第十話 幻想を信じる者 その4
「死者による、祈り?」
唐突に言われた真実を受け止めた私は、困惑から思わずそれを繰り返すように呟く。
「ええ。この奇跡とも呼べる現象は、死者の祈りによって生まれているのです」
先ほど口にした事実を、綱継さんは改めてはっきりと私に告げる。そのせいで、あ私の頭はますます混乱した。
死者……、祈り……、生者……、儀式……。言われた言葉が頭をぐるぐる回り、ようやく理解できたところで、今度は様々な疑問が浮かぶ。何を聞こうか迷ったものの、私は思い浮かべていた中で一番気になっていたものを訊ねることにした。
「……その、色々と伺いたいことはあるのですが……。まず初めに教えてください。死者という存在は、本当にこの世に存在するんですか?」
「貴方の言う死者というのが、いわゆる霊魂や亡霊といった存在を示すのならば、それらは、確かに存在しています」
躊躇う事はなく、それがごく当たり前の当たり前のことであるかのように綱継さんは言った。
「なら、もしそれが本当だとして、どうして我々はその存在を知らない、というか認知できないのですか?」
「それは簡単な話で、彼らはこの世にはいないからです。本来、既にこの世にとどまるための肉体を失った、彼らはこの世界には存在することはできません……たった一つの例外を除けば、の話ですが」
「例外、というのは」
「それは、ある一つの思いを抱いている場合です」
「思い、というと……いわゆる未練だとか、恨みだとか、そういったものでしょうか」
「いいえ、似ていますが、少し違います」
「どういうことですか?」
「彼らが抱えているのは、生者へと託さなければならない祈り。【自らが死んでも生き続けろ】という、残酷なほど純粋な思いなのですよ。そして、そんな思いはいつしか一つとなり、奇跡的な現象を起こしうる源となるのです」
「……源?」
「ええ、源です。確かに、彼らの祈りは本来いられないはずの彼らを現世に留めるほどの力があり、この世の理すら超えうる凄まじさを秘めています。しかし、それを使う機会がなければ、力だけがこの世に残り、当人はいずれ消えてしまうのです」
「じゃあ、どうしてこんな、伝承のようなことが……」
「……結びです」
「結び?」
「結び、言い換えるならば、縁とでも呼びましょうか。私達がこの現象を儀式と呼ぶ所以でもあるのですが……先ほど言ったように、死者にもいずれ、旅立ちの時がやってきます。
けれど彼らは、その絶対的な運命を受け入れてもなお、最後まで自分達の祈りを残そうとして、一つの手段を取るのです」
※※※※※※
生きろ。
私たちがいない世界だとしても、生きろ。
どれだけ寂しく苦しいとしても、諦めることなく生き続けろ。
どうか、最後まで生きてほしい。どうか、この思いが届いて欲しい。
だから、私たちより後に死んだ者たちよ。私たちと同じ祈りを願う者たちよ。
この祈りを継いでいけ。いつか現れるはずの、叶えられる者のために継いでいけ。
今を生きる者たちよ。我らのために死ぬこと無かれ、我らが故に泣くこと無かれ。
選ばれし強き祈りを持つものよ、汝の願いを叶えたまえ。
縁を持つ者たちよ、汝が救うべきものを、我らをもって救いたまえ。
汝が生を願う者を、祈りをもって救いたまえ。
【亡きものとして消えていく我らの夢を、どうか、どうか汝が叶えたまえ】
※※※※※※
「縁が結ばれていることで選ばれた死者が、救いを求める生者に対し、託された祈りの力によって本来あるまじき奇跡を起こす。
それによって生者を救うことで、当人もまた生き続けてほしいという祈りを託し、次の生者へと繋いでいく。それが、この町で時折起こる奇跡の真相です」
言葉が、出なかった。あまりにも壮大なその真相は、自らの生に縛られていたそのの考えをことごとく塗り替えるものであった。
けれど、私の頭は好奇心によってわずかに冷静さを保っていたのか、茫然とその事実を受け入れる前に、ある疑問を抱いていた。
「……整理は、まだついていないのですが。これまでの話から、確かにそうなのかもしれないとは思いました。でも、それでもまだ納得がいかない点があります」
「何でしょうか」
「この奇跡の所以が、生者に生きてほしいというものであるならば、どうしてあの人の、芳江さんのようなことが起こるのでしょうか。
私が言うべきことではないのかもしれないですけど……あの仕打ちが、あんな残酷なことが、私は救いある奇跡とは到底思えません」
