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第15章「失ったものと新たな一歩」(2)

 シンはベッドへ横たえられ、榎本が簡易的な診察を始める。

 ユキはそばで息を詰め、コウタとナツミは部屋の端で見守る。


 「聞こえる? 痛むところとか、他にある?」


 榎本が問うと、シンは弱々しく首を振る。


「頭が……何か抜けてく……でも痛いような……気もする……」と曖昧に返す。


 榎本は苦い顔で、「休んで。何も考えなくていいから。ユキさん、あなたも疲れてるでしょ?」と目を向ける。

 ユキは「いいえ、わたしは大丈夫……シンが目を覚ましたら、ちゃんと支えてあげたくて……」と真剣な表情を浮かべる。

 榎本は静かに頷き、「ええ。なら、付き添ってあげて」と優しく言う。

 コウタが「俺とナツミはどうすれば?」と訊くと、「あなたたちは念のため、外で研究員が入り込まないか見張ってくれない? まだ奴らが諦めたわけじゃないと思うから……」と答える。


 「分かった。ナツミ、一緒に廊下で警戒しよう」


 コウタが言うと、ナツミは大きく頷く。


「うん、あたしもこのままじゃ落ち着かない。シンを守りたいから、動けるうちに働くよ!」と言い残して、二人は保健室を出て行く。 


「シンくん……今は眠っていいから。ユキさんがずっとそばにいるわ」


 榎本が優しく声をかける。

 シンは目を閉じつつ「……ほんとに、いるの……?」と確認するように呟く。

 ユキは「ここにいる……絶対に離れないから……」と囁き、手を重ねる。

 シンはわずかに唇をほころばせ、「ありがとう……ごめん……」とまた謝罪を漏らす。

 ユキは目を潤ませながら、「もう謝らないで……」と頭を振る。


 「――ねえ、先生……」


 ユキはふと榎本を見上げる。

 榎本は「何かしら……?」と耳を傾ける。

 ユキは息を整え、「本当にわたしたちを守ってくれるんですか……?」と問いかける。

 榎本は切なげに眉を下げ、「守るわ。私は……研究所のやり方に疑問を感じていたの……あなたたちが苦しむ姿を見て、このまま従うなんてできない……」と答える。

 ユキはその言葉に読心を絡めて本心を探るが、偽りは感じない。

 「先生……ありがとう……信じても……いいですか……」と再び涙ぐむ。


 「ええ、信じて。私ももう逃げない。あなたたちと一緒に戦う。研究所がどれだけ手を伸ばしてこようと、私が盾になるわ」


 榎本ははっきりとそう宣言し、ユキは頷き、「私……信じます……」と小さく微笑む。

 シンは半覚半眠の状態で、「ふたりとも……仲良くしてる……?」と半ば寝言のように呟く。

 ユキは苦笑して「仲良くするよ、先生も仲間だから……」と答える。


 それから数十分ほど経過し、コウタとナツミが保健室へ戻ってくる。


「先生、とりあえず校内は落ち着いてる。研究員はもう見当たらないし、外にも警備員が立ってるっぽい」とコウタが報告する。


 榎本は「よかったわ。しばらくは大丈夫かもしれない」と安心し、ナツミは「……ただ、文化祭はもうめちゃくちゃだけど」と肩を落とす。


 「シンが助けてくれたのに、あれじゃ台無しだよね……」


 ナツミが苦い顔で言うと、ユキは小声で「でも、みんなが大怪我せずに済んだのは、シンのおかげ……」と呟く。

 コウタは「そうだな、ステージ崩落を止めてくれたんだ。記憶を失う代償がデカすぎるけど……」と拳を握りしめる。


 するとシンが再びかすれた声で「……俺が助けたの……?」と問いかける。

 ユキはシンのほうを向き、「そうだよ、あなたが能力使ってステージを支えた……でも、そのせいで記憶が一気に飛んじゃったんだよ……」と寂しげに語る。


 「そっか……忘れたくなかったのに……また……」


 シンは悔しそうに顔を歪める。

 ユキは「大丈夫……私たちが思い出させるから……」と手を握り直す。

 コウタも「そう、俺たちが何度でも教えてやるよ。お前は白山シンで、俺らの大事な仲間だってな!」と笑顔を作る。

 ナツミも「そうそう、ユキと一緒にすれば完璧だって!」と背中を押すように言う。


 榎本はそんな光景を見て、「あなたたちは本当に素晴らしい友情で結ばれてるのね……」と微笑む。

 「私も外から見ていて、なんでこんな子たちを傷つける研究なんかがあるのか……と悲しくなったわ」と呟くと、ユキは顔を伏せ、「先生……それなのに、あなたは……」と言いかける。

