表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/31

第九話 もう一人の彼女 その2


 一時間ほどが経った後、私たちの乗ったバスはやっとのことでその場所へとたどり着いた。


 松ヶ原(まつがはら)市はこのあたりで一番発展している都市で、自然が広がる永和町とは異なり、ビルが立ち並び、人がごった返す都会である。


「……すげえな、これが都会か」


「田舎者が言いそうな事ランキング一位みたいな感想」


「んなこと言ったって事実なんだからしゃあねえだろ」


「はいはい。それで、着いたけど、行くあてはあるの?」


「一応ある程度は調べてっけど……澄希、なんか見たいものあるか?」


「えー、そうだなあ……」


 とりあえず、欲しいものを考えてみる。服、はしばらく買う気はない。アクセサリーとかも同じだ。じゃあ何か趣味のものを、といっても、これといった趣味もない。なら、あとは……。


「……音楽プレーヤー、とか?」


「音楽プレーヤーって、お前そんな趣味あったんだ」


「ああいや、そういうわけじゃないんだけど。友達が持っててさ、それでなんとなく思い浮かんだだけ」


「友達って、お前ほとんど縁切ったとか言ってなかったか?」


「それは前までの友達の話。その子は新しくなったの」


「あー……ちなみに、性別は?」


「女の子だよ、余計な心配はしなくて結構」


「なら、いいけどよ」


「今度機会があったら紹介するよ。ちょっと人見知りな子だから、勇樹の事見たらビビるかもしんないけど」


「なんだよ、人を強面みたいに言いやがって」


「別にそういうわけじゃないけど、ほら、表情が硬いからさ」


「まあ、それはそうかもな……って、この話はいいんだよ。それより、音楽プレーヤーでいいんだよな?」


「うん、大丈夫」


「なら、さっさと行くか」


 かくして、私たちは音楽プレーヤーを求め、未知なる都市を進んでいった。



「うわっ、値段高っかあ……」


 隣にいる勇樹から、思わず漏れたらしき感想が聞こえてくる。その手には、祈李が持っているものと同じプレーヤーが握られていた。心の中で言えないのかとも思いつつ、確かに高いなと、値札を見た私は勇樹の言葉に納得する。


 あれから数時間。私達は不慣れな街を彷徨いながら、プレーヤーが売っていそうな商店を巡り歩いていた。いざ入ってみると全然違う店だったり、見つけた!と思ったらお目当てのものでは無かった……。捜索は難航していたけど、つい先ほど、やっとのことで見つけることができた。


「……あー、えっと、これでいいんだよな?」


「うん、あってる。けど、確かに高いね」


「え、もしかして漏れてたか?」


「うん、それはそれは本音っぽいのが」


「……大丈夫だ、男に二言はねえ。金額も……ギリギリ足りてるし」


「あ、じゃあついでに何かカセットも買おうかなあ」


「鬼かお前は」


「流石に嘘だよ。それに、どうせ買うならお勧めとか聞いてからにしたいしね」


「友達、そんな詳しいんだ」


「本人はただ何回も聞いてるだけだっていってたけど、これはどうなのって聞いたらどの曲でもめっちゃ答えてくれるし、相当好きなんじゃないかな」


「……楽しそうだな」


「え、何が?」


「……いや、何でもない。じゃ、そろそろ買って来るわ」


「あ、うん。ありがと」


 それを聞くと、勇樹はレジの方へと向かっていった。話し相手もいなくなり、暇を持て余すことになった私は、少し店内を見て回ることにした。


 私達が訪れていたのは商店街の一角、ひっそりとたたずむ音楽系の店だった。あまり人はおらず、店員も一人だけで、静かな店舗だった。まあ、だからこそプレーヤーが残っていたんだろうけど。


 商品が並ぶ棚を見る。カセットだけでなく、レコードやCDまで、多種多様な音楽が集まるそれは、人が作ってきた歴史を感じさせるような気がした。彼らと比べればこれっぽっちも生きていない私に、果たしてそう呼べるものはあるのだろうか。


「これを聞いてるときだけは、現実を忘れられるんです」


 いつか、祈李はそう言っていた。そして、何度も彼女と曲を聞いて、私も何となくそれが分かった。目を閉じ、音楽だけに耳を澄ますと、それ以外を何も考えなくて済む……というか、それだけが全てになる。


 思考は曲を聞くことだけに集中し、居るはずの現実は本当はないんじゃないかとすら思えてきて、自分と世界の境界が曖昧になって、気づけば感覚までもが失われる。でも、それに私は不思議と心地よさを覚えた。辛い事なんて最初から無かったのかもしれないって、そう思えた。


