第13章「祭りの喧騒と忍び寄る破綻」(1)
「シン、ちょっと! ぼーっとしてないで、さっさとステージ裏の大道具チェックしてよ!」
風間ナツミが声をかけてきた。
「ごめん、ちょっと人の多さに圧倒されて……。わかった、行くよ」
シンは申し訳なさそうに頭をかきながら、昇降口のほうへと足を動かす。
ナツミが隣に並び、「あんたがぼんやりしてると、すぐ作業が滞るから。ほら、時間ないんだから」と急かすようにつぶやいた。
「はいはい、了解。……でも、想像以上に賑わってるな、うちの文化祭。外からもお客さんがいっぱいだ」
「そりゃそうでしょ、この時期は近所の人や保護者も大勢来るから。模擬店とか大人気だし。……ほら、見てみなよ」
ナツミが指差す先では、生徒が何人も屋台の設営を仕上げており、「ここもう少し飾り欲しいかも!」「あと5分でオープンだから!」と大声を上げていた。ときどき保護者が「楽しそうねえ」と笑顔を浮かべて通り過ぎる。
「あれ、シン、ユキは? 一緒にいたんじゃないの?」
ナツミがふと気づいて首を傾げる。
シンは背後を振り返り、「あ、そういえば……」と声を漏らした。
「わたしなら、ここにいる」
少し離れた場所から、ひそやかな声が聞こえる。
「ユキ、急に消えるから焦るだろ」
シンが苦笑する。
ユキはあまり表情を変えず、「ごめん。人の感情が多すぎて、少し離れたかった」と小声で答える。
まわりの生徒の高揚感や興奮が波のように押し寄せ、ユキを頭痛に追い込んでいるのだ。
「大丈夫なの?」
ナツミが眉を寄せて尋ねると、ユキはかすかに頷く。
「無理はしない……けど、今日はクラスの出し物もあるし……できる限り頑張る」
「そっか。……ま、あたしとコウタがフォローするからさ。シンとユキは、ほどほどにやりなよ」
ナツミは安心させるように笑い、腕時計を確認して「悪いけど、もう行かなきゃ。来客向けの案内ポスター、貼ってない教室があってさ」と駆け足で去って行く。
「……やっぱり頼りになるよな、ナツミ」
シンがぽつりとつぶやき、ユキは黙って頷く。
二人は昇降口をくぐり、校舎内へ入った。
天井に吊るした紙飾りやカラフルな案内板が視界を埋め、あちこちからクラスメイトたちの「こっちの準備終わった?」「ステージ照明チェックオーケー?」という声が飛び交う。
すると、どこかでガタンという大きな音が響いた。
シンが顔をしかめ、「今の音、何……?」と呟く。
見ると、廊下の奥で「やばいやばい!」と叫ぶ声が聞こえ、人が走り回っている気配だ。
ユキが少し目を伏せ、「……行ってみよう」と言い出す。
◇◇◇
二人が駆け足で向かうと、模擬店用の大きな道具がバランスを崩しかけていた。
三人ほどの生徒が「倒れる倒れる! 誰か押さえて!」と悲鳴混じりに手を伸ばしている。
道具は長いパネル状で、上に重い看板が取り付けられ、倒れたら怪我をする人が出るかもしれない。
「これ、やばい……支えなきゃ!」
シンが反射的に走り寄る。
思わず念動力を使おうかと思ったが、「使ったら記憶が……」という警鐘が頭をよぎる。
かろうじて踏みとどまって、両腕でがっしりとパネルを受け止めた。
「うっ……重い!」
シンは歯を食いしばり、周囲の生徒が「ありがとう!」とすぐに駆け寄って負荷を分散してくれる。
どうにか倒壊を免れ、パネルは壁際に固定された。
「大丈夫、間に合った……」
ユキが近づいてくる。
「シン、よかった。間に合ったね……でも、あなた、大丈夫?」
ユキが静かな声で尋ね、シンは「うん、腕がちょっと痛いけど、平気。ユキこそ頭痛くない?」と尋ね返す。
「わたしは……人が多いのと驚いた声で、少しノイズが強いけど……大丈夫、まだ耐えられる」
ユキはこめかみに手を当てているが、頑張ろうという意志が見える。
見守っていた生徒が「ほんとに助かったよ、シン、ありがとう!」と感謝して去っていく。
シンは照れ笑いを浮かべ、「いや、俺は大したことしてない……」と呟く。
◇◇◇
午前中は、大きなトラブルもなく過ぎていく。
ステージでは軽音部の演奏や、生徒会主催の催しが行われ、拍手が鳴りやまない。
教室に仕込んだ展示も順調らしく、シンのクラスメイトが「シン、今日は失敗も忘れ物もなくバッチリじゃん!」と冗談を飛ばす。
「いやー、やればできる男だって証明できたろ!」
シンが照れ笑いすると、「本当によかったよ、ユキも倒れたりしないで済んでるし!」という声が重なる。
周囲は笑い合い、ひとときの平和を満喫しているようだ。
ユキは人混みに耐えながら椅子に腰かけて休むことが多いが、コウタとナツミが「飲み物買ってきたよ」とこまめにフォローするので、何とか倒れずにやり過ごしている。
シンも何度か頭痛を覚えるが、スマホのメモを見ながら「あ、忘れそうだったけど、これ持ってこなくちゃ!」などと言って回りを笑わせている。
「思ったより何も起きないね。……考えすぎだったかなぁ」
シンがやや緊張を解いたように微笑むと、ユキは胸の奥に残るざわつきを抱えつつも、「そう……だといいんだけど」と小声で返事をする。
けれど視線は落ち着かず、読心力を通して、誰かの焦りを感じ取っているような表情だ。
「ユキ、どうした? 痛むの?」
シンが気づいて問いかけるが、ユキはかすかに首を横に振る。
「ううん、ただ、保健室の方から……妙な気配が……」
「保健室?」
「先生が、何か重い箱を運んでるのを感じた。……あの人、緊急用とか言ってるみたいだけど……本当なのかな」
ユキの言葉で、シンの背筋に寒気が走る。
「気をつけろよ、シンとユキが狙われるかも」と言っていたのはナツミとコウタだ。
シンは(まさか本当に何か仕掛けるつもり……?)と胸騒ぎを覚えるが、午前中は何も起こらないまま昼を過ぎてしまった。




