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第十話 幻想を信じる者 その2

 綱継さんがろうそくに火を灯すと、薄暗い部屋が照らされて、互いの顔が見える程度に明るくなる。無秩序にすべてを照らす電灯とは違い、その光には何か特別感があった。


「……さて、何からお話すればよろしいでしょうか」


 美しさすら感じるような正座をした綱継さんが、落ち着いた声で私に問う。


 それに負けないように、はっきりと私は答えた。


「私が知りたいのは、真実です」


「……聞いたところによると、真那さんはかなり熱心に調査をなさっていたとのことですが」


「はい。でも、そのうえで私は真実が知りたいと、そう思ったんです」


「成程。そういう事でしたら、まず初めに、《《我々の受け継いできた伝承》》について語らせていただきましょう」


 綱継さんはそういうと、一度何かを思い返すかのように目を閉じてから、その話を語りだした。



――――すべての始まりは、一人の男の願いだった。



 永和町が、まだその名を持たなかったほどの昔。ある一人の男が、その場所で孤独に暮らしていた。


 かつてはその場所も村と呼ばれ、大勢の人々が暮らしていた。しかしある時、平和な村を恐ろしい疫病が襲った。


 老人に始まり、男も女も、皆次々とその病に侵されていき、誰も彼もがなすすべもなくその命を散らしていった。


 大きかった村は廃れ、家は朽ち果て農地は荒れ、ある時、ただ一人を残して、その村の人々は誰一人いなくなった。


 残されたその少年は、最初に病にかかった者の一族だった。初めは祖父を、次に祖母を、その次に母を、そして最後に父を、その少年は何もできずに見送った。


 しかし、その少年は病が村中に広がってもなお、何でもないかのように生き続けていた。


 何かしら特異体質だったのか、はたまた免疫でもできていたのか、今でこそ様々な理由を考えられるものの、その当時の人々の頭に浮かんでいたのは、たった一つの結論だった。



「あいつがこの病を村に広げたのだ!」



 確証も、まして医学的な根拠なんて何一つない。彼が全ての原因だという理由なんて。ただ生きていたということだけで十分だった。


 病を恐れてか殺されこそしなかったが、それ以上の迫害が彼の身に降りかかったことは、言うまでもなかった。


 人々にとって彼は人ではなく、自分たちを苦しめる病そのものでしかなく、彼と同じように家族や友人を亡くした者は行き場のないその憎悪を、ひたすらに彼に向けた。


 しかし、どんな仕打ちもどんな言葉も、彼を苦しめるに至ってはいなかった。彼の心は、もはや何の言葉も届かないほどに擦り切れていたからだ。


 やっと二つ数が並ぼうかという年の少年に、度重なる身内の死がどれ程の重さでのしかかっていたかは言葉にするまでもない。


 まして、大人がどれだけ手を施してもなお死んでしまう家族の姿を見て憔悴していく姿など、より無力だった彼にとってどれほど苦しいものだっただろうか。


 己の無力さにに絶望し、残される息子に言葉も残さず死んだ父を見送ってから、少年は何も感じない無意味な日々を過ごし続けた。


 飢えれば何であろうと食べ、限界を迎えれば眠りにつく。そんな日々を繰り返すうちに、いくばくかの時が過ぎた。


 時の流れは、激流のようにあらゆるものを押し流していく。たとえ名残は残ったとしても、そのすべてを抱えていられるほど人間はうまく出来ていない。生きていくというのならば、なおのことだ。


