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第八話 墓参りにて その1

8月13日


「……あっっづい」


 夏も中盤を迎え、それに比例して増していく暑さに今日も私は嘆いていた。寒いならまだしも、暑いのはどうしようもない。脱ぐのに限界がある以上、それより先は大嫌いな体力勝負になるから私は嫌いだ。


 だがしかし、今日ばかりは屋外に出ないわけにはいかない。なんせ、人を待たせてしまっているのだから。


「とはいえ、暑いのはやっぱ嫌だなあ……」


「んなこといってるから余計にそう思うんだよ」


「いやあ、嘘はつきたくないからさ」


「私まで暑くなるからやめてって話なんだけど」


「……あーあ、本当に暑いなあ」


「大学って人間関係の作り方とか習わないわけ?」


「少なくとも私は受講したことはないかなあ」


「なるほど、なら仕方ないね」


 時雨家の少し後を歩きながら、二人で他愛ないやり取りをする。慣れていない山道を歩いているせいか、前の三人との距離は着々と離れていた。

 

 そもそも、本来ならどちらもわざわざ行きたがる様な性格ではない上、私に至っては完全な部外者であるため、二人とも行く気はなかった。


 しかし、そんな意思は綾音さんの凄まじい圧よって、易々と砕かれた。完全なる敗北を喫した私達に、拒否権は存在しなかった。


「……それにしても、ずいぶんと歩くんだねえ」


 わずかに舗装されただけで、ほとんど獣道のようなそこを歩きながら私は呟く。


「文句ならついてから本人達に言えば?」


「いやあ、それはやめておくよ。どれだけ言ったところで、帰り道が楽になるわけじゃないしね」


「別に嫌味言われるわけでもないんだから、愚痴くらい言えばいいのに」


「どうだろうねえ、なんせ他でもない祈李君の親だからなあ」


「……私、やっぱり言いたいことははっきり言ったほうがいいと思うんだよ」


「ふむ、急に言い出した理由は分からないけど、確かにそうかもしれないね」


「ほんとほんと、思ってるだけじゃ相手に伝わらないし」


「だけど、時には言わないのも優しさだと私は思うよ?」


 バチバチと、見えない火花がそこには散っていた。それ以上にはせず、されど互いに一歩も譲ることもない。かくして、そんな誰も得をしない冷戦状態は、目的地にたどり着くまで続けられたのだった。



 入口についてから数十分。長い山道を歩ききった私たちは、やっとのことでそこへと辿り着いた。高台の端にあるその場所は、まるで木々が避けているかのようにそこだけが開けていた。その奥には、大地の代わりに美しい町の景色が広がっている。



――その風景を二人で寄り添って眺めるように、彼らはその場所で眠っていた。

 


 綾音さんは到着すると準備をし、慣れた手つきで墓石を磨き始めた。遥も彼方も同じようにやり始める。


 三人の様子を見るに、きっと何度も何度も、数えきれないくらいこの場所を訪れているのだろう。


 来る前に平気だとは言ってくれたものの、どうにも自分は触れてはいけないような気がして、私はその様子を傍で眺める。


 とても穏やかで、見ているだけで幸福さを感じさせるような風景。けれどそこには、本来一番あるべき姿は存在しなかった。


 道中あんなに私と話していたのが、嘘のように思えた。綾音さんに持っていてと頼まれた線香や花を抱えながら、ただ無機質に、人形のようにただただ目の前の光景を眺めている彼女の目には、この光景はどのように映っているのだろうか。



※※※※※※※※



 愛されているんだなあ、なんて思った。


 あんなに穏やかな綾音さんの顔を、私は見たことがなかった。墓石へ向けられるあの優しい目線を綾音さんから向けられたことなんて、私は一度もない。


 謝罪と後悔と責任の混ざり合ったあの真っ黒な目しか、私は知らない。


 綾音さんがどれだけ表情を取り繕ったとしても、目に宿る私の亡霊への思いは消せていなかった。


 例え綾音さんがどれだけ愛していると私に言ったところで、結局のところそれは償いの言葉でしかない。


 遥や彼方は私の事を姉だと慕ってくれるけど、それは勘違いだ。だって、綾音さんにとって私は娘ではなく、体のいい償いの道具なのだから。

 

 道中で真那と話す事で誤魔化していた感情が、私の胸に満ちる。仮にこの感情に名前を付けるのならばきっと、それは『失望』と、そういうのだろう。


「……祈李君?」


 不意に真那に話しかけられて、私は意識を底から呼び戻す。どうやら、声をかけられてしまうくらいにはぼーっとしているようだったらしい。これ以上考える気が失せた私は、潰すことにしたことにした。


