第八話 墓参りにて その2
林を抜けてやってきた風が、涼しさを残して去っていく。代わりに彼らが持っていくのは、白く立ち昇る線香の煙だ。
二つの墓にそれぞれ線香を供え、手を合わせる。少しの間を開けた後、私は立ちあがって後ろの彼女へ席を譲る。
言葉は交わさない。決してさっきの気まずさが続いているわけではなく、彼女に何かを言う資格なんて、誰にもありはしないからだ。
※※※※※※※※
私は火のついた線香を受け取ると墓に供え、目を瞑って手を合わせた。
事を終えた私は、立ち上がって後ろを振り向く。そこには笑顔で私を見る綾音さんと、それはそれは気まずそうに目を逸らす悪質な覗き魔がいた。
覗き魔の方は無視して、満足そうな綾音さんに話しかける。
「お参り、終わりました」
「ちゃんとお父さんとお母さんに挨拶できた?」
「挨拶ですか?」
「ええ、随分久しぶり顔を見せたんだから、挨拶はちゃんとしないと」
「あー……まあ、はい。できました」
「そう、なら良かったわ。」
その返答を聞いて、私はこっそり胸を撫で下ろす。どうやら、私がただ見よう見まねでやっていたことはバレていないらしい。
「さて、これで全員お参りできたし、帰る準備しましょうか」
綾音さんはそういうと持っていた袋からなにかを取り出した。見ると、それは棒に何か円上のものがついていて、真ん中には蝋燭がたてられている。
「……」
「祈李君、どうかした?」
眺めていたのが気になったのか覗き魔が話しかけてきた。
「……」
「……頼むから、そろそろ口くらい聞いてほしいんだけど。」
「……」
「……その、私が悪かったよ、ごめん」
「誠意が足りない」
「……後で何でも言うこと一つ聞きますので、ここは何卒」
「次やったら殴るから」
「……はい」
「それで、何の話?」
確かに言質を取った私は話を戻す。
「ああいや、対したことじゃないんだけど、君が物珍しそうに提灯を見てたから、何だろうと思ってさ」
「ちょうちん?」
「うん、提灯」
「へえ、あれってそういう名前なんだ」
「……」
「何?」
「いや、その、本気で言ってる?」
「じゃなきゃこんなこと言ってない」
「……」
「こいつマジか、とか思ってる?」
「うわぁ、とは思った」
「仕方ないでしょ、知らないものは知らないんだからさ」
「いやまあ、確かに普段じゃ使わないけどさあ」
「なにが使わないの?」
いつの間に準備を終えたのか、綾音さんが唐突に会話に混ざってくる。
「……急に加わらないでくださいよ」
「あら、聞いちゃダメな話でもしてたの?」
「いや、そういう訳じゃないですけど」
「じゃあ、どんな話?」
「その、それです」
私は、綾音さんの手にあるそれを指差した。それが準備だったのか、ちょうちんは先ほどとは違い、丸い筒状になっていた。
「……ああ、そういうこと。なら、はい」
言葉の意図を理解すると同時に、綾音さんは私にちょうちんを手渡してきた。
手渡されたそれを少し観察する。どうやら紙でできているらしいそれの中で、蝋燭にともった火が揺らめいていた。手を近づけてみるとほんの少し温かい。
「これ、明かりですか?」
「そうよ。昔は電灯なんてなかったから、それで夜を過ごしていたの」
「へえ」
「でも、今日はそういう目的じゃないわ」
「じゃあ、何なんです?」
「これはねえ、迎え火よ」
「迎え火?」
「ええ。お盆に帰ってきた人たちを、この光で家まで案内するのよ」
「……成る程」
「とまあ、そういうわけだから。帰る間ちゃんと持っててね」
「え?」
「せっかく来たんだから、自分の両親は自分で案内してあげなさい」
「いや、でも私…」
「いいから、ね?」
「……はい」
私は、再び圧に負けた。
「さて、それじゃあ帰りましょっか」
