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エピソード7 長野アキの朝


 長野秋です。

 私の朝は早く手近に置かれている目覚まし時計の時針は「6」を指しています。

 瞳をゆっくりと開いて、ぼやけた視界が鮮明になると。


「おはようございます。コウタさん」


 まず最初に視界に入るのは愛しのコウタさんです。天井目一杯までに拡大されたコウタさんの写真が朝のお目覚めを心地よいものになります。

 そして意識が覚醒してまずチェックするのは携帯電話。待ち受け画面にはお気に入りの体操着コウタさん。そしてコウタさんからの着信が入っていないことを確認して携帯を閉じると、


「今日は……これかな?」


 本棚までゆっくりとした足取りで向かうと、その一隅から厚さ数センチの重厚なカバーのアルバムを取り出します。 

 そう、日課のコウタさんの写真アルバムをめくる時間です。

 見ているだけで幸せになれる、至福の時間。片手でサウンドレコーダーを起動させて「おはよう、アキさん」を三十回ほど繰り返しもします。

 三十分ほどアルバム眺め終わると、おそらく一般学生と同じような朝の身支度をします。


「ああっ」


 洗面台前の鏡でにらめっこ。はねっ気のある私の髪はなかなか強情で、そう簡単には収まってくれません。

 しばしの奮闘の後、私は親の「いってらっしゃい」見送りと共に家を出ます。


 朝は七時十分。まだコウタさんは学校の身支度を整えているか、もしくは就寝途中でしょうか。

 私は学校とは反対方向に、かつてはバレないように細心の注意を図りながら尾行して発見したコウタさんの家へと歩を進めます。

 その間、私はあることが脳裏に浮かぶのです、


「(私はコウタさんにしか興味がありませんでしたが……美桜さんは)」


 幼馴染でした。  

 本当にコウタさんの交友関係にも周辺事情にも興味がありませんでした。そこにコウタさんがいれば私はそれでよかったんです。

 本当にコウタさんしか目に見えていなかったのです。しょっちゅうコウタさんと一緒に登校する女子生徒はいましたが、あったとしてもただの友人だと断定していました。

 

 本当にコウタさんの幼馴染関係なく美桜さんがコウタさんと談笑している様に嫉妬して、強がって今あることないことこんなことを言っているわけではありません。

 

 ……ええ、本当は気になりました! 気になりましたけどもっ! 隣にいる女は何者ですか! そ、その隣の場所がどれだけ喉から手が出る欲しいかわからないでしょう!

 ああ、妬ましい。

 あなたの皮を剥いで被ることが出来れば私はコウタさんの距離三センチ五ミリとの距離を入手出来るのではないかと思ったほどで、家にあった宝刀を取り出してインターネットで皮の剥ぎ方を学ぼうとも考えていました。流石に人皮の剥ぎ方は分かりませんでしたが。

 もう一つの選択肢としては整形手術も考慮したほどですね。

 そこまで美桜さんを妬ましく思いました。興味もないので彼女の名前も知らぬままで二年ほど、先日初めてコウタさんに美桜さんと知らされたのです。

 それまでは「女子A」でしたが……いえ、本当は聞いていましたとも! コウタさんが彼女のことを「ユイ」と呼ぶのをっ!

 だからといってコウタさんにとって美桜さんがどんな立ち位置の人物だなんて聞けないですよ!

 そうしてコウタさんから先日聞いたその美桜さんが「幼馴染」という事実はやっぱり衝撃でした。


 考えている内にコウタさんの家の門から一メートルと六十五センチのところに屹立している電柱に身を潜めます。

 息を殺します。気配を空気に溶け込ませます。ただ視線だけ一点をコウタさんの部屋をカーテン越しに覗くのです。

 カーテンで仕切られているその部屋は、今までに800回弱訪れて断定できるコウタさんのものであり、そこにはコウタさんがいるorいたのです。

 それを想像するだけで胸が熱くなってきます……ああ、こんなに朝のコウタさんが近いだなんて幸せです。

 

 私は視力が良いおかげで数十メートル先のカーテンの隙間まで見ることができます。

 そう、今はお付き合いできるほどの間柄になれたからこのコウタさんの家の門から一番近い電柱に隠れるのであって、それまではもっと遠い電柱から彼のことを覗いていたのです。

 電柱から片目だけ出してしばらく見つめます。それはもう食い入るように括目して目を見開いてじっと逸らすことなく見つめます。


「っ!」


 カーテンの一センチもない隙間から黒い布の切れ端――学ランの端が覗きました。

 コウタさんの学ランが覗きました。


「(今日は……いいことがありますね!)」


 今まででコウタさんの見に付けているもの含めても覗けたのは100回。少ないときは週に一回、多いときは週に三回も覗くこともできるんですよ! 最高です!

 しばらくしてコウタさんが家を出るといったところで私は身近な電柱を離れます。


「…………また」


 美、美桜さん……やはりあなたはその位置を手放さないんですね! 私はコウタさんの彼女なのに! 今こうして登校してるなんてっ!

 私は電柱を転々としながらそのコウタさんと美桜さんの様子を伺います。


「(こらえて……こらえて)」


 心の底から湧きあがる黒い何かを抑えます。

 学校から近くなると足早にコウタさんからの距離は遠くなり、校門前に寄りかかって待つ姿勢。

 私を視界に入れた途端に美桜さんはコウタさんとの会話を止めて先に校門を通り抜けていきました――横目に私をしっかりと見て。 



「お、おはようございます!」



 私はコウタさんに挨拶をする。


 そうして私の一日は始まるのです。


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