「……何?」


「いや、あまりにぼーっとしてるものだから、立ったまま寝てるんじゃないかって思ってさ」


「そんなこと出来るわけないでしょ」


「まあ、それはそうか」


 まっすぐに正論を言われてしまい、私はうんうんと納得する。それと同時に、二人の間に沈黙が訪れる。


※※※※※※※※※


 ほんの少しの気まずさが漂い始め、仕方なく何を話そうかと私が思案しようとした時、彼女の方から話題を振られた。


「……手伝わないの?」


「誰が?」


「あんたが」


 主語のない話題に問い返すと、そんな答えが返ってきた。今だ彼女が見据えている景色を見返して、ほんの少しの笑みを浮かべながら答えを返す。


「何言ってるんだい。あれはどう見ても部外者が、ましてや私が混ざれる雰囲気じゃあないじゃないか。」


「部外者って、一応血縁でしょ」


「だとしても、君の一家の墓に関わる理由なんて私にはないよ」


「まあ、それもそうか」


 まだほんの少し納得していないような声色を聞いて、私は更に納得のいく理由を述べる。


「それに、名前も知らない誰かに適当にやられるよりは、自分のことを思ってくれる人にやってほしいだろうしね」


「あんたってそこまで気が回る人間だったっけ」


「失礼だなあ、私だって人並みの感性くらいあるよ?」


 その言葉に対して明らかな疑いの目を向けた後、祈李君は私に一つの問いかけをしてきた。


「本当にそう思ってるならさ、私に言うことがあると思うんだけど」


「言う事?」


「そうだよ、あるでしょ」


 いってみろ、という圧を受けた私は、仕方なく心当たりを挙げていく。


「君にこっそりと嫌いな野菜押し付けてたことなら謝るよ」


「確かに言うべきことだけどそれじゃない」


「うーん。なら、君の部屋にある本勝手に借りて読んでる事かな?」


「それも違う」


「ええ……」


 これだと思った二つが外れた私は、睨まれているのも気にせずに思考する。彼女が入ろうとした瞬間に駆け足でトイレに駆け込んだことだろうか、それとも彼女が珍しく執着していたお菓子を三時のおやつに食べたことだろうか。


 気づけばどんどん浮かんでくる心当たりを探っていき、やがて私は、一つの答えにたどり着いた。


「なら、君が不気味な顔で妙にニヤニヤしながら、たいして代わり映えもしない服を選んでるのをこっそり見てたこと?」


「……は?」


 先ほどまでの呆れたような返答とは違い、驚愕がこもった声が聞こえてくる。隣を見ると、少し前のあの人形のような顔はどこへやら、祈李君は人間らしさ前回の呆け顔を見せていた。


「どうしたんだい?そんな面食らったような顔して」


「え、いや、だって……」


「忘れもしない、あれは二日前のことだった。いやあ、まさか君にあんな一面があるなんて思いもしなかった……よ?」


 自ら生み出した絶好の機会。手を大げさに振り、わざとらしい演技をすることなんていくらでも出来た。いつもなら、既にいくつかのキツイお言葉を頂戴していたことだろう。けれど、今回に限ってはそんなことは起こらなかった。


 ただただ沈黙が場を支配する。そこには、初めての反応にどうしていいかわからず固まる私と、頬を染めるでもなく、何かしら反発するでもなく、理解をしたくない様子でフリーズしている彼女がいた。


 彼女にとってそれは、死刑宣告だったらしい。まあ、誰だって自分が浮かれている姿なんて、見られたいものではないだろう。まして、普段はそんな姿を欠片も見せようとしていない人であったなら。


「おーい、二人ともこっちに来なさあい!」


 掃除が終わったのか、私たちを呼ぶ声が聞こえた。耳に届いたその声で、私はハッと我に返る。冷静に思考ができるようになった私は、祈李君が持っている花と線香を貰い、一人で墓の方へと歩んでいった。


「ありがとう、真那」


「いえいえ」


「それでなんだけど、あれは……何があったの?」


 綾音さんが不思議そうな顔で私の後ろを見る。何の話かなんて、聞くまでもないだろう。


「あれは……そっとしておいてあげてください」


「……それもそうね。久々に来たんだもの、心構えもあるものね」


 そうじゃないんですとは、言えなかった。

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