憂鬱な天国 Ⅱ 無くしモノより 寝言。
「妻が寝言を云う様になりまして。」
と眼前の男、木島和也は言葉を置いた。
「寝言ですか?」
と僕は返す。
「そうです。寝言です。寝言って睡眠中、無意識に発する言葉や音らしいのです…。其れは夢への感情や反応。ストレスや不安を反映したモノだとか…。だとすると、あの妻の寝言には何かしらの意味がある筈なんですよ…。」
はぁ。と僕は気の抜けた声を発し。其れで奥様はどんな寝言を言っていたのです?もしかして…。不貞の証拠となる様な事とかでしたか?と冗談混じりで聞いた。
そうなるのは仕方無い事だ。久々の休日に何が楽しくて妻子持ちの、然程仲が良くも無い同僚の話を聞かなければならないのか僕も理解してはいないからだ。唐突に誘われて、唐突に話し相手をしている。断れば良かったのだろうが、特に断る理由も無かったし、ほんの少しの暇潰しになれればと思っていたけれど、想像以上に退屈な時間と化していたから詮方無い。
「いやいや。其れなら、まだ良かったんですけどね…。何と云えば良いのか…。妻は寝たまま只管、嗤っているんですよ。」
「嗤っているんですか?」
はい。只管、ケタケタと嗤っているんですよ。と木島は嗤いながら云った。
「ケタケタ?」
はい。ケタケタです。と木島は私を侮蔑したかの様な表情で僕を視て、ケタケタと嗤っている。蔑み憐れんでいる様にも視えた。
「何で僕を視て嗤っているんですか?」
あれ?嗤ってますか?嗤っているつもりは無いんですけど。と木島は、また嗤った。
「それでですね。愛している筈の妻が何か迚も怖い別のモノに視えてしまって…。其れはそうでしょう?だって何で嗤っているのかが解らないんですから。」
確かにそうだ。笑顔は人を幸せにするとは云うが、笑っている理由を此方が解っていなければ怖いだけだ。
「寝言だけなら未だ良かったんです。今は起きていても只管、嗤いながら寝言を云うのですから恐くて怖くて…。」
と云った。
「どんな寝言を?」
「えぇ。好きな人が出来たから別れて欲しいなんて云うのです。」
ははっ。と僕の口からは…。
無意識に擬音が零れる。
「何で、嗤うのです?可笑しな事でも有りましたか?」
と木島は急に真顔になった。
「あっ…。すいません。僕、嗤ってました?」
其処で僕は唐突に夢から覚める。
「ねぇ。何で?嗤ってたの?寝言?」
妻は僕を真顔で睨んでいる。
「あっ。僕、嗤ってた?」
「嗤ってたわよ。後…。もう浮気はしませんって何?」
と真顔で云った。