エピソード5 キャットファイト
朝のことでした。それもホームルーム前の一時。
僕とアキさんは談笑していると、ふいに聴きなれた声が聞こえました。
「……失礼します」
扉を開けて入ってきたのは、
「あ、ユイ……ユイ?」
他ならぬユイなんですが……様子が変でした。
いつもの元気いっぱいな彼女の印象とは異なった、俯いていました。そして見える瞳は沈んだ闇色を――
あ、そういえばその手に持ってる釘バットってなんですか?
「来たんですね、幼馴染の方。いいでしょう、また戦いましょう――」
僕の彼女さんも鉈を手に持ってる、うん。
とりあえず退避。
* *
「ちょ、え!?」
ユイの親友Aことマイはユイの駆け込んだ教室の惨状を見て声をあげた。
机は大半がなぎ倒され、更には中心を避けるように机や椅子は移動して教室にぽっかりと円を作りだす。
そして、その中心で。
「この泥棒猫がぁっ!」
「黙ってください、幼馴染止まりっ」
戦っていた。そう、女生徒二人が――鉈と釘バットで。
ガンギィンといった金属と金属がぶつかり合う音が教室には響き渡る。
「ちょっと幼馴染君っ!」
「あ、えーと……姫城さんだね」
ユイから聞いていたらしいその名前はユイの友人Aかつ姫城マイその人。
「姫城さんだね、じゃないよ! どうなってんのコレ!?」
「まあ、落ちついてください……お茶飲みますか?」
何故かコウタは魔法瓶に入れておいたお茶をカップに注いで差し出した。
「うん、じゃあまあ頂くけど……」とマイも受け取って、少し一息入れてから再開。
「いやなんでユイの幼馴染でもう一方は――」
「彼女の長野アキさんです」
「そう、でその長野さんはなんで戦ってるの! てか鉈と釘バットで戦うってのがまずおかしいんだけど……」
そう戦っている異常な光景だというのに、クラスの生徒は慣れたように教室外に待機して、コウタと僅かしか残っていない、それも机を盾にして、隙間からその模様を覗くようにして。
「うーんとね、きっとユイはドクプ飲んだんじゃいかな?」
「そ、そうだけど」
「……マイ、この出来事は以前にもあったの」
「そうなんだ……って、何時の間にヨリ!?」
「これで三回目なんだよ、ユイとアキさんが戦うのは」
「三っ……!」
「……丁度マイが休みだったり、早退するタイミングだった」
「そうだったんだ……って! 幼馴染君は止めなくていいの!? 二人君の為に戦ってるんだよっ?」
「えーと……前は止めに入ったんだけどね」
「……挟み撃ち状態になって、一週間病院生活に」
「…………」
「それで僕が怪我したのはお前のせいだ! ってユイがヒートアップしたりね……うん、見守ることしか出来ないんだよ。僕って無力なんだ」
「……幼馴染君は無力なんかじゃない、彼女らが強すぎるだけ」
「きっと今回ならチャイムで止めてくれるだろうし、それに――」
「……もう少しで、ドクプの効果が切れる」
「え、そういうものなの?」
唖然とするマイはその戦い模様を見ていると、段々とユイの瞳に生気が戻り始める。
「――あれ、私は?」
「やめるんですか? 幼馴染さん」
動きが鈍り始めたユイを確認したところで、
「アキさんストップ!」
そう、止められないのはユイの方で。
アキは声をかければ止まるのだった。とりあえずはユイが正気を取りもどせば試合終了となる。
「え、あれ……コウちゃん?」
「コウタさん……?」
「もう少しでチャイムも鳴るし、ね? 二人とも」
「ですがコウタさん! 私からではなく、幼馴染さんの方からで――」
そうアキが言い訳をしようとした直後に、コウタは微笑んで。
「ユイを傷つけたら、アキさんでも許さないからね?」
女生徒二人の背筋に冷たいものが走った。
「ご、ごめんなさいコウタさん……怒らせるつもりなんて……ごめんなさい」
「僕の為って分かってるよ、ありがとねアキさん」
そう言ってコウタはアキを撫でる。
「…………」
「ユイもドクプは飲まない方が良いよ、あとユイもなでなで」
「う、うん……ありがと」
かつては猛獣と化した彼女と幼馴染を手懐けるように撫でるコウタ。
それを見た友人Aことマイの感想は。
「一番強いのって……幼馴染君じゃないの?」
そうかも、とヨリも頷いた。
そうして撫で撫でしている内にチャイムが鳴り、朝礼の時間が迫る。
クラスの生徒は見計らうように倒れた机や椅子を元に戻して、なんとあっという間に元通り。
そのような感じで、これもクラスの日常の一コマらしい。