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エピソード9 アキさんとスケッチ 後編

「じ、じゃあ行くよ」

「はい、どんと来てください!」


 会話だけ聞くとなんなのだろうと、一瞬思いつつも自分の膝の上スケッチブックを置いた。

 斜面の上の方に僕、下の方にアキさんでなにか申し訳ないけれど見下ろす形でアキさんを描きはじめる。

 最初は自分が下の方ではいいのでは、と提案するも赤面しながら「ス、スカート」と言われて気が付いた。

 まったくデリカシーがない「いえ! いえっ! ここだとコウタさん以外にも見られてしまうかもしれないくて、ああごめんなさい!」と更に混乱気味にアキさんは続けた。

 そうして僕は「じゃあ上からアキさんを描かせてもらうね」と聞き「は、はい! よろしくお願いします!」ということで了解した。


 それから僕は描きはじめた、目の前のアキさんと見つめ合うようで少し気恥ずかしいけれど。


「(あ、あれ?)」


 あれだけいやだいやだと思っていた人物画を描く作業が、想像より軽い。

 アキさんを見て、鉛筆が走って、アキさんを見て、鉛筆が走る。今まで比べると、やっぱり絵も自分も生き生きしている。

 おかしいな、どうしてだろう? こんなにスラスラ描けるのは? 


「あっ」

「コウタさん、どうかいたしました?」

「い、いや。なんでもないよ」


 気づいたのかもしれない、自分が呆気ないな悩みだということに、自分が贅沢な要求だということに。



 そうか、アキさんだからこんなに描くのが楽しいんだね。

 


 初めて好きになった人、はじめて付き合った人、はじめての彼女。

 好きだから、むしろ頭が、手が描きたい! と叫ぶように鉛筆が走る、踊る。


「アキさん、もう少し待っててね!」

「……! はいっ」


 



 出来上がったのは三十分後のことだった。

 出来上がったものは、やっぱり今までの人物画とは違った。

 自画自賛のようになってしまうけれど、アキさんの一瞬を切り取ったような臨場感? 綺麗さと、可愛さ。

 恐る恐る「見ても大丈夫ですか」と聞いてくるアキさんにスケッチブックをひっくり返して、彼女に見えるようにすると。 


「わぁっ」


 目を輝かせながら、真剣なまなざしながらもどこか嬉しそうに絵を見てくれるアキさんだった。


「どうかな?」

「最高です! ブラボーです! あ、でもこんなに可愛いとちょっと変かも」

「そんなことないよ、アキさんはとても可愛いよ」

「コ、コウタさん……」


 最大級にいちゃいちゃして、僅かな沈黙のあとに何か言いだそうとして言った言葉は――


「よかったら、この絵貰ってくれないかな?」

「え!」


 スケッチブックから切り離して、手に取った。


「きっと今までで一番上手く描けた絵なんだ」

「そんな大事をものを私が……?」


 僕が持っていてもいいけれど、アキさんがもらってくれるなら――



「あ、ありがとうございます! 大事にしますっ」



 絵を抱くようにして、目一杯の笑顔を向けるアキさんを見て。

 ああ、僕が描きたかったのは、アキさんだったんだ。

 そう確信し、そして幸せな気持ちに浸るのだった。





「すれないように予め持ってきた紙で貰った絵を挟んで、クリアファイルに入れてコウタさんライブラリーことクリアフォルダに、入れて」

「じ、準備万端だね」

「はいっ! 大切にしますっ!」

「ありがとう」





 そうして日も暮れ始め、僕達は電車に揺られて最寄りの駅に着いた後。

 二人が時折訪れる喫茶店に入って、しばらくの間話したあとに。


「それではまた学校で、コウタさん」

「今日はありがとうね」

「こちらこそ……今日はありがとうございました……この絵は家宝にします!」

「そ、それは大袈裟なんじゃ」


 いえそんなことありません。こんな記念日に記念の、それもコウタさんが直々に描いてくださ――

 と、また熱く話し始めたけれど抑え、二人別々帰路につきそれぞれの声が聞こえない頃になってから二人は呟く。



「「いい、日だった(でした)」」



 

 





























 * *



 私、長野アキにぬかりはありません。

 

「ここですね」


 これまでのコウタさんの絵描きポイントからして、おそらくはこの河原!

 ここは見た限り比較的きれいですが、それでもところどころ目を凝らせばゴミが落ちています。


「コウタさんが満足なを描けるように、大掃除します!」


 一人大掃除、黒いジャージを着て、軍手を付けて、大きな半透明ビニールゴミ袋を左手に持ち。大きなトングのようなものを右手にもち、頭にはバンダナを巻いて。


「いざ、掃除!」




 

 しばらくして草むらのゴミを拾い集め、時折通りかかるおばちゃんに「偉いねえ」と褒められながらして数時間。

 大きな半透明ビニールゴミ袋二つ分、小さなビニール三つにも、ゴミは意外にもたくさん落ちていものです。


「次は! 水の中!」


 それなりに水も低く、結構に透き通ってはいるのですが、時折ゴミが沈殿しています。

 長靴に履き替えて、手もまた腕の半分ほどまである厚手のビニール手袋に変えて、頭には水泳ゴーグル。

 傍にはかなり、変な人間かもしれませんがいいんです! 


「コウタさんの為ならば……いざ、掃除!」 





 そうして草むらと水底のゴミをあらかた片づけた頃には、


「もう遅くなりましたね、帰りましょうか」


 と、思った矢先に河原沿いの道を歩いていた心無い青年が、飲み干したジュース缶を河原へと放りました。

 

「っ!」

 

 私は小さなビニール袋を一つ手に持ち、缶が落ちてくる場所目がけてスライディング。

 カラン、とビニール袋にシュートされました。


「――」

「なんだよ……えっ、あっ、すいやせんでしたあああああああああ」


 おかしいですね、少しその青年を見つめただけなのですが。

 きっと罪悪感を感じてくれたのでしょう、特別に許してあげます。


 では、今度こそ帰りましょう! 



 

 ――そしてこれは一週間前のことでした。

 更にここの一週間は学校の時間などをぬって掃除に明け暮れていました。



 そして当日、長野アキの朝は早い、朝六時。

 ゴミの最終チェックと、少し人払いできるようにコウタさんが訪れる周辺を包囲しました。

 周辺住民からは特に聞いていないので大丈夫でしょう。


「これで大丈夫ですね!」



 それでは、待ち合わせの駅まで戻りましょうか。

 ここ一週間だけで十往復ぐらいしたかもしれないけれど、そんな細かいことはどうでもいいのです!


「楽しみです……!」


 そして、





「おはよう、アキさん」





「おはようございます、コウタさん」


 先ほどのまでの掃除作業したかのように思えない、落ち着いた様子で、挨拶を返すのでした。

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