第九話 もう一人の彼女 その2
一時間ほどが経った後、私たちの乗ったバスはやっとのことでその場所へとたどり着いた。
松ヶ原市はこのあたりで一番発展している都市で、自然が広がる永和町とは異なり、ビルが立ち並び、人がごった返す都会である。
「……すげえな、これが都会か」
「田舎者が言いそうな事ランキング一位みたいな感想」
「んなこと言ったって事実なんだからしゃあねえだろ」
「はいはい。それで、着いたけど、行くあてはあるの?」
「一応ある程度は調べてっけど……澄希、なんか見たいものあるか?」
「えー、そうだなあ……」
とりあえず、欲しいものを考えてみる。服、はしばらく買う気はない。アクセサリーとかも同じだ。じゃあ何か趣味のものを、といっても、これといった趣味もない。なら、あとは……。
「……音楽プレーヤー、とか?」
「音楽プレーヤーって、お前そんな趣味あったんだ」
「ああいや、そういうわけじゃないんだけど。友達が持っててさ、それでなんとなく思い浮かんだだけ」
「友達って、お前ほとんど縁切ったとか言ってなかったか?」
「それは前までの友達の話。その子は新しくなったの」
「あー……ちなみに、性別は?」
「女の子だよ、余計な心配はしなくて結構」
「なら、いいけどよ」
「今度機会があったら紹介するよ。ちょっと人見知りな子だから、勇樹の事見たらビビるかもしんないけど」
「なんだよ、人を強面みたいに言いやがって」
「別にそういうわけじゃないけど、ほら、表情が硬いからさ」
「まあ、それはそうかもな……って、この話はいいんだよ。それより、音楽プレーヤーでいいんだよな?」
「うん、大丈夫」
「なら、さっさと行くか」
かくして、私たちは音楽プレーヤーを求め、未知なる都市を進んでいった。
「うわっ、値段高っかあ……」
隣にいる勇樹から、思わず漏れたらしき感想が聞こえてくる。その手には、祈李が持っているものと同じプレーヤーが握られていた。心の中で言えないのかとも思いつつ、確かに高いなと、値札を見た私は勇樹の言葉に納得する。
あれから数時間。私達は不慣れな街を彷徨いながら、プレーヤーが売っていそうな商店を巡り歩いていた。いざ入ってみると全然違う店だったり、見つけた!と思ったらお目当てのものでは無かった……。捜索は難航していたけど、つい先ほど、やっとのことで見つけることができた。
「……あー、えっと、これでいいんだよな?」
「うん、あってる。けど、確かに高いね」
「え、もしかして漏れてたか?」
「うん、それはそれは本音っぽいのが」
「……大丈夫だ、男に二言はねえ。金額も……ギリギリ足りてるし」
「あ、じゃあついでに何かカセットも買おうかなあ」
「鬼かお前は」
「流石に嘘だよ。それに、どうせ買うならお勧めとか聞いてからにしたいしね」
「友達、そんな詳しいんだ」
「本人はただ何回も聞いてるだけだっていってたけど、これはどうなのって聞いたらどの曲でもめっちゃ答えてくれるし、相当好きなんじゃないかな」
「……楽しそうだな」
「え、何が?」
「……いや、何でもない。じゃ、そろそろ買って来るわ」
「あ、うん。ありがと」
それを聞くと、勇樹はレジの方へと向かっていった。話し相手もいなくなり、暇を持て余すことになった私は、少し店内を見て回ることにした。
私達が訪れていたのは商店街の一角、ひっそりとたたずむ音楽系の店だった。あまり人はおらず、店員も一人だけで、静かな店舗だった。まあ、だからこそプレーヤーが残っていたんだろうけど。
商品が並ぶ棚を見る。カセットだけでなく、レコードやCDまで、多種多様な音楽が集まるそれは、人が作ってきた歴史を感じさせるような気がした。彼らと比べればこれっぽっちも生きていない私に、果たしてそう呼べるものはあるのだろうか。
「これを聞いてるときだけは、現実を忘れられるんです」
いつか、祈李はそう言っていた。そして、何度も彼女と曲を聞いて、私も何となくそれが分かった。目を閉じ、音楽だけに耳を澄ますと、それ以外を何も考えなくて済む……というか、それだけが全てになる。
思考は曲を聞くことだけに集中し、居るはずの現実は本当はないんじゃないかとすら思えてきて、自分と世界の境界が曖昧になって、気づけば感覚までもが失われる。でも、それに私は不思議と心地よさを覚えた。辛い事なんて最初から無かったのかもしれないって、そう思えた。
「会計、終わったぞ」
その声で、私は思考を現実へと戻した。
「ありがと。買ってもらっといてあれなんだけど、本当に大丈夫なの?」
「いいんだよ。俺なんかが澄希にできることなんて、これくらいだからさ」
