エピソード8 アキさんとスケッチ 前編
二年ぶりにこっそり更新、そして前後立てっぽいですよ? 明日にもまたもう一話。
僕は休日のある習慣の為に外出していた。
左肩にスケッチブックと鉛筆の入ったペンケースなどなどが詰まったバッグを提げて。
前にも言ったかもしれないけれど、僕は風景を描くのが趣味だ。
小学生の頃に家から見える景色をなんとなく描き描きし始めたのが発端だったのかもしれない。
あれからなんとなく描き続けて、自室の押入れにお小遣いで買ったり、親にせがんで買ってもらった大量のスケッチブックが眠っている。
自分の町の景色は大体描いてしまったので、最近は気分を変えて隣町に行くようにもなった。
電車に揺られて我が家の最寄駅から三つ先の駅で降りたった。
「コウタさんとのお出かけ……! この時点で三年分の幸せを感じます」
「流石にオーバーじゃないかな……?」
そう、かつて休日に一人で散歩がてらに出かけていた風景画スケッチは、アキさんとのデートが主体になった。
「本当に僕はスケッチするだけなんだけど……いいの?」
「私はコウタさんの隣にいるだけで幸せですし、見ているだけでコウタさんエキスを身体に取り入れられますから」
見ているだけで取り入れられる僕のエキスってなんなんだろう……?
まあアキさんがいいなら、いいのかな。
訪れた場所は駅から少し離れた河川敷、草むらの斜面に座った視点から少し目線を上げて描く。
目の前には先ほど乗った電車の次の列車だろうか、鉄橋をガタンゴトンと音を響かせながら駆け抜けた。
「想像よりも、良い風景だった」
地図を開いて目星こそは付けていものの、やっぱり百聞は一見にしかずなんだよね。
まずは定期的に手入れ・清掃が行われているようで、斜面には目立ったゴミが落ちていない。
水量が少なく、高さもない川であるが、存外綺麗で底面がうっすらと見えるほどだ。
「うーん…てんじゃあ、ここで」
「ここ? ですね」
鉄橋から少し離れた、斜面の中ぐらいにブルーシートを引いてアキさんと並んで座る。
ここからは鉄橋と、川と、緑の斜面が丁度良い具合に描ける……はず。
「じゃあ、始めるね」
「はい」
僕の言葉に頷くと、すっとアキさんが静かになった。僕が絵を描くの集中できるように気を使ってくれているのかもしれない。
アキさんの好意に甘えてせっかくだから、とバッグから絵を描くための一式を取り出した。
学校のペンケースとはまた違った円筒状のソフトケース、幼い頃から使い続けるものだ。
そこから出てくるのは濃度Bの断面六角で緑色の鉛筆。いつしかの文房具店でセールが行われていた時にまとめ買いしたものだ。
その時の勢いでダースをダース単位で買ってしまい、冷静になった時には財布は寂しくなっていたけれど、後悔はしていない。
予め削っておいた筆先からキャップを外し、立てた膝にスケッチブックを押し当てるようにして鉛筆が走り始めた。
「……」
これまでに描いている時は、あまりものを考えなかった。
考えたくないわけではなく、つい描くことに夢中になってしまう。
ユイと出かけて、その先で僕がスケッチしている時はユイが隣でマンガをげらげらと笑いながら読んでいたっけ。
僕は時折相槌を打ちながら黙々と描いていた気がする。うん、そうだね、それはどうだろう。ユイを横目にチラっと見て「あ、ツボに入ってるな」、とか。
仕舞いには退屈が絶頂に達したのか、「ちょっと飲み物買ってくる!」と十数分帰ってこなかったり。
どちらかといえばスポーツ好きのユイが付き合ってくれること自体、今思えばすごいことだったのかもしれない。
そして今、自分は風景を描くことに集中している。
いやしていた、のだが筆は走りながらとあることを回想しはじめた。
それは少し前のこと。
* *
教室で描いた絵を、それの載ったスケッチブックを整理している時のこと。
「コウタさんは絵を描くのが好きなんですよね?」
「はい。風景を描くこととかですね」
「すごい!」
「そ、そんなことないですよ」
と、照れながら頭を僕はかく。
お世辞でも言われれば嬉しいものだよね。
「あの……ですね、風景とか描くことは好きなんですけど」
うんうん、と頷きながら純粋に関心するように顔を僕に視線を向けながら聞いてくれている。
「少し人物画が苦手なんです」
「苦手……なんですか?」
「はい、時々描いてみた時はあまり良く出来なくて……ちょっと」
