エピソード-2 僕の日常
僕は篠井幸太。今年、高校一年生を迎えました。
運動も勉強も中途半端。成績は中の中から中の上を彷徨っている。
背丈は一メートルと六十センチほどで、体重は四十キロ。髪は前髪がいつも額にかかってしまうぐらいには伸びているのが常。
趣味は風景画を描くこと。まあ、でも人に見せらるものじゃないんだけどね。
人物画は……書くと「生気がない」と言われる、少しこのジャンルは苦手なのかもしれない。
それでも僕は日曜になると、風景画を描くために外に繰り出したりする。僕は絵が描くことが好きだった。
家族構成は両親二人に僕一人の三人家族。いわゆる一人っ子と呼ばれるものなのかな?
特に過不足なく、富裕でも貧乏でもなく。至って普通の家庭ではあると思う。
平日の朝、学校に行く支度を済ませて玄関に来ると、
「気を付けるのよー、コウちゃん」
「もー、だから高校生だからその呼び方は止めてって……行ってきまーす」
母さんは、未だに僕へそんな呼び方をするのだった。いい加減にして欲しいのだけど、治る気配がない。
家を出ると、いつも見慣れた顔が待っている。
「おはよー、ユイ」
「おはー! コウちゃん」
……こっちも同じで呼び方は治らないのだけど、もうあだ名みたいなので諦めた。
「ねーねー聞いて聞いて!」
「なに?」
「昨日の体育の授業でね、野球があって――」
美桜結衣。彼女は僕の幼馴染で……これはもう話したかな?
そう紹介らしきことを内々でしていると、ふいに後ろから視線を感じた。
「?」
「それでねー、で――ってどしたの?」
「いや……多分僕の気のせいだと、思う。ごめんね、続けて」
「うん、そう? じゃあね、だから――」
僕は実を言うと、これが気のせいではないことを知っている。振り向いた直後に電柱へと、何かから隠れるように黒髪が逃げて行くのを見た。
一度だけなら、きっと見間違えで良いのだと思う。でも、でもだ。
もう、中学を卒業してから。高校に入ってからほぼ毎日、そんな気配を感じてしまうのだ。こんな登校だけではなく、学校内でも。
確かにその黒髪は最初こそ見えなかったけども、慣れ始めて振り向くのに躊躇がなくなると……ほんの先だけだとしても、僕には見えてしまうのだ。
「(……一体なんなのかな?)」
僕は少なくとも何にも目立ったことはしないから、恨みを買うことなんてないと思ってるんだけどなあ。
その気配の主のことで分かるのは、それは長い黒髪で小柄だということだけだった。
「なーなー、コウタコウタ」
「見たかコータ? あの”奇想天外アメアラレ”」
「見たよー、昨日の良かったよね」
僕には友人がいる。特に話す機会の多いのが広野君と佐藤君だ。
コウタと何故か”ウ”を強調するのが広野君で、コータと伸ばすのが佐藤君。
バラエティ番組とかからネットで拾ってきたニュースなども話題にあげては会話を繰り広げる。
「どもー、きちゃいまいた! コウちゃんと周りの男子共っ」
「ひでーな、広野って名字があるのに」
「……そこは名前を主張すべきじゃないかな」
と僕はツッコミを入れておく。
「何の話ししてたの? あ、もしかして”奇想天外――」
「おー、美桜も見たのかー。どうだったよ?」
「えーとね――」
ユイはこうして、二つ別クラスを挟んだクラスからわざわざやってくるのがいつものことで。
中学の時もそうだったし、同じのクラスの時は話題を求めて駆けてきたし。
一回「もしかしてユイって友達いないの?」と聞いてみたのだけど。
「そうなんだよ……ってすっごい失礼だよね? 私には友達の百人や一億人いるよ!」と単位が凄まじいことになっていたのだけど、いることにはいるらしい。
というか僕が何度か体育の授業でユイが他の女子や男子と話しているのを目撃しているのでそれはないだろう。
「それでも、なんで?」と聞くと「な、なんとなくだよ! いいじゃん、なんだかんだで話し易いのはコウちゃんなんだから」と怒られ軽く頭にチョップを入れてきた。
いや……軽いつもりなのかもしれないけど、結構痛いからね?
「?」
「どしたー、コーター?」
「なんでもないよ佐藤君。というか伸ばすとモーターみたいになっちゃうね……」
これも”ある気配”だった。でも教室の中では一体その気配の主が誰なのか、僕には検討も付かなかった。
でも確かに授業中も感じることがあるから、恐らく同じクラスの人なのかなとは思うのだけど。
……相談? するわけないよ、だって僕は大して迷惑してないしね。あとは”ストーカーされてる”なんてネタにされそうだからちょっと……ね?
授業が終わって、僕は机に突っ伏していた。同じ教科の授業が二連続も続くなんて、それも単調な内容で色々と退屈すぎる。
更には昼休み一歩手前なだけあって、精神的な疲れがどっと押し寄せてきた。そうウダっていると、僕の机前を通り過ぎる際に一人の女子生徒が生徒手帳を落としたのが見えた。
「あのー、落としましたよー」
落とし主の女子生徒を呼びとめると、彼女は振り返った。
「!」
彼女は小柄だった、僕よりも二十センチほど小さいだろうか?
長いストレートで前髪を横に切りそろえ、黒髪は腰ほどまであるというのに手入れが行き届いているようで、艶やかさに満ちていた。
制服を替えさえすれば、自己申告をしなければ中学生に見えなくもない、そんな彼女は。
美少女と言う言葉が似合っていた。
なぜ、こんな可愛い子がこの学校にいたことに気付かなかったんだろうと、思うほどに。
きっと笑顔が似合うんだろうな、などということを数秒で思いめぐらせているのを一旦止めにして。
「御親切に」
「いえいえ、はいどうぞ」
「ありがとうございます――篠井コウタさん」
「うん、って……僕の名前――」
そう言う頃には彼女は去って行った。
「誰だったのかな……」
この頃に、彼女のことは気になりだしていた。
そして”あの”気配がなくなっていることに僕は気付くことは無かった。