VSナン
私の名前は元平木 杏子! 今友達の馬華 凛と道路を歩行しているよ!
「でさぁ〜レミ丸の彼氏がさぁ〜」
楽しそうな凛。やべぇ、話なんも聞いてなかった。さっきまで山崎の話だったのに、どこからレミ丸たんの話になったんだろう。
「それな! わらわら!」
とりあえずそれっぽく返しておく。それこそが世渡りのアレのアレだからね。
「ねぇ杏ちゃん、アレ!」
アレ⋯⋯?
凛の指さす方を見てみると、ナンが落ちていた。
コンクリの地面に、直に、ナンが落ちていた。
「やばいよこれ道バターナンだよ!」
駆け寄った凛が興奮している。道バターナンってなに? 道端のナンじゃなくて?
「杏ちゃん知ってる? これ」
え? これ知ってるとか知らないとかあるの?
「ごめん知らない⋯⋯かな」
自分がそれを知っているのかどうか分からないことってあるんだね。
「これ、伝説の道バターナンだよ!」
「伝説⋯⋯?」
意味が分からない。
ものすごく、意味が分からない。
「手にした者は最強の剣・エクスカリバーを手に入れることができると言われているナンなんだ!」
エクス⋯⋯えっ?
「それ、直接エクスカリバーじゃだめなの? なんでナンを挟むの?」
私がそう言うと、凛は少し考えてから口を開いた。
「ナンでナンを挟む⋯⋯? それって、食パンを食パンで挟むと同義語?」
何言ってんだコイツ???
「だから、なんでナンを経由するのかって」
「ナンでナンを⋯⋯?」
「それもういいから!」
「ナンでナンって、使い古されたネタじゃん⋯⋯杏ちゃんどうしたの? 今日ちょっと変だよ?」
こんなこと言われるの!?
「私は普通だよ! ていうか、それを言うならそっちのほうがそれだからね!?」
「そっちのほうがそれ⋯⋯?」
「」もういいって!
「セリフ、括弧からはみ出てるよ」
「それは作者に言ってよ」
「そうだね」
「で、どうするのそのナン」
まさか拾うとか言わないよね。私たちみたいな普通の女子高生がエクスカリバー手に入れる理由なんてないもんね。
「当然、我が手中に収める!」
凛はそう言ってナンに飛びかかった。飛びかかることないだろ。いくらナンでも。あ、やば。私のセンスも腐ってきてるわ。凛のが伝染ったのかな。
「んぎぎぎぎぎぎ! なにこれ取れないんだけど!」
なかなか地面から離れないナンに苦戦する凛。なんて面白い光景なんだ。動画撮ってTikTokに上げたい。
「杏ちゃんも手伝って!」
えっ!?
「わ、分かった!」
とりあえず私は凛の腰をつかんで後ろに引っ張った。
「ちがう! 大きなカブ方式じゃなくて、一緒にナンを持ってほしいの!」
最初からそう言えよな!
「んぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!!!」
なんじゃこれ!! マジで離れなくて凛と全く同じ声出ちゃったよ!
「凛、これなんなの!? どういう原理なの!?」
「まあまあ、エクスカリバーってどの作品でもこうだから」
「ならエクスカリバーでいいじゃん! ナンを経由するなよ!」
「私に言われても!」
その後35分粘ったものの、ナンはビクともしなかった。
「クソぅ、やっぱり無理か⋯⋯選ばれしインド人にしかこのナンは⋯⋯」
えっ?
「凛、インド人にしか無理なの?」
「うん」
「うんって⋯⋯」
インド人にしか動かせないナンを35分も必死に引っ張ってたの?
「あのさ、凛」
「ん?」
悪いことをしたとは微塵も思っていなさそうな顔の凛。ここまで他人事感出せるのはもはや才能だと思うんだが。
「私たちってミャンマー人じゃん」
「うん」
「ナン引っ張っても意味ないじゃんね」
「うん」
「じゃあなんで引っ張らせたんだよ!!!」
「えっ、ナンでって、またナンジョーク?」
「キィェェエエエエエ!!!!!!」
私はあまりの怒りに我を失い、足をバタバタさせていた。
そのうちの1バタバタがナンに当たり、ナンが吹き飛んだ。
「ナイス杏ちゃん!」
ビターン!
知らない人の家の塀に張り付いた。
「えっ⋯⋯」
凛が唖然としている。私もビックリした。裏に吸盤でもついてんの?
「とりあえず引っ張ってみよっか。地べたよりは腰に負担かからんし」
「う、うん⋯⋯」
私はもう帰りたかったのだが、凛がどうしても欲しいみたいなので仕方なく付き合った。エクスカリバーなんて手に入れて、いったい誰を殺すつもりなんだろう。
「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」
例によって2人がかりで引っ張ってもビクともしない。
「もう諦めない? やっぱりインド人じゃないと無理なんだよ」
「でも⋯⋯」
凛⋯⋯なんて諦めが悪いんだ。
それにしても、どういう原理なんだろう。インド人だけはひっ剥がせるって⋯⋯
「んぎぎぎぎぎぎ!!!」
私が休んでいる間もずっとんぎんぎしている凛。
そういえば、さっき私が蹴った時剥がれたよね? もしかしてこのナン、横からの力に弱い?