 榎本は静かに首を振り、「ごめんなさい。でも、もうあなたたちを守りたい。それしか今は言えないわ……」と答える。


 ユキはしばし黙り、やがて小さな声で「わかりました……私、先生の手を借ります……」と返事をする。

 コウタとナツミが「じゃあ、これからどうする?」という顔つきで榎本を見やると、榎本は「そうね、まずはシンの体力を回復させつつ、研究所がどう動くか確認する。私が報告書を改ざんして“もう限界だ”と伝えておくから、当面の時間稼ぎはできるはず」と提案する。


 「それで研究員が引き下がるならいいけど……」


 コウタは腕を組んで眉をしかめる。

 ナツミも「完全に諦めるとは思えないよね……。でも、やるしかないか」と悔しそうだ。

 ユキはシンの顔をのぞき込み、「シン、辛くても大丈夫だから……私たちが絶対助けるからね……」と静かに誓う。

 シンはかすれ声で「うん……ありがとう……」と返し、ユキの手をそっと握りしめる。


 ◇◇◇


 そうして数日が経った。

 文化祭は混乱のまま幕を下ろし、大きな怪我人こそ出なかったものの「ステージ崩壊と謎の騒ぎ」で生徒や教員は大騒ぎだった。

 しかしシンとユキが能力を使ったことは公にならず、研究員も姿を現さない。

 榎本が裏で必死に動き、報告を捏造して“彼らはもう研究に使えない”と上を説得したらしい。


 シンは学校を数日間休んで静養し、その間にユキやコウタ、ナツミ、そして榎本が看病と護衛を兼ねて世話をしていた。

 記憶は依然として戻らず、友人たちとの思い出の大半が抜け落ちたままだが、「不思議とみんながそばにいてくれるだけで安心するんだ」とシンはこぼしていた。

 ユキはそれを聞き、「私も、あなたの記憶が戻らなくても、また関係を作っていきたい……」と頬を赤らめてつぶやき、シンは「ありがとう……」と何度も礼を言う。


 ◇◇◇


 いよいよ登校再開の日。

 シンが教室に顔を出すと、クラスメイトは「大丈夫か?」「やっと来たな!」「あのとき倒れたって聞いたけど……」と心配の声をかけてくる。

 シンは覚えていない顔がずらりと並んでいるのに、「うん……なんとか大丈夫……」と苦笑して答える。

 ユキは冷静を装っているが、シンが一人で対応するのを気にかけている様子だ。


 ナツミがさっそくやって来て、「シン、元気そうじゃん! よかった!」と笑顔で手を振る。

 シンは名前を覚えている数少ないクラスメイトとしてナツミを見て、「ああ、ナツミ……本当にありがとう……」と正直な言葉を返す。

 ナツミは「もー、何度もお礼言われると照れるってば!」と照れて頭をぽりぽり掻く。


 続いてコウタも現れ、「ヨッ、お帰りシン。調子はどうだ? 記憶戻ったか?」とからかうように声をかける。

 シンは苦笑して「残念ながらまだ……でも、コウタの顔だけは慣れてきたよ。毎日来てくれたから」と返し、コウタが「バカ、やめろ、恥ずかしいだろ!」と赤面する。


 そんなやり取りを微笑ましく見ていると、ユキが「……よかったね、シン。自然に会話できてるよ」と静かにささやく。

 シンは「ああ、なんだか、最初より楽になってきた……ありがとな、ユキ」と応じる。

