自業自得だろうか。





――――――嵐の日の迅風のように、それはするりと、されど恐るべき力を内包して、店内に入り込んだ。






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