記憶を失い、希望を絶たれることの、何が奇跡だというのか。しかし、私が抱いていた感情は、次の言葉で打ち消された。
「いえ、それはそうでしょう。それは救いではなく、代償なのですから」
「代償って、いったい何のですか?」
「……死者の生き続けろという願いを受け入れずに、《《奇跡によって手に入れた幸福を永遠に享受しよう》》とした代償です」
「何を、言っているんですか?」
「死者の祈りによってもたらされる奇跡は、何人、何十人、何百人という死者が叶えられなかった自身の祈りを託したからこそ起こるものであり、それを託されたものが生者にただ生きてほしい、これから先を希望を抱いて進んで欲しいとただ一人のために祈ってようやく起こすことのできるものなのです
そんな奇跡を、自らが幸福であり続けるために使うなど、許されるはずがないでしょう。あくまで私たちは生者であり、自分の意志で何かを成しえることができるのですから」
「……、……」
「納得していただけましたかね?」
返答しない代わりに、私は零れそうになった言葉を飲み込んだ。それを口にしたところで、無駄だと分かってしまったから。
「さて、色々話させていただきましたが、まだ他に聞きたいことなどはありますでしょうか」
少しして、冷静さを取り戻した私に綱継さんが問いかける。その顔には、変わらぬ様子で蠟燭の光が当たっていた。聞くべきことは既にあらかた聞いた私は、最後にその質問をすることにした。
「なら、一つだけ聞かせてください」
「何でしょうか」
「奇跡の起こる対象は、今を生きる者の中からどのようにして選ばれるのでしょうか」
「その事ですか……それに関しては私達も詳しいことは言えないのですが、それでも一つ言うとするならば、《《生きながら死んでいるもの》》、ですかね」
「……そうですか、ありがとうございます」
「今回の話は、ご参考になりましたかね」
「勿論です。今回は貴重なお話、ありがとうございました」
お礼を言った私は、友寄さんに目線を送りながら立ち上がる。意図をくみ取ってくれたようで、友寄さんも私と同じようにして立ちあがると、社から出て、そのまま神社を後にした。
「……どうだった?話を聞いてみて」
神社を後にしてしばらくたった頃、友寄さんが私にそんなことを聞いてきた。
「色々と知りたかったことが聞けたのでよかったです、ありがとうございました」
「って割には、ずいぶんと難しい顔してるけどね」
「……思うところがなかったってわけではなかったので」
「まあ、だろうねえ……」
「友寄さんは知ってたんですか、この話」
「じゃなきゃ君に提案してないよ」
「ですよね」
「で、君はどう思ったんだい?あの話を聞いて」
「……正直に言うと、なんて酷い話なんだろうと思いました。失った人に希望を与えるだけ与えて、立ち直ったなら後は一人で生きろ。もう手に入らないと思った幸せが手に入って喜んでいたら、望みすぎだといって、ほんの少しの希望だけ残してそれ以外を全て奪われるなんて、私だったらむしろ死にたくなりますよ」
「……それは、どうなんだろうね」
「友寄さんは違うんですか?」
「いや、概ね同じだよ。死にたくなるってところ以外は」
「それはまた、どうしてです?」
「……これは、僕のこれまでの経験からにはなるんだけど。人ってのは、どれだけ心が沈んでも、生きるだけなら案外うまくやっていけるもんなんだよ。例え、どれだけの絶望を味わったとしてもね」
「それって、勇樹さんの事ですか?」
「……え?」
「あ、いや、その……」
「……ああ、朱里さんかあ……」
「……すみません」
「どうして君が謝るんだい」
「いや、その、勝手な想像ですけど。友寄さんも、苦労なさったでしょうから」
「まあ、大変ではあったねえ…。でもまあ、僕自身あれが罪滅ぼしだと思っていたから、気にしたことはないよ。それに、何があったとて、娘の君に罪はないさ」
「そんなこと無いですよ。私は、一歩間違えれば同じようになっていたかもしれないんですから」
「同じって?」
「……私も、祈李を傷つける側だったかもしれません」
「真那君が?どうしてさ」
「……私も、自分の罪に気づけていなかった可能性はありましたから」
「それは……」
友寄さんから、否定の言葉は出なかった。それもそうだ、なんせ、既に実例があるのだから。
互いに気まずくなったせいか、それ以降の会話は無かった。いつもと変わらぬ日差しの下、無言のまま帰路を歩んでいく。
その心には、どうしようもなくなった罪悪感が燻っていた。




