第4話 押しが強い美人さんは要注意
「君が噂のジェンダーレス美少年?」
そういきなり真琴に問い掛けてきたのは、ショートボブがスタイリッシュに整えられた、芸能人にいてもおかしくないと思えるような、活発そうで、人懐っこい雰囲気の美人さんだった。
「うわっ……、めっ……ちゃ美人……」
「へ……!?」
こんな美人にいきなり至近距離まで詰められてコショコショ声で囁かれたら、真っ当な男子ならすぐ惚れてまうやろー!
「お……おぉ……。あ、ありが……とう?」
ショートボブ美人は顔を真っ赤にしてサァーっと元の体勢に戻っていった。
「まさかこんなストレートに褒められるとは……。恥ずかしいもんだね」
「あの……、いきなりどちら様ですか?」
「あっ、そっかそっか。自己紹介してなかった。ごめんごめん」
ノートの適当なスペースに名前を書きはじめた。
「瀬戸つかさ。ひらがなでつかさ。よろしくね」
「つかささん……」
一人称僕なんだ。
「そう!僕は僕なんだ。てか、さん付けは無しでしょ。同級生じゃん?普通にツカサでいいよ。で、君は?ホワッチャネイム?」
真琴もノートの端っこに名前を書いて見せた。
「鈴宮真琴」
「画数多いのに、パッと見で可愛いって印象だね」
うん。ちょっと何言ってるか分からないけど……。
チャイムが鳴ると同時に教師が入って来て、一旦私語厳禁になった。
講義が終わり、その後の受ける教科が別々ということで、LINEを交換して、昼休みに学食でまた合うことになった真琴。
昼休み、学食に着いて彼女がいるか見渡してみると、フロアの一番奥。窓際のテーブルからこちらに大きく手を振っているのが見えた。
学食はまるでショッピングモールのフードコートのような広いフロアで、和食と洋食に別れた食券券売機と窓口があった。
「そば、うどんなら1分で出来るよ!」
新入生に優しい調理場のおばちゃんが教えてくれた。
温かい鴨そばで食券を渡すと、おばちゃんは手際よく作り始めた。そして、1分も経たない内に、
「はいよ〜。鴨そばお待ち!」
「ありがとうございま〜す!」
「ゆっくり噛んで食いなね〜!」
おばちゃんのおおらかな口調と笑顔になんだかホッコリする真琴だった。
誰が見ても美人の部類のつかさの、対面に僕は座った。つかさはつかさで、オムライスを3口程食べ始めていた。僕も初めての大学の学食の味というものを食してみよう。
おばちゃんの優しさが付与された深みのある鴨出汁。その出汁をわずかに吸った蕎麦がまた美味い。そして何より温かい。
「うん。旨い!」
「オムライスもなかなかだよ」
つかさは大きく掬ったオムライスを口いっぱいに一口で頬張っていた。
「ウッマ!」
見た目によらず食いっぷりがいい人なんだな。
どちらかが会話を切り出すわけでもなく、ただひたすらに美味しそうに食べ進める二人。見ていて飽きない美少女と美少年の食べっぷりに、周囲の生徒や調理場の大人たちがしばしば目を奪われていたことを、二人は知らない。
「ところで、朝のことだけどさ……?」
「朝の?」
「僕が妙な噂になってるって話」
真琴がそう聞くと、つかさはコップに残っていた水を飲み干してからズイッと顔を寄せてきた。
「君は本当はジェンダーレスなんじゃないかって噂なんだけどね」
「え、入学早々なんでそんな噂になってんの!?」
「あぁ〜。やっぱり自覚無かったか」
「どういうこと?」
「マコちゃん、マコちゃんて呼んでいい?」
「いや、ちゃんはちょっと……」
真琴は露骨に嫌がったが、
「もう決まり。マコちゃんね!」
どうやら拒否権はないらしい。
「マコちゃん、そんなカワイイ顔してんのに、服装があまりにも男の子過ぎんのよ。ボーイッシュと言えばよく聞こえるけど、顔に似合わず男くさい感じがするっていうか」
「え、いや、僕普通に男なんですけど……?」
「……え、ホントに!?その顔で!?」
つかさは信じられないという顔をした。
「なんか失礼だな」