「会計、終わったぞ」


 その声で、私は思考を現実へと戻した。


「ありがと。買ってもらっといてあれなんだけど、本当に大丈夫なの?」


「いいんだよ。俺なんかが澄希にできることなんて、これくらいだからさ」


「……じゃ、とりあえず出ますか」


「だな」


 袋に入った音楽プレーヤーを手に、私は外へと出て行った。


「…とりあえず今日のメインイベントは達成したけど、この後どうする?観光でもするか?」


「いや、いい。正直歩き疲れちゃったし、早く帰りたい」


「そか、なら帰るか」


 示し合わせたように、そろって足を向ける。それから、二人でゆっくりと歩き出した。日はいつの間にかずいぶんと傾き、空は橙色に染まっている。お互いに、話そうとはしない。特段話題がないのもあるけれど、それよりも、謎の気まずさがあった。


「……そういえば、何だけどよ」


「何?」


「いや、その、今日一日どうだっかなあって思ってよ。一応、俺はデートのつもりだったからさ」


「つもりって、そっちが誘ってきたのに……」


「改めて考えたらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきたんだよ……。って、それはいいんだよ。それより感想くれよ、感想」


「感想ねえ…そうだなあ、点数をつけるなら…まあ三十点くらい?」


「何点満点中?」


「百点満点中。」


「めっちゃ低いじゃねえか」


「当たり前でしょ、やったことといえば、ひたっすらに歩いてお店探しただけなんだから」


「それは……悪かった」


「まあ、最初っから期待してなかったから別にいいけどね。まあでも、まだ挽回はできるけど」


「え、マジで?」


「まじまじ、大マジ。だって、最後のイベントが終わってないし」


「イベント……え、何だよそれ」


「……あのさあ、仮にも好きな女の子デートって言って誘っといてそれはないでしょ」


「だから何がだよ」


「……だから! その……、あれだよ!あれ……」


「はっきり言ってくれよ、わかんねえ」


 ここまで言ってなぜわからないのか、この男は、なんだ、あれか?玉ナシなのか?けれどもう、ここまで来たら、私の方から言うしかない。


 そして、私は一つ息を吸うと、その言葉を口にした。


「……だからあ! 告白とか! しないのかなって!」


「……ああ~」


「え、何その反応」


「いやあ、そういや言ってなかったと思って」


「流石に殴っていい?」


「ちょ、ちげえから。その、俺としてはもう言ったようなもんかなって思ってたからよ」


「なおのことタチが悪い、ただの自己満足じゃん」


「本当に悪かったって……。でも、ごめん。やっぱここじゃ言えないわ」


「は?」


「怖いって、とりあえず訳を聞いてくれよ」


「はあ……どうぞ」


「ありがとな……で、訳ってのがよ。俺自身、まだそんなこと言えるほどまともになれてないというか、成長しきってないって思ってるんだよ。実際、まだ何も解決できてないし」


 否定は、出来なかった。だって、それは紛れもない事実だったから。彼は、さらに言葉を続ける。


「後、さ。俺が言えたことじゃないてのはわかってるんだけど……そっちの方も、まだ解決してないから」


「それは……関係ないでしょ、勇樹には」


「かもしれない。でも、今のお前を救えるほど、俺は強くないからさ」



 そう言われ、心が少し重くなった。否定したくても、私自身がそれを拒んだ。だって、実際私は、彼が背負えるほどの軽い人間じゃないから。


 本当は、勇樹のことをとやかく言えるほど、私はまともじゃなかった。彼のように抗う勇気も、かといって何もかもあやふやにするようなやけくそさもなかった。


 嫌なことから逃げ出して、何もかも忘れようようとして、でも出来なくて。それでも何でもないように振る舞って……。


【私は祈李と対等でいたい】


 突然、頭にその言葉がよぎった。あの場所で、彼女の前でだけしか、私は誠実で居られなかった。


 でも、それすらも結局は嘘で、本当の私はともすれば彼女よりもよっぽど弱く脆い存在だ。決して対等なんて、言えたものじゃない。


「……悪い、雰囲気壊したな」


 申し訳なさそうに、彼が言った。違う。私が強かったなら、そんな風にはならなかった。でも、それを素直に言えなかった。


「いや、いいよ。振ったのは私だし」


「……そうか」


 それから、再び会話は無くなった。いつの間にかバスを降りた駅付近まで来ていた為か、様々な人の音が耳へと響いてきた。


 手元を見る。袋に入っているのは音楽プレーヤーだけで、肝心のカセットは入っていない。勇樹の方を向くと、何を見据えているのか、ただ真っ直ぐに前を見つめていた。


 しばらくして、帰りのバスが私たちの前にやってきた。私は足を前に進め、そのバスへと乗り込む。



 こうして、私の初デートは終わったのだった。


――カチッ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