 失意によって消え去っていた感情は、その理由を忘れていくにつれて少しづつ蘇っていく。そして、完全にそれを取り戻した頃、少年は一人になっていた。



 彼は生きた。死ねないから、仕方なく生きた。頭を使い、知恵を絞り、技を磨いて生き続けた。


 本能ではなく、あくまで理性によって日々を過ごしていく。しかしそれは、ひどく残酷なものだった。


 背は伸び、力もついた頃、彼は全てを包む闇の中で、誰にも知られることなく泣いていた。


 例えどれだけひどい顔をしても、どれだけ大きな声を出しても、それを心配する人や笑う人は現れない。


 何度も、何度も何度も彼は泣いた。そして、人が一生に流せる涙の全てを使い切った時、自分を救う術を失った彼がしたのは、祈りだった。


 彼は神を知らず、仏も知らなかった。けれど、それでも何かによる救済を望んだ彼が祈ったのは、かつて彼の心を幸福で満たしてくれていた存在だった。


「父さん、母さん」


 言葉は無く、されど心の声は強く


「おじい様、おばあ様」


 捧げられるすべてを懸けて


「どうか……どうか僕を」


 彼は、《《願った》》


「どうかこの孤独な僕を、僕の心を、救ってください」


 魂からの救済を望みながら、彼はその目をゆっくりと閉じた――――。




「そしてその後、彼の身に奇跡が起こった」


「ええ、その通りです」


 呟くように言った私の言葉を、綱継さんが静かに肯定する。


「翌朝、彼が目覚めると、目の前に笑顔の父親がいた。驚いて体を起こすと、母も、祖父も祖母もいた。外へ出ると友人が出迎え、活気にあふれる村があった」


 孤独に苦しみ続けた彼の祈りは届き、その男は、幸せな生涯を暮らしたのだった。これが、亡夢伝承の始まりの話だ。


「幸せをすべて失っていた主人公が、祈りによって最後には救われる。ここまでが、私がたどり着いた亡夢伝承の内容です」


「ええ、私もその話を父からよく聞かされていました」


 懐かしむように、綱継さんは語る。でも…。


「でも、《《この話はこれで終わりではない》》、そうですよね」


「……そこまで、知ってらっしゃいましたか」


「あくまで調べた結果からの推測です。それと、私の個人的な感想も」


「貴方の見解を、聞かせてもらえますか?」


「もしかしたら、間違っているかもしれませんが」


「それでかまいません、話というものは、読み手次第で解釈が変わるものですから」


 その言葉に背中を押され、私は自分の思う亡夢伝承について口にした。


「まず、そもそもの話にはなるんですけど……この結末では、【亡夢】にはならないんです」


 そう、仮に、物語が本当にこんな幸せな結末であったとしたなら、何故この物語は、《《亡き夢》》と呼ばれているのだろうか。この結末にたどり着いた時に、私はそんな疑問を持った。


「もしこれが幸福な話ならば、そんな名前を付けてしまえばいい。これが現実では決して起こりえない今の意味の夢物語であるのならば、それもまた同じ話です。けれどこの伝承はほかでもない、【亡夢伝承】と呼ばれている」


 返答はなく、変わりに真剣なまなざしが向けられる。


「……私が、これがどういう事を意味するのかを理解したのは。この物語がフィクションなんかではなく《《この町で確かに起こっている現象である》》という事を知った時でした」


 

 この物語は、後世に語り継がれていく中で、様々な派生の物語が生まれていた。細かい設定こそ違うものの、おおよそどの話も最後は主人公が幸福になる結末で締めくくられていた。


 しかし、数ある話の中の僅か数話ではあるものの、他の話とは異なる結末を迎えているものがあった。


 その話もまた細かい設定は違うが、最後だけは同じだった。そのすべての話において主人公は、【すべての幸せを失っていた】。


 その違いが妙に気になった私は、それらの話にのみ着目してさらに調査を進めた。


 その結果見えてきたのは、それらは完全な創作ではなく、特定の人物の話を物語風にまとめた、いわゆる【伝録】であるという事だった。


 驚くことに、各物語の主人公について調べたところ、当人、もしくはモデルとなったであろう人物の名前まで特定することができた。


 そして、それはつまり、この話はただの伝承、話では無いのだという事を意味していた。


「突拍子に言ったところで、こんな話本来は誰も信じてなんてくれません。私だってきっとそうだったと思います。でも、ずっと調べ続けていた私には、これらすべてが偶然やらなんやらで説明できるような事には思えなかったんです」


 徐々に徐々に、私は自分でも気づかないうちに、この話にのめりこんでいった。


 最初は興味本位だったはずのこの調査は、いつのまにか私の人生をかけているのかというほど私の中で大きなものとなった。


 だからこそ、私はあの人に出会う事が出来た。


  『ありがとう、って言ったのよ』


 遠い昔の記憶を、つい昨日の事のように優しい口調で語るあの人に。

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