エピソード+1 デスファイト
※当作品はコメディであり、一切の流血も死人もありません。負傷しつつも時間がなんとかしてくれます。
僕の彼女はヤンデレです。
そして僕の幼馴染は炭酸飲料を飲むと酔う体質です。
その二人がぶつかったことは、数日前の喧嘩よりもずっと前にも二回ほどありました。
とりあえず最初の二人の喧嘩のことについて話してみようかと思います。
それは春も終わりを迎えた頃のこと、僕とアキさんが付き合い始めて数週間といったところでしょうか――
* *
「あ、あの……コウタさん。一緒にお昼どうでしょうか?」
「うん、じゃあ行こっか」
僕は話していた友人二人にゴメンと謝り、中庭に行くことにする。
ちなみに友人二人は「お、おう」「し、死ぬな――ナンデモナイデスゴメンナサイ」震える声でそういうけども、風邪かな?
……少なからずアキさんの醸し出すオーラに戦慄してるのは分かってるよ、うんゴメン二人とも。
そう歩き出したその時でした。
「あれ、ユイ?」
「ユイ…………さん?」
教室の入り口には後ろで手を合わせながら俯き立つ幼馴染の姿があった。
その時アキさんが会うのは初めてだったのだと思う。
僕の幼馴染ことユイに。
なぜかアキさんはそういうことを一切尋ねてこないので、教えられるタイミングがなかっただけなのかもしれないけれど。
「えーとアキさん、あのユイはね――」
僕がそうアキさんに説明しようとした瞬間、
「――あなたがコウタの彼女?」
ユイが俯きがちに前髪に隠れた間から鋭い眼光を放ちながら、低く威圧感を孕んだ声でそう言い放った。
空気が次第に重く重くずっしりと重くなっていく。
ユイがどうしてこんな? どうしてこんな表情を、トーンで喋るの?
「――はい」
アキさんはそう答える、先ほどまでの友人二人に向けたものとは比べ物にならないほどの――こちらも威圧し蹴落とすようなオーラを醸し出して。
温厚な印象の強い彼女の表情はどこへやら、キッとして目つきをユイに向けていた。
なになに、どういうことなの?
「名前も知らない彼女さんですが、許しません」
「あなたはなんですか――コウタさんは私の彼女なのですよ」
二人の間にぴりぴりという表現では出来ない、その間に入っただけで身を裂かれるんじゃないかというような緊張が走る。
「――彼女なんていなかった」
そうユイは呟くと後ろ手に隠していた――金属バッドを振るいながらコチラへと飛び込んできた。
「私が唯一無二の――彼女です」
対抗するようにアキさんがどこからともなく鉈を現し、構えてユイに迎え撃った。
二つの金属部がぶつかり共鳴する。
キィイイイイイイインッ!
そして、その二人の衝突による衝撃波が教室を襲った。
「きゃあぁっ」
「ぬあっ」
男女問わず談笑し、温かな空気だった教室の姿は今はない。
衝撃がクラスメイトを設置されている机や椅子を襲い、倒れ吹き飛ばされる。
「な、なんだこの衝撃はッ!」
「まさか二つの力が強大かつ同位な為に共鳴が起きて周りに衝撃として伝わっているということなのかッ!」
マニアックな話題で盛り上がりがちな印象の眼鏡をかけた男子クラスメイト二人がそう解説した。
僕も現にユイの金属バットとアキさんの鉈が衝突したその次の瞬間に突風に襲われたかのように吹き飛ばされ、身近な机に叩きつけらていた。
「こ、これは学園ギャルゲー的な恋愛モノかと思ったら突然血みどろバトルモノに突然ストーリーが変化するクソゲーのパターンなんだな!」
「……能力値は――五百、千、一万、百万っ! ヤツらは化け物かっ!?」
太り気味な男子クラスメイトと、何故かグリーンガラスのスカウターを付けたボーイッシュな女子生徒が続ける。
というか知らなかったけど、このクラスの生徒濃いんだね。
「消す消す消す消す消す消す消す消す」
「ふふ、楽にしてさしあげます」
二人はさらに戦闘範囲を広げ、机や椅子がサークル状に避けていくように吹き飛ばされていった。
「おーい田中がやられた!」
「くそう……田中は、中間テストが終わったら好きなあの子に告白するんだったな――フラグなんて立てるからっ!」
「いやああああああ、腕があああああああああ」
「伊藤さんっ! 保険委員の私がすぐに運び出すからっ。保険委員の私が!」
「あー、頭の上でテト○スが積みあがっていってるーつぶされるー」
「ああ、そんな……目を覚ましてマサヒロくんっ! テ○リスよりもパネ○ンの方が面白いわっ」
「アァン、アシクビヲクジキマシター!」
クラスは地獄絵図だった。
多くの生徒が負傷し、倒れ。難を逃れた生徒がその救助に奔走していた。
まさかこんなことになるなんて、一分前の僕には想像できなかった。
というよりなんでユイとアキさんは戦っているんだろう……?
「(っ……思い出した)」
そうだ、ユイには凄まじい悪癖があったんだった。
彼女は炭酸に弱い、それはものすごくに。
ユイはそれは昔にビールを誤飲した、それは炭酸飲料も一切飲んでいない頃だった。
それでユイは酔った、とにかく酔いまくった。壊しまくった、泣きまくった、笑いまくった。
その「酔う」という状態になるまでの過程での「ビール」を飲むというのが「炭酸」を飲むでも成立してしまうようになった。
一種の自己暗示で「これはビールに似ているから酔ってしまう」というものが彼女自身に深く刻み込まれたのであろう。
それからユイが炭酸を飲むと大変なことになった。
グレープソーダは泣き上戸、オレンジソーダは笑い上戸、ソーダは怒り上戸、コーラは特定できなかった。ほかの果実系は試せていない。
そして一番に危険だったのは、
「ちょっと……ユイっ」
荒廃しつつある教室の入り口に女子生徒が息を切らして立っていた。
そして彼女の手には”ドクプ”のペットボトル。
僕は時折繰り出される衝撃波をなんとか受け流しながらも教室の入り口に向かった。
「ユイの友達かな?」
「……はい……でも、ユイが」
「もしかしてドクプ飲ませちゃったり?」
「っ……そしたら走っていって」
やっぱりそっか……うん。
どんどん思い出してきたね。
中学校一年の夏、たまたま自販機にあったドクプを彼女は誤って買ってしまった。
炭酸系を彼女が飲むとロクなことにならないのは知っていたので、止めようとしたけれど――時すでに遅くて。
『コウタは、ずっと私の傍にいるよね』
といって俺の手を引いたと思ったら、ユイの部屋に連れ込まれ手足を衣服で縛られ口元もハンカチで塞がれベッドに寝かされた。
『コウタはずと私のものだから』
僕は様変わりしすぎた彼女の表情に今までに感じたことのない恐怖を覚えた。
……それから僕は絶対に彼女にドクプを飲まさないと決めた。
「……そんなことが」
「うん。それでこれ以上は」
ダメ。
ドクプはおおよそ数十分間の作用。でもこれ以上そのままにすると――教室が半壊する気がする。
壁に床に深い爪痕が垣間見えた。
「……あなたは、どこへ?」
「ちょっと止めてくるよ」
「っ! あの……闘争の渦に入ったら、無傷では……!」
分かってるよ、だって金属バットに鉈だもんね。下手すると死んじゃうよね。でも――
「彼女二人は僕にとって大切な幼馴染と彼女さんだから」
そして僕は二人の間に飛び込み、散った。
目覚めたのはそれから一週間後、あちこちを負傷したままでの病床だった。