綾音さんと私の二人が提灯を持ち、私達は帰路を辿っていく。しかし、一度通った程度で山道に適応できるわけもなく、しばらくすると行きと同じように、私と真那は置いていかれた。
墓から歩いて数分後、私達はすっかり見えなくなった時雨家の後を追いながら、マイペースに歩みを進めていく。
行きは新鮮味があったものの、一度知った道と言うのは思いの外つまらないもので、私は提灯に意識を払いながらこの退屈をどう紛らわそうかと思案した結果、同じように退屈しているであろう真那との対話で暇をつぶそうという結論に至った。
とりあえずいくつか話題になりそうなものを決めて話しかけようと後ろを向くと、そこに真那の姿はなかった。
※※※※※※※※
「……」
迎え盆の帰り道、私は歩みを進めつつ物思いにふけっていた。いつの間にか時雨家も祈李君も見えなくなっていたが、考え事をする分にその方が都合がいい。そんな風に珍しく真剣になって私が考えていたのは、祈李君のことだった。
四日ほど前からか、祈李君はそれまでの彼女と比べ何かが、より具体的に言うならば精神性が変わったような気がする。以前の彼女は、全てを包み隠すような陰鬱さを抱えていた。何をしても、誰が動こうと意味をなさないであろうその精神性は、一年ぶりに帰ってきても変わっていなかった。
ところがあの日以降、彼女はよく言えば表情豊かに、悪く言えば明確な取捨選択をするようになった。それは私にはまるで何か、彼女の中で明確な線引きが出来たように見えた。
さっきまでの彼女の様子を思い返す。墓を掃除する綾音さんを見ていた彼女はひどく冷ややかで、さらに言えば醜いものを見るような雰囲気があった。
一方、提灯について会話をしている間の祈李君の雰囲気はどちらかと言えば子供、それももの知らぬ幼子のように感じられた。
今までの全てを取り繕うような彼女ならば、あそこまで露骨に感情を見せることなんてなかっただろう。
そういえば、あのからかった時の彼女も私の想定とは違う反応をしていた。その前の二つは大して変わらない反応だったのに、どうしてあの時だけはあんな反応をしたのだろう。いや、そもそもとして、今まで自分の見た目に無頓着だった彼女があんなことをしていたのだろうか。
「……あ」
馬鹿だなあ、私は。簡単な話じゃないか。彼女は、祈李君はもう見つけたんだ、自分を救ってくれる誰かを。むしろそうじゃなかったらどう説明するっていうんだ。
綾音さんも友寄さんも清美さんも、時間ならいくらでもあったはずなのに、自分たちの都合で無駄にしているうちに誰かに先を越された。結局、誰も彼女は救えなかったというわけだ。それに何より、彼ら以上に何もできなかった私の希望は、とうとう潰えてしまったというわけだ。
彼女の目に、私はどう映っていたのだろう。やっぱりただのろくでなしだろうか。それとも、助けようという声だけ挙げて、実際は何もしない根性なしに見えていただろうか。いやまあ、どちらも正解なわけだけど。
そもそも私はどうしようもないのだ。普通に生きることも、何かに染まることも、ましてや誰かを救うなんて、私にはできやしなかった。なんせ、私は彼女と同じ。いや、もしかしたら彼女以上に自分以外の誰かに縋っていたのだから。
「……何してんの?」
「……先に行ってたんじゃなかったっけ」
「そうだけど、暇だから話しかけようとしたらあんたいなかったから」
「何だ、私を心配して戻ってきてくれたわけじゃないのか」
「誰があんたの心配するのよ」
「……まあ、それもそうか」
「ほら、突っ立ってないで行くよ」
「急かさないでくれないかなあ。私ももう年なんだから」
「あんたはただの運動不足でしょ」
「それは君もだろう」
「出不精の大学生よりかはマシだと思うよ」
「将来君もそうなりそうだけどね」
「私、あんたと違うから」
「……だろうね」
太陽が容赦なく照らす中、互いに軽口を言いながら、私たちは歩き出すのだった。




