ゴミ箱に捨てたい
片思いは、どうしてこんなにも人を醜くするのだろう。
誰かを好きになることは、本来、もっと明るくて、温かくて、幸せなことだったはずだ。会える日を楽しみにしたり、何気ない会話を思い出して笑ったり、次はどこへ行こうかと考えたり。
それなのに、いつからだろう。
好きという気持ちの隣に、疑いが座るようになったのは。
LINEの通知が鳴るたびに胸が動き、画面を確認しては落胆する。何でもない広告の通知だったり、仕事の連絡だったりする。もちろん、君からのメッセージであるはずもないのに、ほんの一瞬だけ期待してしまう自分がいる。
スマートフォンを伏せて、もう見ないと決める。
五分後には、また手に取っている。
自分でも呆れる。
たった一行のメッセージに、一日の機嫌を預けている。返信が早ければ嬉しくなり、いつもより短ければ不安になる。句読点がないことに安心したり、いつも使う絵文字がないことに意味を探したりする。
昨日までは普通に笑っていたのに、今日は少し冷たい気がする。
何か気に障ることを言っただろうか。
それとも、誰か別の人と楽しく過ごしているのだろうか。
そんなことを考え始めると、頭の中にはいくらでも物語が生まれる。
もちろん、そのどれもが事実ではない。
君はただ忙しいだけかもしれないし、スマートフォンを見ていないだけかもしれない。そもそも、僕が思っているほど、君は僕のことを考えていないのかもしれない。
それでも、人は見えないものを勝手に作り上げる。
見えない時間に誰といたのか。
見えない場所で誰と笑っていたのか。
自分の知らない君の生活には、どんな人がいるのか。
知らなくてもいいことばかりを知りたくなる。
そして、知りようのないことに傷ついている。
馬鹿みたいだと思う。
君は何もしていない。
何も約束していない。
僕だけが勝手に期待して、勝手に不安になって、勝手に寂しくなっている。
それなのに、ときどき君に腹が立つ。
どうしてもっと連絡をくれないのか。
どうして会いたいと言ってくれないのか。
どうして僕ばかりが、次に会える日を考えているのか。
そんな不満を抱くたびに、すぐに自分が嫌になる。
君には君の生活がある。
君には君の時間がある。
僕がそのすべてに入り込めるわけではない。
そんな当たり前のことくらい、分かっている。
分かっているのに、心だけが納得してくれない。
君と会った日の帰り道は、いつも少しだけ世界が違って見える。
駅までの道を歩きながら、今日の会話を何度も再生する。あのとき笑ってくれたこと、何気なく触れた肩、別れ際に見せた表情。たいしたことではない。誰にでもするような仕草かもしれない。
それでも僕は、その一つひとつに意味を与えようとする。
あの笑顔は特別だったのではないか。
あの言葉には、少しくらい好意が含まれていたのではないか。
次に会う約束をしてくれたのは、また会いたいと思ってくれたからではないか。
都合のいい解釈なら、いくらでもできる。
そして翌日になると、同じ出来事を反対側から眺めている。
あれは単なる社交辞令だったのかもしれない。
誰にでもあんなふうに優しいのかもしれない。
断る理由がなかっただけなのかもしれない。
昨日まで希望だったものが、今日は不安の材料になる。
人の気持ちというものは、こんなにも簡単に裏返るものなのか。
君の気持ちが変わったのではない。
僕の解釈が変わっただけだ。
それなのに、まるで君が僕を傷つけたかのような顔をして、一人で落ち込んでいる。
一番嫌なのは、自分が自分らしくなくなっていくことだった。
本来、僕はこんな人間ではなかったはずだ。
誰かからの返信を何度も確認することも、相手の予定を気にして一喜一憂することも、SNSに投稿された写真を見て、そこに写っていない誰かの存在を想像することもなかった。
それなのに今は、君の何気ない投稿ひとつで心がざわつく。