 ユキはそこでは照れくさそうにそっぽを向くが、「私は……」と呟いてから、「こっちこそ、ありがとう……」と弱々しい声で返す。

 シンはその言葉を聞いて胸がじんと熱くなる。


 ◇◇◇


 休み時間、シンは改めてユキと二人で机を寄せ合う。

 ユキは相変わらず薄い表情だが、「あの……あなたがいない間、私、ずっと考えてた。研究所のこととか、自分の読心力のこととか……」と切り出す。

 シンは「聞きたい……教えて。俺、ユキのことも……知りたいんだ」と真剣に応じる。

 ユキはほんの少しだけ頬を赤らめ、「いつか……全部話す。あなたが耐えられるなら、全部……」と約束する。

 シンは「うん、聞かせて……全部知りたい」と頷く。


 そんな二人のやり取りを遠目に見て、コウタとナツミが「ったく、あいつらもう完全にバカップルだな」とヒソヒソ話をする。

 だが、嬉しそうに笑い合っているのが分かる。

 「よかったね、二人とも、いろいろあったけど……」とナツミはしみじみ言い、コウタは「ああ、まだ研究所の影が消えたわけじゃないけど……ひとまずは落ち着いた感じか」と深く息をつく。


 ◇◇◇


 放課後、シンはユキとともに昇降口を出て行く。

 校門のあたりで、保健医の榎本が待っていた。

 彼女はショートカットの髪をまとめ、やや疲れた表情で微笑んでみせる。


 「二人とも、おかえりなさい。今日はどう? 体調は……」と気遣う。

 シンは「大丈夫です。まだ全部は思い出せないけど、ユキや友達が助けてくれてるから」と答える。

 ユキもうなずき、「はい……私も頭痛はだいぶ落ち着きました……先生こそ、お疲れじゃないですか?」と尋ねる。

 榎本は「あら、ありがとう。まあ、研究所からの連絡が減ってきて、少し安心したところよ」と安堵の笑みを返す。


 「先生、本当にありがとうございました。施設への報告を改ざんしてくれたから、研究員たちが大人しくなったんですよね……?」


 ユキが神妙な面持ちで言うと、榎本は「ええ。完全に引き上げたわけじゃないけど、“シンとユキはこれ以上実験に使えない”と信じ込ませるように徹底したの。上層部も、無理に追うよりは一旦様子見をするんじゃないかしら」と説明する。


 「そうか……よかった……」


 シンはほっと息をつき、榎本は続ける。


「ただ、また別の形で暗躍する可能性はある。私も備えておくし、あなたたちも気をつけて。何かあればすぐに相談してほしいわ」


 ユキは「わかりました……私も、読心力を上手くコントロールできるように少しずつ試してみます……」と決意を込めて言う。

 シンは「俺も、念動力をもう使わないように……ってわけにもいかないけど、記憶を失うのは怖い……」と苦い顔をする。

 榎本は「必要以上に使わなくていいように、フォローするから、無理しないで」と返す。


 その光景を少し離れた場所で見ているコウタとナツミは、顔を見合わせ、「なんだかんだ言って、このチームいい感じにまとまってるじゃん?」と苦笑する。

 ナツミが「うん、もうドタバタはたくさんだけど……あたしたちも協力してやらなきゃね」と肩をすくめ、コウタは「だな。記憶と感情がヤバい二人を、俺らが面倒見ないと」と頷く。


