第4章 ファースト・ギャザリング
会議が終わるころには、空はすでに夕暮れに染まっていた。
蛭間キュウタロウは、荷物をまとめると藤宮に声をかける。
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### 蛭間
「藤宮、俺は先に帰るよ。」
### 藤宮
「ああ、気をつけてな。」
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駐輪場へと向かい、自転車を取り出す蛭間。
ペダルを漕ぎ出すと、正門の前に――すでに天花アミヤの姿があった。
彼女は蛭間の行く手を塞ぎ、仕方なく蛭間はブレーキをかける。
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### 蛭間
「……また俺の行く手を塞ぐつもりか?」
### アミヤ
「昨日のこと、本当に気になってるの。……ねえ、私たち、以前どこかで会ったことない?」
### 蛭間
「……ふむ。答えは昨日と同じだ。お前の記憶違いか、あるいは単に“似てるだけ”の他人だ。」
### アミヤ
「……不思議なの。あなたを見ていると、どうしても“知らない人じゃない”って思えてしまうのよ。」
### 蛭間
「なら――それだけ伝えたかったのなら、もう行かせてくれ。」
### アミヤ
「待って!」
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アミヤは蛭間の袖を掴む。
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### アミヤ
「どうしてそんなに私を避けるの? 私……なにかあなたに酷いことをした? それとも――」
### 蛭間
「やめろ。」
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冷たい瞳。氷のように鋭い眼差しがアミヤを射抜いた。
その瞬間、彼女は小さく肩を震わせ、怯えた表情を浮かべる。
その様子を見て、蛭間の胸に罪悪感が込み上げた。
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### 蛭間
「……すまない。」
### アミヤ
「大丈夫よ。……ねえ、お願いしてもいい?」
### 蛭間
「……?」(小さく頷く)
### アミヤ
「この近くに飲み物を売ってるお店ってある?」
### 蛭間
「ああ、コンビニなら知ってる。」
### アミヤ
「連れて行ってくれない?」
### 蛭間
「……分かった。」
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蛭間は自転車の後輪に足乗せ用のステップを付けると、アミヤを後ろに乗せる。
二人を乗せた自転車は、夕暮れの街を走り抜けた。
街灯に照らされる横顔。
時折後ろを振り返ると、アミヤが楽しそうに微笑んでいて――その笑顔に、蛭間の鼓動が速まる。
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やがてコンビニに到着。
蛭間はいつもの缶コーヒーを、アミヤはオレンジジュースを手に取った。
会計は蛭間がまとめて済ませる。
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### アミヤ
「えっ……いいの? 奢ってくれるなんて……」
### 蛭間
「……」(無言で頷く)
### アミヤ
「……ありがとう。」
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二人はコンビニ近くのベンチに腰を下ろす。
夜風に揺れる髪の中、アミヤが口を開いた。
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### アミヤ
「ねえ、キュウタロウ。」
### 蛭間
「……ん?」
### アミヤ
「私……高校の時に“記憶喪失”を患ったの。原因はよく分からないの。父は“人を信用したせいだ”と言うし、母は“事故に巻き込まれた”って言う。
……でも母は言ってたの。“誰かに助けられた”って。その人はとても優しくて、心の綺麗な人だったって。
でも――母は決して、その人の名前を教えてくれなかった。」
### 蛭間
「……そうか。よく頑張ったな。……お前がこれからも諦めずに前を向けることを、俺は願ってる。」
### アミヤ
「ふふっ……やっぱり、あなたって優しい人なのね。」
### 蛭間
「……そんなことはない。」
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そんな会話の最中、アミヤのスマホが震えた。
画面を見た瞬間、彼女の顔が青ざめる。
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### アミヤ
「やばいっ! 迎えを待ってたのに忘れてた!」
### 蛭間
「なにっ!?」
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慌てて自転車に再び乗り、急いで大学へ戻る。
正門にはすでに黒塗りの高級車が停まっていた。
車から降りてきたのは――ビジネスマン然とした厳格な男。
天花アミヤの父だった。
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### アミヤ
「……お父さん? どうして今日は自分で?」
### アミヤの父
「仕事が早く片付いた。たまにはお前の大学も見ておこうと思ってな。」
男の視線が蛭間を捉える。
そしてアミヤにだけ短く言った。
### アミヤの父
「アミヤ、中に入れ。」
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不安そうにしながらも、アミヤは車に乗り込む。
次の瞬間――男は蛭間の前に歩み寄り、拳を振り抜いた。
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### 蛭間
「――っ!」
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鈍い音。
蛭間の額から血が流れ落ちる。
しかし彼は膝を折ることなく、ただ静かに立ち尽くした。
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### アミヤの父
「……二度と同じことを繰り返すな。次は容赦しない。」
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短く言い残し、男は車に乗り込んだ。
黒塗りの車は音もなく走り去り――蛭間は血を流しながら、ただ自転車に跨り夜の闇へと消えていった。
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翌日。
大学に現れた蛭間は、何事もなかったかのように授業を受ける。
授業後、スマホにメッセージが届いた。
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### アザミ
「ジョンソン・センター・プロジェクト全チームへ。
明日正午、研究・開発学科の講堂にて集会を開く。
活動計画・出発日・現地でのスケジュールを話し合うので必ず出席するように。」
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蛭間は藤宮に知らせ、二人は急いで会場へ。
全員が揃ったところで、アザミが立ち上がった。
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### アザミ
「諸君、よく来てくれた。
まず出発は十五日後。現地到着から三日後に作業を開始する。
初日は向こうの発売予定ゲームの調整作業だ。その後は――我々自身の新作企画を進める。
だから出発までに“新しいゲームのアイデア”を必ず考えてきてほしい。」
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### アミヤ
「現地での生活環境は?」
### アザミ
「心配するな。宿泊費も生活費も教授陣が手配済みだ。ただ、滞在場所の詳細はまだ確認中だ。」
### アミヤ
「……分かったわ。」
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### アザミ
「他に質問は?」
(沈黙)
### アザミ
「では――本日の会議はこれにて終了だ。」
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会議が終わり、学生たちは散っていく。
蛭間は自転車に乗り、アパートへと帰った。
夜。
昨日の出来事を思い返すうちに――頭を締め付けるような激しい痛みが襲う。
(……なにを……思い出し……そうに……?)
だが蛭間はそれを「ただの疲れ」だと思い込み、ベッドに沈み込むのだった。
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✦ 作者コメント ✦
蛭間の記憶の奥底に潜む真実とは何か。
なぜアミヤの父は彼を憎むのか。
答えは、まだ遠い。
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