楽しそうな写真を見れば、僕がいなくても十分に幸せなのだと思う。誰かと食事をしている写真を見れば、その相手が気になる。コメント欄に知らない名前を見つければ、何者なのか調べたくなる。
そんな自分に気づいて、スマートフォンを閉じる。
何をしているんだろう。
誰かを好きになるということは、その人の自由まで欲しくなることなのだろうか。
君が笑っているなら、それでいい。
君が幸せなら、それでいい。
そんなきれいな言葉を口にしながら、本当はその笑顔の隣に自分がいたいと思っている。
僕以外の誰かと楽しそうにしている姿を見れば、少しだけ寂しい。
僕の知らない話で盛り上がっていることが、少しだけ悔しい。
君の世界に僕の知らない人がたくさんいるという、当たり前の事実が、どうしてこんなにも苦しいのだろう。
好きという気持ちは、相手を自由にするものだと思っていた。
けれど僕のそれは、ときどき相手を自分の想像の中に閉じ込めようとする。
そして、そんな自分が何より嫌いになる。
期待というものは厄介だ。
一度、何かを期待してしまうと、それがいつの間にか当然のことのように思えてくる。
次は君から誘ってくれるかもしれない。
今度は君のほうから会いたいと言ってくれるかもしれない。
もしかしたら、僕が思っている以上に、君も僕のことを考えているかもしれない。
そんな未来を想像することが楽しかった。
一緒に行きたい場所を調べたり、季節が変わったら見せたい景色を考えたり、少し先の予定に君の存在を書き込んだりした。
まだ何も決まっていないのに、頭の中ではずいぶん先まで一緒にいる。
来月はどこへ行こう。
冬になったら何を食べよう。
来年の今頃も、こうして会えているだろうか。
未来というものは、まだ何も起きていないからこそ、いくらでも美しく描ける。
けれど、その未来に君がいる保証はどこにもない。
僕が楽しみにしている予定を、君はまだ知らない。
僕が大切にしている約束を、君は約束だと思っていないかもしれない。
それでも期待してしまう。
期待しなければ傷つかずに済むのに、期待を捨ててしまえば、君を好きでいる楽しみまでなくなってしまいそうで怖い。
だから、期待をやめられない。
ほんの少しの優しさを拾い集めては、まだ大丈夫だと思う。
君が僕を嫌いではないことと、僕を好きであることは、まったく別の話なのに。
その境界線を、僕は何度も都合よく曖昧にしてきた。
いっそのこと、白黒はっきりさせてしまえばいいのかもしれない。
好きなのか、そうではないのか。
これからも会いたいのか、そうではないのか。
僕との関係をどう考えているのか。
聞いてしまえば、きっと楽になる。
少なくとも、今のように答えのない問いを繰り返すことはなくなるだろう。
けれど、聞くことができない。
もし答えが期待していたものと違ったら。
もし今までの時間が、僕にとってだけ特別だったと分かったら。
もし、これまでのように会うことさえできなくなったら。
その可能性を考えると、言葉が出てこなくなる。
曖昧な関係は苦しい。
けれど、曖昧だからこそ残されている希望もある。
はっきりさせなければ、まだ可能性はある。
まだ何かが始まるかもしれない。
まだ君の気持ちが変わるかもしれない。
そうやって、答えを先延ばしにしている。
本当は答えを知りたいのではなく、望んでいる答え以外を聞きたくないだけなのかもしれない。
臆病なのだ。
好きだと伝える勇気もないくせに、好きになってほしいと願っている。
選ばれたいと思いながら、選んでもらえる自信がない。
自分から近づいておきながら、少し距離を感じると傷つく。
そして、傷つくことを恐れて、何もなかったように振る舞う。
ずいぶん面倒な人間になったものだと思う。
時々、もうやめようと思う。
LINEのトーク画面を開かない。
SNSを見ない。
君の予定を気にしない。
次に会う約束を自分からしない。
そんな小さな決意を、何度も繰り返してきた。
