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エピソード6 体育倉庫

 なぜか僕は体育倉庫の中にいた。

 それも隣には、


「ふふ……」


 笑みを浮かべた彼女さんがいるのだった。


「あのー、アキさん?」

「はい」


 そう、この状況はとにかくおかしかった。

 基本的に体育の授業は男女で競技を分けて授業場所も異なるはずなのだけど、授業構成の都合でグラウンド”だけ”使えることになったそうで。僕たちはグラウンドで体操着姿で出た。

 更に「篠井とな、長野。体育倉庫のボールのカゴごと持ってきてくれ。頼む……い、いやお願い――」僕たち二人はなぜか名指しされそう体育教師に言われた。

 少しの疑問こそ抱くけれど、せっかくのアキさんいっしょにいられる機会だからと内心喜びながら「アキさん、行こ?」と体育教師から体育倉庫のカギを受け取って二人向かった。

 僕たちは体育倉庫で授業の競技のサッカーボールが数十個入った小径のタイヤの付いた籠を出そうとした矢先に開いていた体育倉庫の扉が閉まった、というか閉められた!

 カギが開かずに、少し周りを見てほかに出れる箇所がないか探っていたけれど見つからず。

 それで「きゃあっ」と悲鳴をあげたアキさんに押されるように抱きつかれて近くにあった棒高跳びで使うような厚めのマットに尻餅をつく形で倒れこんだ。


 そして抱擁を解除したアキさんは、倉庫の明かり取りの光でわかったのは隣で不安そうな表情ではなく笑みを浮かべていること。


 えっえっ、というのが僕の感想で。アキさんになぜこの状況で笑っているのかを聞いたところだった。


「コウタさんと……二人きりですね」

「そ、そうだね」


 そういえば二人っきりの機会ってあまりなかったかもしれない、と今では思う。

 それにアキさんは少し恥ずかしさを含んだニュアンスで言われるものだから、僕も……授業中なのに意識してしまう。

 って、そうじゃなくて!


「というかアキさん! 僕たち閉じ込められちゃったんだよね!? はやく助けを――」

「だめです」

「え、なんで」

「だめです♪」


 なんで嬉しそうなんだろう……というかアキさんの落ち着き様がすごいなあ。

 僕は情けないんだろうけど、不安で。


「こ、このまま気づかれなかったら!」

「一生コウタさんと一緒ですね」

「で、でもクラスのみんなが探してるかも」

「ないです」


 なんで!?