「あっ、ごめんごめん」
女体化してしまっているという事実はあるけど、戸籍上は間違い無く男だったのだから、ここは男として突き通さないと。
つかさの話によると、サークルのプレゼンで、真琴がサブカル研究会の勧誘を受けていたことに原因があるらしい。確かにあのサークルのあの先輩二人はそういう人たちだった。
「う〜ん……」
「まだ何か?」
「うん。どうにも可愛すぎる」
「…………」
褒められてるんだろうけど、素直に喜べないな……。
「うん!分かった。とりあえず……」
「とりあえず?」
「ご馳走様でした。トイレ行きたい」。行こっか」
「え、あ……うん。ご馳走様でした」
トイレ前でつかさを待ちながら、真琴は少し悩んでいた。
瀬戸つかさ。果たして彼女とは仲良くして大丈夫なんだろうか……?やっぱりいっそ白状して、体は女子だけど精神は男子だと言ってしまおうか。でももし、体は女だという話が広まれば、学校での過ごし方に支障が出る。精神が男だからと、女子の体で男子トイレを使うのはまずい気がする。肉体も精神も男だと言い張ればそれはもう間違い無く男だ。つかさや他のみんなも、僕の外見がどう見えてても関係ない。僕は、鈴宮真琴は男。そう。女体化なんてしていない!
真琴はそう自分を納得させることにした。
トイレ前で腕を組んで独り頷いている真琴の背後に、静かに忍び寄る影が……。
「そろ〜り……。失礼!」
グワシッ!
「ぅぴゃあああああっ!?」
つかさが背後から突然真琴の胸を鷲掴みにしてきた。あまりの不意打ちに可愛い悲鳴を上げてしまった真琴。
「あ、なるほど……。これは男だ。失敬失敬」
「いきなり何してんだよー!?」
一気に5メートル程離れる真琴。
「うん。やっぱり真琴は可愛いすぎる。男だと納得はしたけど、可愛いすぎる。ダメだ!」
「なんなんだよもう!」
結局……。
僕が本当は女か男か、それともジェンダーレスかという噂の問題については、とりあえずつかさにだけは男だということで納得させることが出来た。女体化しても貧乳だったのが幸いだった。更にサラシブラを着けていたことも。下半身さえ見られなければ絶対にバレないことが分かった。あと股間を鷲掴みにでもされない限り。
「マコちゃん」
「なに?」
「友達んなったついでちょっと相談あるんだけど……」
「藪から棒だね。……いや、いきなりだね。なに?」
「今晩マコちゃん家泊めてくれない?」
「藪から棒通り越して、便器から蛇だったよ」
「面白い例えだね」
「距離の縮め方にびっくりだわ……」
「いきなり過ぎなのは分かってる。けど、ダメ?」
「とりあえず理由を聞こうか」
訳を聞いてみると、理由はこうだった。
ここ数日、両親の夫婦喧嘩が続いていて日に日に激化しているという。初めこそ止めに入ったり、両方の弁護役をしてその場を納めたりしていたが……。
「もう限界……。面倒見切れないよ。家に帰りたくないんだよ。だからさ……マコちゃんお願い。今日泊めて」
「う〜ん……、事情は分かったけど」
「そういえばマコちゃんも実家から?」
「ううん。僕は引っ越して来てアパートぐらし」
「一人暮らしってこと?じゃあ……!」
「いや、同居人がいるんだ」
「それってルームシェアってやつじゃん!いいなぁ〜」
「う〜ん……」
「泊まれなくてもいいや。代わりに部屋見たい!」
「……ちょっ!?」
腕に絡んできた瀬戸さんの大きな胸が腕に押し付けられる。
「胸胸!胸めっちゃ当たってるってば。僕が男だってこと忘れてない!?」
「あっ、そうだったね。カワイイからつい。あっ、でもこれで」
つかさは何やらニヤリとこちらを見てきた。
「ラッキースケベの罰として今晩泊めて」
「…………」
美人さんだけど、この人面倒くさい……。
結局、なし崩し的にというか、半ばゴリ押しで友達になった瀬戸つかさに押し切られる形で、真琴はつかさを連れて帰宅することになったのだった。
……続く