 シンとユキは校門を出て、空を見上げる。

 夕焼けが白い校舎を染めており、遠くでは吹奏楽部の残響が聞こえる。


「あの文化祭、俺、ちゃんと思い出せないんだよな……」とシンが呟く。

ユキは「そうだね……私も感情が麻痺しかけてたから、正直、記憶が断片的……」と苦笑する。

「でも、また来年の文化祭があるから……それまでに少しずつ、取り戻せばいいんじゃない?」と穏やかに提案する。


 「……ユキ、来年も一緒に……できるかな……」


 シンは不安を口にするが、ユキは「できるよ。もう、絶対に、あなたを放っておかないから」と静かに誓いの声を出す。

 シンはドキッと胸を騒がせ、思わず口元が緩む。


「……ありがとう。じゃあ、来年……ちゃんと覚えていたいな……」と言いながら、照れくさそうに笑う。


 ユキは頬を赤らめ、「覚えてなくても、私が覚えてるから、何度でも教えてあげる……」と微笑する。

 そんな二人を見て、コウタがやんちゃな声を上げる。


「おーい、イチャついてる場合かよ! 帰るぞー!」と手を振って呼ぶ。

 ナツミも「ったく、青春してんのはいいけど、こっちが置いてきぼりじゃん!」と軽口を叩く。

 ユキが「そ、そういうんじゃないよ……」と顔を赤くし、シンは記憶が曖昧なりに「う……ごめん……」と謝る。


 しかしその姿に嫌味はなく、むしろ微笑ましさを感じさせる。

 四人は笑い合いながら下校の道を歩き始める。

 榎本は少し後ろで、「見ていても飽きないわ……」と独りごちる。


 ◇◇◇


 そして物語は、ほんの少しの後日譚を迎える――。


 数日後、シンは通常登校に復帰していた。

 クラスメイトは「体調どう?」と気遣ってくれるし、コウタとナツミは以前にも増してシンを大切に扱っている。

 ユキは相変わらず人前では無表情気味だけど、休み時間にはシンの隣に座り、小さな声で「今日の授業は分かった?」と話しかける。シンは「うん、たぶん大丈夫……もし分からなかったら教えて」と返して微笑む。


 榎本からは、「研究所は一時的に撤退した」との知らせがあり、彼女自身も何とか立場を繕っているようだ。

 でも、いつまた暗躍してくるか分からない。

 シンとユキが二人で昇降口を歩いていると、ふとそんな不安が胸をよぎる。

 ユキは「でも、怖がってばかりも嫌だよね。これからは堂々と生きたいし……あなたと一緒に、普通の青春がしたい」と言う。

 シンは目を丸くして、「普通の青春……俺も、それがいい……」と微笑む。

 「記憶は戻らないかもしれないけど、ゼロから一緒に作っていいかな?」と遠慮がちに尋ねると、ユキは優しく微笑み、「……うん、いいよ」と頷いてくれる。


 こうして二人は、新しい関係を築いていくことを決めた。

 コウタやナツミが「お前ら、ホントにいい感じになったな!」「ユキの表情が柔らかくなってない?」と茶化すと、ユキは「そ、そんなことない……」と照れるが、まんざらでもない様子だ。

 シンは何度も名乗り直すかもしれないし、ユキが時に感情を失いそうになるかもしれない。

 しかし、仲間たちの温かな支えがあれば、困難を乗り越えられるだろう。


 ◇◇◇


 榎本は学校の資料室で密かに研究所関連のファイルを廃棄していた。

 書類をシュレッダーにかけ、「ごめんね……」と誰にともなく呟く。

 そうして彼女は窓際に立ち、夕日を見つめる。

 スマホに着信があるが、表示された番号を確認し、「もう、従うわけにはいかないわ……」と呟き、拒否する。

 画面が消えると、遠くの廊下をスーツ姿の影が横切るのが見えた――研究員だ。

 彼がこちらを一瞬睨んだ気がするが、榎本は逃げずに目を合わせる。

 「来るなら来なさい……私も覚悟はできてるの……」と心の中で言葉にする。


 ◇◇◇ 


 とある高層ビルの一角。

 あの研究員が上司と話しているらしき背中だけが映る。


「やはり彼らは……使えなくなったと榎本が申告しておりますが……」

 「まだ手はあるはずだ。子どもたちを見捨てるわけにいかない……あれほどの能力があるのだ……」と闇の声が交わされる。

 だが今はまだ動けないと判断したのか、「しばらくは中止だ……」という言葉が響き渡った。


 ◇◇◇ 


「なあ、ユキ……また一緒に、いろんなことを作り上げたい……文化祭だって、来年もあるんだろ?」


 ある日の下校途中、シンが不意に言い、ユキは微笑を浮かべる。


「そうだね。来年こそは、ちゃんと一緒に楽しみたい……記憶がなくても、私が教えてあげるから。今度こそ……二人で笑おう?」とささやく。

 シンは「うん、絶対笑おう」と誓う。

 コウタとナツミが「なんだかんだでラブラブだな」「もう付き合っちゃえよ!」とふざけるが、ユキは照れ隠しで「こら、うるさい……」と呟きつつも、顔はどこか嬉しそうだ。シンはその表情を眺めて、心がほんのり温かくなるのを感じる。


 こうして、物語は続いていく。

 研究施設の闇も消えたわけではない。

 だが、シンとユキ、コウタとナツミ、そして榎本真理。

 それぞれの思いが交錯しながらも、守りたい未来がある限り、彼らは戦いをやめないだろう。

 記憶と感情を失ってもやり直せるという希望が、ここに存在しているのだから。


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