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宵の淵、酔の中


「さーて生徒諸君、俺のありがたくてわかりやすい授業を拝聴する用意はばっちりかな?」


「はーい!」


「いや、まじでもう勘弁してほしい。なんか……、そう。酔った。長話に。」


少しでも気分をのせたいのか、ハリの野郎は酒を片手にニヒルを気取った薄笑いを浮かべ、いらん演技のサービスまで付けている。しかし本当にいらん。オッサンの茶目っ気を笑ってやり過ごす気力が今の俺には無い。

テーブルの反対ではノリノリで手を上げるラタと、完全にぐったりしている俺の姿が対照的に席についている。


俺は深々と腰掛けた椅子の背もたれに思いっきり身を預け、氷が無くなってしまったグラスをほっといて直接バーボンの瓶を引っ掴み、煽って、中身をどっぷりと胃の中に流し込む。

舌と喉をキュッと一息に流れていくビードロみたいな喉越しと、鼻を抜けていく芳香、そして荒っぽく焼ける後味だけが今は俺の味方で、癒しだ。


「デュラハンっていうのは人型の魔物で、戦場の跡なんかに現れる強力なアンデッドだと言われている。姿は首なし騎士だとか動く鎧とかばらつきはあるが、共通しているのは戦う者の姿をした人型をとっているらしい。」


「言われているとかまたビミョーな表現だなぁオイ。」


もう気になってるのか難癖付けたいだけなのか自分でも正直わからなくなってきているが、とりあえず首の上から降りてきた言葉を音声にする。飲んだくれ最高。


「まあその辺にホイホイ現れるような魔物じゃないから。少なくとも。アンデッドじゃなくて実は死神だの悪魔だのなんて噂もあるぐらいの奴だし、出会って生きてる奴なんぞそうそういねえわな普通。俺も会ったことなんてねーよ。」


……要するに、噂だけかよ。


「……で?強いのか?」


「強い。とは聞いている。」


「今度は聞いている、ときましたか。そうですか。何ィ?ハリさん結局何も知らないんじゃなーいのォ?なーにィ?あんたってばさっきから物知り解説なんでもござれ、とっても便利なおばあちゃんの知恵袋なキャラで押してたんじゃないのォ?キャラが成り立ってないなァ?出番貰えないよそんなんじゃー?」


「何を言ってるのかさっぱりわからんが、さっきからお前と喋るのはすっごいこめかみに力が入る作業だってことだけはわかった。」


ハリが顔を引き吊らせて笑いを浮かべている。目はあんまり笑っていない。

しかしどうして教えてもらう側の俺がこんなにふんぞり返っているのだろうか?

まあ俺としては完全に成立しているスタンスなので変えるつもりもまったくないが。


「ドラゴンやリッチーほどとはいかなくても、デュラハンにまつわる伝説は冒険者なら普通は色々と聞いているものだ。しかし伝説は伝説にすぎないもんだろう。役に立ちそうな退治話なんてそうそう道端に転がってる訳がない。名前を売るための与太話か、さもなけりゃ子供に作らせたみたいな不死身だ復活するだのアホな話ばっかりだ。それでも為になりそうな話を聞きたいなら王都の大学にでも行け。大図書館で自分で調べろ。」


「ほほう。そういう与太話をお前は信じていないと言うのかね?」


「当たり前だ。生きるものはいつか滅ぶ。魔物だろうがアンデッドだろうがな。不滅があるとすれば神だけだ。俺たちには計り知れねえもんが俺たちには計り知れねえ理屈でり続けるんだろうさ。まったく頭が下がるハナシだ。」


