奏空のユーチューブ
フローライト第四十八話。
中学に入ると奏空は急にサッカーをやりたいとサッカー部に入った。それまでスポーツには、あまり興味がなさそうだったので明希は少し驚いた。
けれどそれを聞いた利成の母が反対した。どうやら奏空の才能をみて、将来は奏者にと考えているようだった。
日曜の昼間に家に訪れた利成の母は明希に言った。
「スポーツはダメよ。怪我の元」
「でも・・・本人がやりたがっていて・・・」
「それを阻止するのが親の役目でしょ?子供の言いなりはダメよ」
「はぁ・・・」
「今日は奏空は?」
「ちょっと遊びに行ってます」
「そう・・・とにかくまず明希さんから言って。麻美さんもそう言ってるって私の名前出してもいいから」
「はぁ・・・わかりました」
そういうことで絶対言うことを聞かないだろうと思い、明希はその日の夜利成が帰宅した後に言うことにした。
「奏空?」と奏空の部屋のドアを開けると、奏空がベッドに寝転んで本を読んでいた。
「何?」と本から視線は本を見つめたまま奏空が答えた。
「あのね、今日麻美さんが来たんだけど・・・」
「ん・・・」と視線はあくまでも本に向けられている。
「スポーツはやめなさいって・・・」
「ふうん・・・」とやっぱり本を見ている。
「何か本格的にレッスンをさせたいらしいよ」
「へえ・・・」とまったく聞いている様子がない。
「どうする?」と明希が聞くと、ようやく奏空が起き上がって本を閉じた。
「どうするって何?」
「だからサッカー、やめれる?」
「何でやめなきゃならない?」
「だから・・・聞いていた?」
「聞いてたよ」
「麻美さん、あなたのことプロにしたいみたいなのよ」
「へぇ・・・何のプロ?」
「だからピアノに決まってるでしょ」
「ハハ・・・」と急に笑い出す奏空。
「バカじゃない?」とそして続ける。
「バカとはなによ?」
「バカはバカ。明希のことだよ?」
(は???)
「ひどい、親に向かってバカとは何よ?」
「バカはバカ!」と奏空が大声で言って部屋を出て行く。
「ちょっと、奏空?!」と明希が追いかけると「わっ、バカが追いかけてくる」と大袈裟にリビングの方に逃げていく。
「奏空!!」と明希は大声で言いながら奏空の後を追いかけてリビングに入った。
すると奏空がちゃっかりと利成の隣に座って、一緒にパソコンをのぞきこんでいた。明希が大声をだしたので利成が顔を上げた。
「もう!奏空?」
明希が言っても奏空が知らんふりなので、利成が「どうかした?」と二人を見比べた。
「奏空ったら私のことバカだって」
そう言うと利成が奏空の顔を見た。奏空は平然とパソコンをのぞき込んだままだ。
「利成からも注意して。そもそも利成のお母さんが、奏空にサッカーやめさせなさいっていうのが発端なんだから」
「麻美さんがそう言ったの?」
「そう」
「そうか、まあ、そんなのは構わなくていいよ」
「そうもいかないでしょ?私がまた言われちゃう」
イライラとした調子で言ったら「明希、まず深呼吸して」と利成に言われる。
(もう・・・)
「いいよ、もう」と明希はリビングから出て寝室に行った。
(二人してバカにしてるんだから)と腹が立つ。
明希はベッドに入って頭まで布団を被った。自分ばかり最近奏空に怒っているのだ。利成はいつも家にいないからわからないのだと思う。
カッカきながら布団の中にうずくまっていたら寝室のドアが開く音がした。
「明希」と利成の声が聞こえてベッドに座る気配がした。
「麻美さんの話は気にしなくていいよ。俺から言っておくから」
「・・・・・・」
黙っていると急に布団の上からギュッと体重をかけられた。
明希が「重い」と言うと「明希、ごめん」と今度は奏空の声が聞こえた。
「バカって言ったの悪かった」
「ほんとにそう思ってる?」
「うん。思ってるよ。だから出てきて」と明るい奏空の声が響く。
明希が布団から顔を出すと、奏空が急に頬にキスをしてきた。
「明希、愛してる」と言う奏空。
(ちょっとそれ、利成の真似だよね?)と思い利成の顔を見ると、もう完全に笑いをかみ殺したような表情をしていた。
「利成?」と明希が咎めるように言うと「ん?」と表情を何とか取り繕っている。
「じゃあ、お母さんにはちゃんと言っておいてね」
「わかったよ」と今度は利成が頬にキスをしてきた。
「ちょっと二人してバカにしてる?」
「してないよ」と利成が明希の頬を撫でた。
「じゃあ、俺もう風呂入るね」と奏空が寝室から出て行った。
「はぁ・・・」と奏空が部屋から出て行くと明希はため息をついた。最近奏空に振り回されっぱなしだ。
「明希は可愛いね」と利成が言う。
「また?バカにして!」と明希は布団の中に潜った。
「ごめん、ごめん、バカになんてしてないから」と利成が笑いながら謝ってくる。
「・・・知らない」
「奏空、ユーチューブで歌ってるらしいよ」
(え?)と明希は布団から顔を出した。
「ほんと?」
「うん、本人が教えてくれたよ」と利成が笑顔で言う。
「見たの?」
「まだ見てないよ」
「なんてアカウント?」
「SORAだって」
「何それ、そのまんま?」
「そう」と利成も笑っている。
明希はスマホを開いて検索した。ピアノを弾きながら歌っている奏空が映る。曲は聴いたことがなかった。横から利成ものぞいてくる。
「いつのまに取ってたんだろ?これうちのピアノだよね?」
「そうだね」
「曲も知らないし・・・」
「多分それ奏空のオリジナルだよ」
「え?あの子が作ったの?」
「そうだと思うよ」
「えー・・・そうなんだ・・・」
テンポのいい曲だったが、どこかアンバランス?
「何だかでたらめっぽいけど・・・?」
「デタラメっぽいけど、ちゃんとできてるよ」
「そうなの?」
暫し奏空の曲を聴いた。
(ああ、何だか昔の利成を思い出す・・・)
「利成の昔のユーチューブ思い出すね」
「そう?」
「うん、何か懐かし気持ちになる」
「ん・・・明希のユーチューブはどうしたの?」
「私のはそのままだよ」
「そうか・・・」
子供の成長を追いかけているうちに、今を見失うなんてことはよくあることだ。ユーチューブの歌が縁で利成と再会できたことを思い出した。
「何だか奏空のほうが大人みたいだよね・・・」とぽつりと言ったら、利成が「明希はいつまでも素直で純粋だからね」と言った。
「純粋?」
「そう、心が綺麗ってことだよ」
「そんなことないのに・・・」
「奏空もそれをわかっててわざとなんだよ」
「わざと?それじゃ利成とおんなじじゃない」
「ハハハ・・・そう?」
「もう、いつも大変なのは私なんだから」
「そうだね。ごめんね」と利成が口づけてきた。そのままベッドの上に倒されて更に口づけられる。・・・といきなり「んんっ」と咳払いが聞こえた。利成が身体を起こすと開いていたドアの前に奏空が立っていた。
「あのさー仲良いのはいいけど、年頃の息子がいるんだから少し考えて」
奏空が少し呆れ顔で言っているのを見て利成が吹きだした。
「そうか、ごめんね」と利成が言うと「お風呂いいよ」と奏空は言って自分の部屋の方へ行った。
その背中を見送ってから「やっぱ奏空は面白いな」と利成が言った。