 え、僕ってそんなに嫌われてるの? いらない、いなくてもいい名無しさんなんだ。

 はぁ、なんでこんな可愛い彼女持ったんだろう。絶対に釣り合わないどころか……こんなぱっとしないヘタレなんて一生独り身で―― 


「……生まれてきてごめんなさい」

「生まれてきてありがとうございます。コウタさん」


 そ、その返しは……えっとどういう反応をすれば。


「コウタさんが生まれてきたことを悔やむことなんてしないでください。だって私が生きている意味がコウタさんがいることなのですから」


 っ……そう言われてしまうと、なんというか嬉しいけどむず痒いというか……でも。


「ありがと、ごめんね。僕ネガティブになりすぎてたんだ、ありがとアキさん嬉しいよ」

「私もコウタさんに嬉しいと言っていただけて……もう死んでもいいです」

「それこそ死んじゃだめだよ!? 僕もアキさんと居られて幸せなんだから、もっと僕と一緒にいてほしいな」

「コウタさん……っ!」


 そういうと彼女は泣き出してしまった。

 僕はそうして彼女を頭を撫でる……この行為自体は昔からユイ相手にやっていたけれど、まさか彼女が出来てその彼女さんにしてあげられる日が来ようとは。


「コウタさん」


 その名前を呼ぶ声が、どこか不機嫌のような……そんな感じがして。


「あ、嫌だった? ごめんね、勝手にこんなことして」

「いえ本当にうれしいです。もう撫でて撫でていっそ髪の毛がなくなるまでやっていただきたいほどです」

「僕の手がもう原型ないかもしれない、というかアキさんのその綺麗な髪が勿体なさすぎるよ!? 僕アキさんの黒くて長くて綺麗な髪好きなのに……」

「綺麗だなんて……嬉しいです、そしてコウタさんに好かれているこの髪は一生大事にします」

「うん、それがいいよ! ……で、アキさんなにか言いかけなかった?」


 彼女を不機嫌にさせてしまった要素ってなんだろう。僕には欠けてる部分がありすぎて……思い当たる節がありすぎるけど。


「……美桜さんと喧嘩した時です」

「うん」


 思い出す。それは数日前のこと、ユイが一人教室にやってきたのだけど……ドクプを飲んだ後みたいで。

 また以前にあったように、木製のバットに釘の刺さっているいわゆる”釘バット”持ってやってきて、アキさんは鉈を持ち二人喧嘩を始めたときのことだと思う。

 ……二人がどうやってその武器を用意、収納していたのかを知らないけれど。教室を使っての喧嘩だった。


「最後にコウタさんが撫でてくれましたよね、以前と同じように」

「そうだったね」

「……コウタさんは撫で上手で」

「え、えと。ありがとうございます?」

「いえいえ! 撫での慣れ方と、同じように美桜さんを撫でていたので……もしかして美桜さんにも今まで撫でる機会があったのかなって……」


 ああ、そっか。


「それがちょっと羨ましくて……美桜さんが羨ましくて」


 妬いてくれてる……のかな?


「気づかなくてごめんね。彼女のアキさんの目の前でそんなことやっちゃだめだよね」

「いえ、これは私のわがままで……」

「ううん、僕のわがままだよ。だって――」

「…………」


 でも、僕は。この撫でるというのは、ユイと出会ってから時折していた行為で。

 ユイが褒めてほしいと、慰めてほしいと……そのたびに僕は彼女の頭をやさしくやさしく撫でてきた。

 それがユイにとっても悪くないみたいで、撫でている間は嬉しそうで。落ち着いてくれる……僕の数少ないユイにできることだった。

 


「ユイは友達として大切だから、今までもそうしてきたことだから……これだけはアキさん専用には出来ないんだ」



 アキさんは本当に大切だけど、だからってユイと今までの友達としての関係も切りたくない。

 僕はわがままだから、そして卑怯だから。

 こういうことに女の子は嫉妬してしまうこと、歓迎できる事柄ではないとわかってる……けれど。


「幻滅し――」

「専用ではなくても、またしてくれるんですよね?」


 言いかけたところで、遮られた。どこか興奮気味なようにも聞こえる。


「そ、それはそうだよ。こんなものでよければ……」

「そ、そうですか……そうなんですか! ありがとうございますっ、そしてもう一回っ!」


 テンション急上昇。僕はその反応の予想外さに驚いているけれど、僕は彼女の頭に掌をかざすように置いた。


「……コウタさんのなでなではすごいです。本当に心地いいです……」


 光の具合で彼女の表情は見えないけれど、喜んでくれているみたいだった。

 僕は声に出さずに、こんなワガママな僕を受け入れてくれてありがとう。と心の中で呟いた。


「(……いつかこのなでなでを一人占めにしますから、ごめんなさい一生の幼馴染さん♪)」


 ……あの、アキさん。ごめんなさい、ちょくちょく心の声聞こえてます。

 そしてチャイムが鳴る頃に突然体育倉庫のカギが開く音が聞こえ、扉は開いた。

 閉めた犯人はわからないまま教室に戻ると――



「体育 自習」


 

 と黒板にでかでかと書かれていた。

 


 え?



 クラスメイト曰く、グラウンドに出た直後に「グラウンドが使えなくなった」体育教師がそう言い渡したとのこと。

 それで体育教師が見守りながらの自習。


 僕は体調不良を訴えたアキさんを連れて行ったことになっていた。


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