スマートフォンの通知を切り、トークを非表示にする。写真を見返さないようにして、二人で行った場所もなるべく避ける。
これで少しは楽になるだろうと思う。
ところが、何も変わらない。
通知が鳴らないことを気にしているし、非表示にしたトークをわざわざ探している。見ないと決めたSNSを、別の画面から開いてしまう。
忘れようとすること自体が、君を思い出す理由になっている。
本当に忘れたいのなら、最初からこんなことを考えなければいいのに。
けれど、人の心はそんなに器用にはできていないらしい。
君を好きになったことを後悔しているわけではない。
一緒に笑った時間も、会えることを楽しみにしていた日々も、何気ないメッセージにうれしくなった夜も、嘘ではなかった。
ただ、その幸せの中に、いつの間にか多くのものを持ち込みすぎてしまった。
期待も、不安も、疑いも、嫉妬も、将来への想像も。
君と過ごす時間そのものを楽しめばよかったのに、その先に何があるのかばかり考えていた。
今の関係を楽しむよりも、これからどうなるのかを知りたかった。
目の前にいる君よりも、まだ見ぬ未来の君を追いかけていたのかもしれない。
もう、ゴミ箱に捨ててしまいたい。
君への疑いも、悪い妄想も、返信を待つ時間も、自分を嫌いになるような感情も。
何度も頭の中で繰り返した会話も、送らずに消したメッセージも、勝手に想像した未来も。
全部まとめて、何もなかったことにしてしまいたい。
好きになる前の自分に戻れたら、どれほど楽だろう。
誰かの一言で一日が変わることもなく、既読がついたかどうかで心を乱されることもなく、相手の気持ちを確かめるために自分の気持ちを押し殺すこともない。
もっと普通に生活したい。
仕事をして、ご飯を食べて、好きな音楽を聴いて、友人と笑って、夜になったら眠る。
それだけで十分だったはずなのに。
君を好きになってから、そんな当たり前のことさえ、少し難しくなってしまった。
それでも、もし今夜、君からLINEが届いたら。
きっと僕は、何事もなかったように画面を開くだろう。
そして、たった一言のメッセージを何度も読み返し、少しだけ幸せな気持ちになるのだと思う。
まったく、どうしようもない。
ゴミ箱に捨てたいと思っていたものを、また大切に拾い上げてしまうのだから。
片思いは、相手の気持ちが分からないから苦しいのではない。
分からないことを、自分に都合よく考えたり、悪いほうへ考えたり、そのたびに自分で自分を傷つけてしまうから苦しいのだと思う。
君はいつも通りに生活している。
朝起きて、仕事に行って、誰かと話して、食事をして、眠る。
その日常のどこかに、僕が少しだけ存在しているのかもしれないし、ほとんど存在していないのかもしれない。
それを確かめる術はない。
だから、今夜もまた考えてしまう。
明日は連絡が来るだろうか。
次に会えるのはいつだろう。
君は僕に会いたいと思ってくれているだろうか。
そして、いつかこの気持ちに答えが出る日が来るのだろうか。
好きでいることをやめるのも、好きでい続けるのも、どちらも簡単ではない。
ただ一つ、願うことがある。
いつか君からの返信を待たなくても平気な夜が来てほしい。
君の気持ちを想像することなく、君の言葉をそのまま受け取れる自分でいたい。
会えない時間を寂しさで埋めるのではなく、自分の時間として過ごせるようになりたい。
そして、もし君と一緒にいられる未来があるのなら、そのときは不安や疑いではなく、目の前にいる君との時間を、ただ素直に楽しめる人間でいたい。
スマートフォンを机の上に置く。
画面は暗いままだ。
もう一度だけ確認しようかと思ったけれど、やめておいた。
今夜くらいは、君のことを考えずに眠ってみよう。
そう決めたところで、また少しだけ君のことを考えている。
本当に、困ったものだ。
ゴミ箱に捨てたいのは、君ではない。
君を好きになってから、君のことばかり考えてしまう、こんな自分なのだ。




