エピソード4 彼女と幼馴染
現在午前八時、学校の校門前です。
私は門の柱に少し体を預けながら、あるお方の登校を待っているのです。
その方のお名前は、篠井コウタさん。
実は……私はその方の彼女であったりします。きゃあ!
今待つその時の私の心臓はどきどきどきどきと高鳴っています、一日初めの生コウタさん。はやく見たいです!
ああ、あの少し自信なさげな表情も時折見せる苦笑の表情まで私はぜーんぶ愛しているのです!
一刻も早くお会いしたいです。私を見つけて、私にお声をかけてください。待ち度しいです、この時が切ないです。
「っ!」
そう思っているとコウタさん! ……と、並んで女生徒がもう一人。で、その方はどうやらコウタさんと仲が良いようなのですよね。
確か、違う教室だというのにわざわざ休み時間に訪れては愛しのコウタさんとお話を……!
羨ましかったです、妬ましかったです。その圧倒的に彼との短い距離が。友人なのでしょうか?
……っ! もしかすると、あのコウタさんが二股を!? いえ、ありえません。いえありえてなるものですか!
でも、二人を養うコウタさんとも考えられる訳で……頼もしいのですね、とも思ってしまう――
「おはよう、アキさん」
「あ……おはようございます、コウタさん」
気付けば愛しいコウタさんだけで、もう一人の女生徒はいなくなっていました。私が考え事をしている間にだったようです。
私は……勇気が無くて、だから”見る”ことで”聞く”ことでコウタさんを知ってきました。
ですが、それは一方的で。聞くことも周囲の噂や会話を聞きとってコウタさんのことを知っていただけですから。
勇気を出すのです、私。一言聞けば良いことなのです! ただその一言で気になっていることが分かるんですから!
「コウタさん」
聞きます、聞きます。さあ言葉を選んで、自然に……そうナチュラルにするんです。
「なに?」
「コウタさんは美桜さんと仲がよいのですね」
一応名簿で名字だけは知っていました「美桜」という方を。
どのような関係なのでしょうか? 元彼女、それとも許嫁……!?
「うん、幼馴染なんだ」
お、幼馴染!?
「そう……なのですか?」
「言って無かったかも、ゴメンね。ユイは――」
お、幼馴染ということはコウタさんと過ごした時蘭が果てしなく膨大ということなのですか!
う、羨ましすぎます。私は中学校一年の春から想いを募らせて、今年の春! ようやく勇気を振り絞って近づけて、やっと告白も出来たというのに……
それに、名前で呼ぶと言う事はそれはもう親しい証拠。
ずるい……です。ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいですっ!
美桜、ユイさんですか。覚えておきましょう……その名を、ですがこれからが私はコウタさんを独占させていただきます……ふふふふ。
「いえ、それはいいのですけど……そうですか」
コウタさんは私のものなんです。
きっと美桜さんは幼馴染で止まっているのでしょう、ならば私がこのまま――私だけのものにさせていただきます。
* *
「はぁ」
私、美桜ユイは溜息をついていた。
「どーしたのっ? ユーイ?」
「……何かあったの?」
そう心配してくれるのは友人のマイとヨリ。
朝コンビニで買ってきたらしいグレープソーダのロング缶をマイは持って、ヨリはドクターペップを持っている。
私はスポーツドリンク、こうして三人飲み物を持って集う事が何故か多かった。
「ううん、なんでもないだ……ゴメン」
なんでもなくない。本当はそんなわけない。
だってだって、
「そういえばさっ、ユーイの幼馴染君はどうしたの? 最近教室にも行かなくなったけどっ」
う、痛いところをついてくるなあマイは。
「……マイ、ユイの幼馴染は彼女が出来た」
「マジで!? え、あんなに仲良かったのに」
「仲は今もいいよ?」
仲は今も良好、だから引きずるように諦めきれないかのようにコウちゃんを門の前で待ってる。
今までと同じように、私の態度が少し違うのを怪しまれないように、今もそうしてる。
でも、やっぱりコウちゃんと話しているのが楽しいのもあるんだよ? でも、でも……
「まー、ユーイは好きだったのに」
「す、好きなんかじゃ!」
「ほほお、わざわざ朝お出迎えして。クラスは遠いのに走って幼馴染君のクラスに行くユーイさんが好きじゃないと?」
「……それは言い訳できない、ユイ」
そう、私はコウちゃんが好きだった。時折気を回してくれるところも、私の話にいつも耳を傾けてくれるところも、悲しい時も嬉しい時も一緒にいてくれることも。
でもね、告白する勇気なんかないよ。だって長過ぎたんだ、コウちゃんとは本当に長い付き合いのせいで……私はその長さで告白出来なかった。
そこまで深い”親友”になっちゃうと、恋をしてる女の子としてなんて意識してくれないんだよ。
だから私は仲が良いまま、そのまま……我慢してるうちに、取られちゃった。一緒にいた時間は誰にも負けないのに、勇気で負けちゃった。
「まあま、ユーイこう言う時はスカッと炭酸で気晴らしだよっ。ヤケ飲み上等だよっ、はい私のあげるから」
「ありがとう……」
「……あ、マイそれは」
私はグレープソーダをちょびっと飲んだ……すると、なんだか良い気分に。
そしてちょっと怒り、大きな悲しみが押し寄せてきた。
「うー……なんでよー……なんで私じゃないのよぉっ!」
な、なんで私じゃなくてぇ! あんな見ず知らずの女の子なにょっ!
「わっ、なんかユイがおかしくなってる!?」
「……マイは知らない、言うの忘れてた。ユイはグレープソーダを飲むと酔っぱらって泣き上戸になる」
「なにその設定!? え、もしかしてグレープソーダがワインっぽいとかそんな――」
「そもそも私はずっと……うう、一緒にいたのに……ずっと過ごして来たのに……うわあああああああああああああん」
「ユイ、どうどう」
「……落ちついて」
「うう……うううう」
「あ、そうだ! グレープソーダダメならヨリのドクプで帳消しにすればいいんじゃない?」
「……マイっ! それは、それだけはっ!」
「え、何ヨリ――」
「うう……ごく」
私をなんで、どうして彼女なの、なんで……………………あはは。
「そっか……そうだよね」
「……最悪の事態、これは」
「え、え。ヨリ、落ちついたじゃん」
「そうだね、分かった」
「……落ちつきすぎ」
「え――」
「ちょっと、行ってくるね」
そうだ、彼女がいなければいい。名前も知らない彼女がいなかったことになれば、コウちゃんは私といてくれる。
簡単なことじゃない、彼女なんていなかった。いるのは幼馴染のこの私だけ。
そうだよ、そうそう。
コウちゃんの隣は私だけのものなんだから。
「ねえマイ、ユイはどうしたの?」
「……ドクプをユイは飲むと」
絶対に、許さない。
あなたの場所なんて、コウちゃんにはないんだから。
「……病む」