描き終って絵を眺めてみると、そこには生気のない人の顔がそこにある。
何度か描いてみたけれど、やっぱりよく出来ない。
だから僕は、人物画を殆ど描かない。
美術の時間の時だけだろうか、それ以外は避けるように風景画ばかりを描いている気がする。
その上手く描けない理由も分からず、アキさんも一緒に理由を考えてくれたけれど。
やっぱり答えは出なくて、
「コウタさんも、きっといつか良い人物がを描ける時がきますよ!」
「そうかな? そうだと、いいね」
そして授業の始まりのチャイムが鳴り、アキさんは名残惜しそうにとなりの席へと座る。
僕は教師が教室の戸を開き、授業を始めると言うところまで、どうして人物画がダメなんだろうと考えていた。
* *
「くしゅん」
あまりにも熱中していて、途中からは回想も途切れ、視界には自分の描き続ける絵と、耳にはエンピツがさらさらと走る音のみだった。
そんな僕はアキさんの可愛らしいくしゃみで、はっと隣のアキさんを何分以来か、いや何十分も経っていたかもしれない、幾分ぶりに見た。
「あ、ごめんなさい」
アキさんが焦るように手を自分の顔の前で振って、謝ってくる。
むしろ隣にアキさんがいるのに気にも留めなかった僕が完全に悪いんだよね。
そこに「ずっと描いててごめんね」「いえいえ大丈夫です! それより邪魔してしまって申し訳ありません」と久しぶりの会話をした。
「ううん、そんなことないよ……それよりアキさん風邪?」
くしゃみをしていると、やっぱりその可能性があるというか。
もしかすれば僕のせいで体調を崩したなら――
「少しだけくしゃみが出るんです。耳障りでしたか?」
「いやいや! 少し肌寒いよね――」
なんてふがいない彼氏だろう、気づかない鈍感だろう。
今更だけれど、ごめんね。
羽織っていた前にチャックのあるフードを、アキさんの肩にそっとかけた。
「っっっ!?」
「……嫌だった?」
「そ、そんなこと滅相も! いや、あの、えと……ありがとうございますコウタさん」
「なら、よかった」
そう僕は言いながら微笑むと、アキさんは照れているのか頬をほんのり赤くして俯いてた。
アキさんが良いならいいんだけどね。
「あ! わ、私のことは気にせずにっ! どうぞ!」
また描きはじめてもいいってことなのかな?
「じゃあお言葉に甘えようかな」
「はい!」
そうして沈黙訪れる、見えるのは描いている絵と聞こえるのは鉛筆の走る音。
でも時折アキさんに目を向けると、その度に何も言わずに微笑んでくれてまた作業に戻る。
幸せな、時間だった。
描き終るまで一時間、待ってくれたアキさんに何度もお礼を言って画材を仕舞おうとしたその時だった。
「コ、コウタさん!」
「なにかな?」
「チャレンジしてみませんか!」
「?」
主語が何かわからない、意識を向けてアキさんの言葉を待っていると――
「わ、私をモデルに人物画! やってみませんか!?」
顔を赤面させて、まるでアキさんが僕に告白してくれたの時を思い出すようなアキさんだった。
「え……っと? 僕が人物画!?」
「はい! 私、コウタさんの人物画見てみたいんです!」
うーん、困った。
僕は以前にアキさんにも人物がが苦手なことを伝えたはずなんだけど……いやいや、アキさんが忘れているはずがない。
きっと、僕の為に言ってくれたんだ。と少しずつ分かり始めてきた。
前に聞いた実はあまり被写体になりたくないというアキさんのこと、勇気をだして言ってくれたのだろう。
「私はモデルとして不十分かもしれませんが!」
「そんなことないよっ! 可愛らしいアキさんをよく描けたら、どんなに――」
そう言いかけてやめた、つい本音がボロッと出てしまった。
「か、可愛っ……~~~~~!」
それを聞いたアキさんはもう、頭から湯気が出るほどに赤面、そしてうう……と可愛らしく唸っていた。
「でも……僕は上手く描けないかもしれないよ?」
「~~っ! そ、それは大丈夫です! コウタさんの絵ならきっとどんなものでも愛します!」
愛してくれるの!? 先ほどからのアキさんの動揺っぷりを鑑みても、少し混乱気味というかなんというか。
でも、そう言ってくれると気持ちが軽くなるね。
「あ、でもコウタさんが私を描いていたらいつの間にか美桜さんになっていた。とかだとちょっと……」
赤面からの、頭からツノが生えて鬼になってもおかしくないほど、怒りに似た何かを笑顔を秘めてふふふと笑っていた。
「だ、大丈夫!」
だと、思う。たぶん、きっと。