「やだぁ、ハリさんったら吟遊詩じィ~ん。一曲聞かせて頂戴よぉ。」


「アニキ、会って間もない人に信じられないぐらいウザいからみをしないでください。どうせ酔ってない癖に。」


となりのちびっこに白い目で見られているが、目もくれずに酒をかっ喰らう。どうせ安酒だし、ついでに言えばジェイスにツケときゃいい。


「教養があると言いな若造。腹の足しにするにはまったく無駄なもんだが、大人ってのは無駄の上に立ってることを楽しむもんだろう?」


点けたばかりの煙草の煙を吐き出しながら薄笑いを浮かべ、冗句のつもりかなんだか知らないが俺に説教を垂れてくる。


「あんまりカッコつけて世の中すねてると、ジジイになった時にやることが無くなって退屈するぜ、サガ・ケイオス。」


「はん。まったくもって大きなお世話だよ、オッサン。」


ずいぶんくたびれた銀髪の剣士のやる気のない説教に、こっちもやる気のない捨て台詞を返しておく。

どうやら宴もたけなわ(●●●●●●)のようだ。そろそろ部屋に引っ込むか、それとももう少し居座って可愛い可愛いお酒ちゃんと二人っきりで添い寝する相談を始めるか、思案のしどころといったところらしい。


「十分だよハリ。もう沢山だ。いい加減そのしけた面を早急に部屋に引っ込めることをおすすめするぜ。そこのガキもさっさと歯ァ磨いて寝ろ。」


退屈極まりない時間に終わりを告げる。

やれやれだぜと言わんばかりに肩をすくめ、苦笑いだか嘲笑だかを後目にわずか残してハリがこちらに背を向けた。

奴が階段を上っていくリズムに合わせてウイスキーを口に含む。瓶もそろそろ軽くなってきた。やれやれだ。


一向にもう一つの足音が聞こえないので、そっぽを向けていた体を嫌々ながらも少しだけ振り向かせると、八割がたおせっかいなだけの従者が仏頂面というか膨れっ面でこっちを見ていた。頭だけ載せたテーブルから垂れ下がるようにして。

妖怪なまくびタ、あるいはくびトスク。

と、命名…………いや保留。


「…………………………。」


口を尖らせたその顔は無言の圧力をかけているつもりらしい。知らんが。


「寝ろっつってんだろクソガキ。さっさと部屋行け。」


背を向けたまま俺は告げた。


「ガキじゃありませんよ。アニキとは同い年です。」


「そいつぁなんかの間違いだ。」


誰が見たってどう見たってそうだろう。


「何一人でたそがれてんですか。そんなキャラでもないくせに。意味がわからないし。」


「…………………………。」


酒がまずくなるので無視。


「そういうお年頃なんですか。反抗期ですか。」


「…………あっちいけ。」


できるだけ少ない言葉で奴に対する俺の思想を説明しようとしたらこういう言葉になった。ほとんど口を開かずに済んだので俺としても目的達成。お気に入りだ。マイフェバリットだ。

観念したのか不機嫌そうに空気が抜ける音を鼻から出して、ラタが椅子から立ち上がった。


「……明日の為に荷物を整理してきます。」


むくれ顔でこっちを睨みつけたラタも、ようやく部屋に戻る気になったらしい。


「夜更かししないように。」



……はぁ。お前は俺のおかんかよ。


ふん、と鼻息も荒くツンと顔を上げてラタは去っていく。

残ったのは俺だけだ。旅先の夜には相応しい。

元々気ままな一人旅だったのに、いつのころからか余計なこぶがついてきちまってたんだ。たまには羽を伸ばさないとな。


……いや、もう一匹いた。離れたくても離れられない鬱陶しさ極まるのが。おまけにこいつも小言が多い。


『これで淋しく一人酒。……か?風情のあることじゃないか。我が主。』


「……ようやくせいせいしたと思ったら……今度はお前かよ。うんこしてる瞬間まで俺の周りには誰かがついて回るらしいな。」


頭の中に直接語り掛けてくる、俺にしか聞こえない声に返事を返す。

誰かに見つかったら死ぬほど恥ずかしいに違いない。酒を注ぎ直したグラスで口元を隠しながら喋る。……いや、頭の中で考えるだけで会話できるのだが、なんか思考がブレやすい気がして気を抜いてるときは口だけでも動かした方が俺は楽だ。