「……じゃ、とりあえず出ますか」
「だな」
袋に入った音楽プレーヤーを手に、私は外へと出て行った。
「…とりあえず今日のメインイベントは達成したけど、この後どうする?観光でもするか?」
「いや、いい。正直歩き疲れちゃったし、早く帰りたい」
「そか、なら帰るか」
示し合わせたように、そろって足を向ける。それから、二人でゆっくりと歩き出した。日はいつの間にかずいぶんと傾き、空は橙色に染まっている。お互いに、話そうとはしない。特段話題がないのもあるけれど、それよりも、謎の気まずさがあった。
「……そういえば、何だけどよ」
「何?」
「いや、その、今日一日どうだっかなあって思ってよ。一応、俺はデートのつもりだったからさ」
「つもりって、そっちが誘ってきたのに……」
「改めて考えたらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきたんだよ……。って、それはいいんだよ。それより感想くれよ、感想」
「感想ねえ…そうだなあ、点数をつけるなら…まあ三十点くらい?」
「何点満点中?」
「百点満点中。」
「めっちゃ低いじゃねえか」
「当たり前でしょ、やったことといえば、ひたっすらに歩いてお店探しただけなんだから」
「それは……悪かった」
「まあ、最初っから期待してなかったから別にいいけどね。まあでも、まだ挽回はできるけど」
「え、マジで?」
「まじまじ、大マジ。だって、最後のイベントが終わってないし」
「イベント……え、何だよそれ」
「……あのさあ、仮にも好きな女の子デートって言って誘っといてそれはないでしょ」
「だから何がだよ」
「……だから! その……、あれだよ!あれ……」
「はっきり言ってくれよ、わかんねえ」
ここまで言ってなぜわからないのか、この男は、なんだ、あれか?玉ナシなのか?けれどもう、ここまで来たら、私の方から言うしかない。
そして、私は一つ息を吸うと、その言葉を口にした。
「……だからあ! 告白とか! しないのかなって!」
「……ああ~」
「え、何その反応」
「いやあ、そういや言ってなかったと思って」
「流石に殴っていい?」
「ちょ、ちげえから。その、俺としてはもう言ったようなもんかなって思ってたからよ」
「なおのことタチが悪い、ただの自己満足じゃん」
「本当に悪かったって……。でも、ごめん。やっぱここじゃ言えないわ」
「は?」
「怖いって、とりあえず訳を聞いてくれよ」
「はあ……どうぞ」
「ありがとな……で、訳ってのがよ。俺自身、まだそんなこと言えるほどまともになれてないというか、成長しきってないって思ってるんだよ。実際、まだ何も解決できてないし」
否定は、出来なかった。だって、それは紛れもない事実だったから。彼は、さらに言葉を続ける。
「後、さ。俺が言えたことじゃないてのはわかってるんだけど……そっちの方も、まだ解決してないから」
「それは……関係ないでしょ、勇樹には」
「かもしれない。でも、今のお前を救えるほど、俺は強くないからさ」
そう言われ、心が少し重くなった。否定したくても、私自身がそれを拒んだ。だって、実際私は、彼が背負えるほどの軽い人間じゃないから。
本当は、勇樹のことをとやかく言えるほど、私はまともじゃなかった。彼のように抗う勇気も、かといって何もかもあやふやにするようなやけくそさもなかった。
嫌なことから逃げ出して、何もかも忘れようようとして、でも出来なくて。それでも何でもないように振る舞って……。
【私は祈李と対等でいたい】
突然、頭にその言葉がよぎった。あの場所で、彼女の前でだけしか、私は誠実で居られなかった。
でも、それすらも結局は嘘で、本当の私はともすれば彼女よりもよっぽど弱く脆い存在だ。決して対等なんて、言えたものじゃない。
「……悪い、雰囲気壊したな」
申し訳なさそうに、彼が言った。違う。私が強かったなら、そんな風にはならなかった。でも、それを素直に言えなかった。
「いや、いいよ。振ったのは私だし」
「……そうか」
それから、再び会話は無くなった。いつの間にかバスを降りた駅付近まで来ていた為か、様々な人の音が耳へと響いてきた。
手元を見る。袋に入っているのは音楽プレーヤーだけで、肝心のカセットは入っていない。勇樹の方を向くと、何を見据えているのか、ただ真っ直ぐに前を見つめていた。
しばらくして、帰りのバスが私たちの前にやってきた。私は足を前に進め、そのバスへと乗り込む。
こうして、私の初デートは終わったのだった。
――カチッ




