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風と樹と

 一陣の風がイチョウの樹に恋をしました。

 彼は彼女の気を引こうと、樹の周りをぐるぐる駆け回りながら夢中でしゃべりかけました。


  「ねえねえ、こんな話知ってる? ・・・」


 それまで地上を駆け巡りながら目にしてきた色々な出来事や様々な風景の話です。


  「でさぁ、こんなこともあったんだよ・・・」


 それがたいそう面白かったのか、イチョウの樹はうっそうと生い茂る緑の梢を揺らして、くすくす笑ってくれました。

 それがたまらなく嬉しかったのか、一陣の風は度々その丘に立ち寄るようになりました。

 そして、動けないイチョウの樹のために、旅の途中で仕入れてきた話をたくさん聞かせてあげるのです。

 いつしかイチョウの樹も、そんな一陣の風に好意をもつようになっていました。


 そしてよく晴れたある秋の日。

 またいつものようにやってきてくれた風に、イチョウの樹はこう声をかけました。


  「少し私の梢で休んでいってくださいな」


 それは、素朴な愛情と親切心から出た言葉でした。

 事実、イチョウの梢には、多くの小鳥や昆虫たちがゆったりと羽を休めていました。

 そこは、誰にとっても居心地のいい楽園だったのです。

 でも一陣の風は、なぜかイチョウの樹の周りをぐるぐる回り続けるばかりで返事をしません。

 イチョウの樹は、再度優しく誘いました。

 

  「そんな駆け回ってばかりいたら、さぞかし疲れるでしょう。ささ、遠慮しないで」


 すると風は、いつにない神妙な口調でこう言ったのです。


  「僕のこと・・・ずっと忘れないでいてくれる?」


 彼女は最初、何のことか分かりませんでした。

 それでもにっこり微笑んで頷きました。

 ひとしきり、ザワッと波打つイチョウの梢。

 そして、消え入りそうな風の声。

 

  「僕も君のこと忘れないよ」

 

 それが、おしゃべりな風の最後の言葉でした。



 風が立ち止まるとどうなるか。

 それを彼が知らなかったはずもないでしょう。

 でも彼は、それを自ら選んだのかもしれません。

 最後に、一度でいいから大好きなイチョウの梢で休んでみたいと思ったのかもしれません・・・

 以来、イチョウの樹は秋になると、はらはらと悲しげな音を立て風の後を追うように色づいた葉を舞い落とすようになったそうです。


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