『そう言うな主。たまの二人っきりだ。大人の色艶のある話でもしようじゃないか。』


「人を思いっきり餓鬼扱いしてる奴が何言ってやがる。」


俺は不機嫌に答えた。


『そうやって坊やが可愛らしく拗ねるのがいけないんだろう?誰だってからかいたくなるさ。……私にも酒が欲しいところだな。』


「バッ!?お前、飲むなよ!?こんなところで何考えてんだ!!」


思わず目を見開いて身を乗り出しそうになり、……次の瞬間俺は渋い顔を浮かべることになる。

これこそからかいもいいとこじゃねえかッ、くそ。


『主が頼むならしょうがないな。やれやれ。愛しい人とようやく二人っきりなのに、お酌をすることもしなだれかかることも出来ないとは、いい年をした女の身には辛いものだな。』


「……クソババアが何言ってやがる……。けっ。」


俺はこれみよがしに一人で酒を煽る。アホらしい。

この女のしょうもない話を聞くつもりなんぞ毛頭ない。むしろ俺が聞きたいことを聞く。


「……おいターニャ。話は十分聞いてたろ。……どう思う?」


この女の名はタナトスという。いろいろあって俺と一蓮托生……一心同体の関係だったりする。……迷惑……。

ちなみに言っておくと、人間じゃない。


『どう、とは?』


「とぼけた返事を寄越すなっての。色々あるだろうが、鉱山の話にしても今回の仕事にしても。お前の意見を聞かせろ。」


質問に質問で返された瞬間は、薄笑いを浮かべる奴の姿を幻視できそうだった。


「フフーフ。では少しばかり謳わせてもらおうか……。まず十中八九この仕事、額面通りのどかに終わることはあるまい。」


愉悦を感じさせるような声でターニャは語り始めた。きっと細めた目の奥で剣呑に瞳を輝かせて居るのだろう。

この女……他人事だと思いやがって。


「人間の欲望が戦争一つで丸く収まりをつけるものか。尽きるものか。件の鉱山がもし本当に一度忘れられたとすれば、それは我々の想像も絶するような危険がその中に息を潜めているという事に違いないだろう。」


「……糞ったれ。全く面白くねえ話だぜ。泥沼とわかってて、どぶの臭いのぷんぷんするそれにはまりに行くしかないとはな。」


「心中お察しするゾ、我が主。」


とぼけたように言ったタナトスの一言に、俺は何か言い知れない疲労を覚え、椅子からずり落ちそうになった体を見えないそれに押さえつけられた。


「…………あのな……。いや……いいわ、もう。いい。……は~ァ…だ。なるほど、ねェ。いつも通りってヤツなわけですわネェ。ほんっと面白くねえ。ゲロ吐きそうだぜ。」



「進退窮まれり、……か?」


「はン。いいや……、いつも通りだ。そう、くっだらねえ事で血と命を使う事なんぞいつものこったぜ、知っての通りな!……そうさ、何も変わらねえことに吐き気がするだけだよ……ッ。」


「……………。相変わらず妙な所で線の細い所があるな……この男は。つまらん事に一々腹を立てないことだ。磨り減るだけだぞ、主。」


半ば呆れたように、もう半分は心配らしき声音で、居候は俺を諫めた。

その溜め息のような言い方が突き刺さり、俺のアタマに登った血が降りてくる。


「うぐ……。」


「ま、私がこの仕事に対して言えるのはこの程度のことしかないな。むしろラタやあの男が気にしていたデュラハンに対しての内容の方が面白い話をしてやれるかもしれん。」


「ああ……あれな。知っているのか雷電。」


「……主はたまさか意味のわからない発言をするな。知っているのかと問われると、まああの胡散臭い男よりは知っているだろう。」


「ほう。」


ハリを胡散臭いと評した事に思わずニヤリとした。危ねえ、一人でほくそ笑んでると思われる。

ターニャはことさら静かに続けた。


「実際に出会ったことがあるからな。」


「まじか!いや、驚くのも今更な気はするが。さすが年の功は伊達じゃないなババア。」


「……貴様燃やされたいのか主。いや……まあ、それはいい。主の口が無駄に悪く、締まりがないのは今に始まった事じゃないからな。それよりも奴らの事だ。」


やはりというべきか、どうやらこの女でも年について言及される事にいい顔をしないのは、女である限り宿命らしい。半ば女を捨てている感のあるラタのアホは別な。

一瞬だけ本気の殺意を感じたが、それでもタナトスはそれを相手にはせず、本筋に話を戻す。

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