無駄話の続き
「はぁぁァーッッッ!?賭けポーカーで全財産すったぁーッ!?!?」
場末の酒場に悲鳴じみた叫びが響いた。
女将も含めて酒場にいる全員が何事かとこちらを向くが、次の瞬間にはなにか見てはいけないものを見たように揃って視線を逸らす。
その見てはいけないものとは、烈火の如く怒り狂う従者と、そいつに正座させられる主人。
つまりは俺達である。
誰でもいいから助けてくれ。
ついでに添え物として、俺達の脇の椅子に座って、娘子のように縮こまっているジェイスの姿もある。
そんなに緊張するぐらいなら、最初から見逃してくれりゃ良かったのに。せめてラタを騙そうとしていた事だけでも黙っててくれりゃあなあ…。
しかし過ぎた事を嘆いても仕方ないので、現状打開の手立てを探すことにする。
目が合った奴に助けを求めようと視線をさまよわせるが……、誰も俺とは目を合わせてくれない。
上手いもんだ。
仕方ないのでラタに視線を戻すと、拳を握りしめ、全身をプルプルと震わせていた。
「なんだ、お前寒いのか?」
この場の空気を和まそうと、あえて冗談を言ってみたのだが、返ってきたのは痛烈な怒りの洗礼だった。
「この…、っこのおバカーッッ!!」
「ぐあっ!?」
思いっきり頬に平手打ちをくらう。ラタの細い腕と体のどこにこんなパワーがあるのかと思うぐらい無慈悲に強力だ。
「バカッ!バカバカッ、アニキのバカッ!あほッ!甲斐性なしーッ!」
しかも一発で止まらず、堰を切ったように好き勝手に殴りはじめた。
いでででで!!
「ちょっ!ちょっと待て、今のは冗談…」
「うるさいっ!」
ぐふおっ!
一際強力な一撃が舞い込んで言葉を遮る。
聞いちゃいねえ。
「これからどうすんですかぁっ!いくら勝手気ままな根無し草してるからって、だからこそいざって時の為にお金は持っとかないといけないのにっ!!」
叫ぶと同時にパンチの威力が上がる。いつの間にか顔にくる攻撃までグーに変わっていた。
容赦なさすぎる。
「いきなり病気にでもかかったらどうすんですかぁっ!!アニキが戦って大怪我したら!?毒針にでも刺されたら!?」
あでででで!
毒針ってオイ!?
お前の攻撃の方がよっぽど毒針だわい!
四方八方から飛んでくる弾雨の嵐に俺はなす術もない。
しばらく拳の雨嵐にさらされ続ける。
「ううううぅーッッ……!!」
しかし、怒り過ぎたのか疲れたのか、変な呻き声をあげてその手が止まる。見れば目に涙を溜めて、肩で呼吸をしていた。
おいおい…。まったく、体力ねえくせに暴れるから。
「せっかく町に着いたのにいきなりこんなんで…、こ……、こんなんじゃ……いつか旅できなくなって……!……私…私また一人に……。……うぅーっ!!」
言ってる間に本当に泣き出しやがった。内容もよくまとまっていない。
……やれやれだ。
俺は身を起こしてラタに近づく。いてててて。足痺れてら。
ラタの前にしゃがみこんで、少し下から顔を見上げた。
「あのなあ、いつかっていつだよ?金がなくなるなんていつもの事じゃねーか。」
まあなんというかそれも主に俺の無駄遣いのせいな気もするが。
「た、旅の途中に仕方なくお金がなくなるのと、自分の意志で使い切っちゃうのは全然違いまずっ!!」
鼻をずるずる言わせながら泣きじゃくるラタの姿におもわず笑いがこぼれてしまいそうになる。
「そーかそーか、でもどっちにしても金ぐらいまたすぐ稼いでやるって。ほらバカ、鼻拭け。」
半笑いの状態で、コートの袖を使って鼻を拭いてやる。
軽い抵抗が返ってきた。
「こ、子供じゃないんだから鼻ぐらい自分で拭けます!と、年なんてほとんど変わらないんだからっ!うーっ!触るなぁ!触るにゃー!バカアニキー!!うがーっ!」
俺の腕から逃げようともがく姿にとうとう吹き出してしまう。
ラタは俺を殴りつけているつもりかもしれないが、手だけで肩のあたりをぺしぺしやっているだけなのでさっきとは比ぶべくもない。
「俺から見りゃ、同じぐらいの年に見えないぐらい子供っぽいんだよお前は。箱入りだしな。」
「だ、誰が箱入りですか!それになんで笑ってるんですか!もーっ!!」
目だけでなく周りまで赤く腫らしてはいるが、大分落ち着いたらしい。
こっちを観察する余裕ができたようだ。
俺の顔を恨めしそうに睨んでいる。
「なんで悪いことしたのはアニキなのに、私が泣いててアニキが笑ってるんですか!」
さあな?そりゃあ俺にもわからんね。…いや。
「お前が泣き虫だからだろ。泣き虫ラタトスク。」
はまり過ぎのあだ名に、また俺の頬がつり上がる。
「わ、笑うなぁーっ!」
「はいはい、そうだねー。泣き虫のラタトスクちゃん。」
顔を真っ赤にするラタを思いっきり笑ってあしらう。
「うぬぬぬぬ…!……決めたっ!もう泣かす!絶対泣かす!」
……へ?
「泣かすったら泣かしますっ!!アニキが泣くまで殴るのをやめないっ!」
至近距離で拳を構えるラタトスクさん。
ちょっと待て、コイツ目が本気なんですけど!!
「おいバカやめっ…!!ふぎゃあああ!?」
アッパー気味に顎に入った下からの右ストレートが俺を吹っ飛ばす。
またかチクショー!?
無様に倒れたところにすかさずラタ追撃の極殺ラッシュがくる。
「ぐはあぁぁぁっ!?ちょっ、誰か助け、…うごぉぉぉ!!」
周りの奴らはまた視線を逸らしているが、中には忍び笑いをもらしている奴もいる。
「まだまだ!!」
いやもういいだろ!?
……いつの間にか酒場のほとんどが笑う状況になっていた。
おぉぼえとけよてめえらぁあぁ!!