エピソード1 ランチタイム
昼食の出来事。
教室で一つの机を二つの椅子を使って、僕とアキさんは昼食を食べていた。
「はい、あーん」
「あーん」
こうしてアキさんは僕におかずを箸で口へと運んでくれる。恋人どうしの「あーん」というものだ。
少し恥ずかしい気もするけど……ぱくりもぐもぐ……美味しい、うん。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
本当にアキさんの手料理は美味しいなあ。
ばくりもぐもぐ……しっかし頻度が高――
「はい、あーん」
「あ」
でも、少しスピードがはやいかな?
ぱくもぐ……殆ど租借できてないや。
「はい、あーん」
「ちょっと待ってアキさん」
「!」
「少しゆっくり食べられると――」
そう言った途端にアキさんは悲しそうな表情へと、先程までの嬉しさに満ちていた顔を変えて、
「そうですか……私の料理は食べられないほどに――」
「いやいや、それは思い切り誤解だよ! 美味しいって!」
本当にそれは誤解だった。美味しいことこの上ない、食は進むけれども、少しペースを考えてほしいと思うだけで――
「……すみませんコウタさん。気を使わなくていいんですよ……」
「気を使ってなんか!」
「いいんです! こんなマズイ料理を作る私なんて、喉に箸を貫通させてしまえばいいんです!」
「エグイって! そんなことやめてよアキさん!」
それは確実に死んじゃうから!
「……そうですか、見た目がエグくなればいいのですね」
「いや、そういうことじゃなくてさ」
「今から箸を鼻から――」
「結局エグいじゃないか!」
どう足掻いてもエグイ!
「ど、どうしましょう!」
「しなくていいから! アキさんの料理はとっても凄く素晴らしく大変美味なんだけど、ちょっとペースが早かっただけなんだよ!」
早口ながらも説明する、なぜなら……アキさんが今にも箸を喉に入れ始めていたから。
「……そうなのですか?」
「うんうん、とっても美味しかったよ」
笑顔をつくって答える。するとアキさんも箸を下ろして、安堵の表情へ変わる。
「……私はなんて勘違いを」
「そうだよ。アキさんの手作りのお弁当は本当に美味しいよ、いつもありがとう」
お礼を言うタイミングがなかなかなくて、遅かったと思うけど。言えてよかった。
そう感謝していた直後に、アキさんはまた表情を変えて、どこか失望したような無表情に。
「私に……私にコウタさんの食べるペースが分からないなんて」
「し、仕方ないって」
自分のペースって、人それぞれだもんね。
「仕方なくありません! これでは彼女さん失格です! 私はこのまま背中を強く打って脊髄を損傷してしまえばいいんです!」
「その後がエグいよ! やだよ……アキさんが寝た切りなんて」
そのエグイ自分の罰し方に、悲しくなった。その後を想像すると、とてもとても――
「コウタさん……手間が増えてしまいますものね。私なんて介護していたら大変でしょう――そして、きっと私は捨てられるのでしょうね」
「そんなことないよ! 例えアキさんが寝た切りでも、一生付き添って生きて行くよ!」
僕はアキさんが心のそこから好きで、アキさんがどんなに変わっても僕は好きで居続けるつもりだった。
「……! 今から寝た切りになります」
「いやいやいや! 望んでない望んでない! 僕は出来るならばもっとデートとか――」
「……! もう少し生きてみます」
「うん。もう少しってのが気になるけど……良かった」
「では、お弁当の続きを――」
キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。ああ、惜しい事したなぁ。アキさんの料理とっても美味しかったのに……
「……チャイムを鳴らしたのはどこのどいつですか」
「いやアキさん? そんな物騒な鉈なんか構えて何を、というか何処から――」
「二人の時間を邪魔しないでくださぁぁぁぁぁい!」
「いや! チャイムに罪はないから! 待ってアキさん……というか振りまわしながらいかないでください!」
ああ、生徒が……生徒が鉈に当たって吹き飛ばされてる!? ああ! 広野君、相澤君大丈夫――
* *
――ええと、ということで先程のアキさんが僕の彼女です。それで僕はアキさんの彼氏です……えへへ。
ちょっと噛みあわなかったり、勘違いで暴走したりするけど……それも僕のことを思ってのことなんです。
アキさんはとても可愛らしいんですが――俗に言う”ヤンデレ”というものみたいで、本当のことを言うと少し苦労してます。
それでも、彼女の傍に僕は居たいと思っています。それほどに僕は彼女、アキさんが大好きなんです。
そして、これから話すことはそんな僕とアキさんの日常です。