「凛、ちょっと手離して」
「あいわかった」
私はナンを摘み、横にスライドしてみた。
「えっ!? 杏ちゃん!?」
思った通り、スルスルと動いた。
「すごいよ杏ちゃん! なにやったの!?」
「なにやったというか、その⋯⋯はい」
私はナンを角まで滑らせて塀から剥がした。
「す、すげーーーーーー!」
ナンを受け取ると、目をキラキラさせて喜ぶ凛。喜んでもらえて良かった。道端のナン拾っただけだけど。
「じゃ、いただきまーす!」
「えぇっ!?」
凛はナンをひと口分ちぎると、何もつけずそのまま口へと運んだ。
「カレーつけんの!?!?」
と思わずツッコんでしまったが、よく考えたらそんなことよりも道端のナンを拾い食いするほうが10兆倍ヤバいことだった。
「⋯⋯どう?」
これでエクスカリバーが凛の手に⋯⋯?
「美味くねえ⋯⋯冷めてる」
「味の感想じゃなくて!」
冷めてるのは当たり前だし! 出来たてなわけない麻呂! ないだろ!
私の心の予測変換、変な公家を生み出す。の巻⋯⋯
「あっ! 杏ちゃん見て! 私の手!」
凛の両手が青い光に包まれている。いったい何が起こるんだ?
「あ痛たたたたたたたた!」
凛が突然苦しみ始めた。
「大丈夫!? どこが痛いの!?」
「ハンド!」
「ハンド!?」
「両ハンド!!!」
「両ハンドォ!?!?!?」
「いぎゃああああ!!」
「凛んんんんん!!!!!」
「あああーああーああ!!!!」
「ボーボボのイントネーションだ!!!!」
「にゃああああああああああああああ!!!」
「ヌッコだ!!!!!!!」
「あ。」
「ん?」
凛の手が消灯した。
「痛いの治った?」
「うん。でも⋯⋯」
手が剣になっている。両手とも、カッコイイ洋剣に⋯⋯
「これがエクスカリバー? 2刀なんだね」
「どうしよう⋯⋯」
泣きそうな顔の凛。
「手が剣に⋯⋯」
それは私も思った。「剣を手にする」じゃなくて「手が剣になる」だったんだね。ヤバいやん。
「杏ちゃん、私、人を傷つけるだけの兵器に成り果ててしまった⋯⋯」
目に涙を貯める凛。
「凛」
「なに⋯⋯? ぐすん」
「まだ誰も傷つけてないのに自分のことを兵器だなんて言っちゃダメだよ」
「杏ちゃん⋯⋯」
次の瞬間、私の左腕が宙を舞っていた。
経験したことのない激痛。
噴き出す血。
ドサ。と音を立てて地面に落ちる私の腕。
「これで私兵器名乗っていいよね」
そう言い残して凛は私の前から姿を消した。
自分の発言に事実を合わせようとする癖、昔から変わってないんだなぁ。
私は激痛に耐えながら救急車を呼び、その場に倒れ込んだ。
クソ痛い。
そして怖い。ちゃんとくっつくのかな⋯⋯
数分後、ピーポーピーポー言いながら赤と白の自動車がやってきた。
「お待たせしました! 大丈夫ですk⋯⋯ヤバっ。警察も呼ばなきゃ」
降りてきた救急隊員の1人が電話をかけた。
あっ!!!!!!!!
今誰か私の左手触っ⋯⋯えっ? 左手、無いはずでは? あれ⋯⋯?
「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎき!!」
救急隊員のほうを見ると、地面から生えている華奢な手を掴んで引っ張っていた。私の手だ。
「なんで取れねぇんだよクソォ! 意味分かんねぇよォ!!!」
マジか⋯⋯
吹っ飛んだ私の腕の傷口が地面にピッタリくっついて、さっきのナンみたいになっている。私は隊員にアドバイスをすることにした。
「あの」
「あ! 喋って大丈夫ですか!?」
気絶しそうなぐらい痛いけど頑張る。
「はい、なんとか⋯⋯あの、それなんですけど」
痛っ⋯⋯! やっぱり辛い。
「はい!」
「ナ⋯⋯」
グウッ! 痛てっ!
「ナ?」
「ナンと同じ要領でやれば⋯⋯取れま⋯⋯すよ」
もう口も開けない。食いしばってないと痛みで気が狂いそうだ。
「どういうことですか!? もう一度お願いします!」
「ナ⋯⋯グハッ」
上手く喋れない。
「ナンと同じ要領でやれば取れるって言ってたぞ」
他の隊員が通訳してくれてる。良かった。
「いやそれは俺も聞こえたんだけど絶対聞き間違いだって」
「だよな⋯⋯」
えっ⋯⋯
あ。
左ヒザ痒っ。
って、そういえば左腕ないんだった。
「うわぁっ!!」
救急隊員が声を上げた。
「手が動いた!!!!!」
手が動いた!?!?!?
「今動かしました!? ちょっと力入れてみてください!」
私が動かしたの!?
ちょっとやってみるか⋯⋯ふん!
「うわぁ!!!! やっぱ動いた!!!!」
マジかよ!!!!!
「けど取れない! 地面から離れない!」
解決しなかった。そうだったね、くっついてるんだったね。
「あの、お困りですか?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「はい、この腕が取れなくて⋯⋯」
隊員が説明する。
「なんだ、そんなことですか。じゃあ何でも切れるこのエクスカリバーで刈り取ってあげますよ」
「それはありがたい! ぜひお願いします!」
「5000円で」
「えっ?」
「いや、腕刈りするんで作業代5000円くださいな」
「あー、ちょっと待ってね」
隊員は救急車に戻り、なにやらゴソゴソやっている。財布を探しているのだろうか。
「んー⋯⋯ないな⋯⋯」
ないの⋯⋯? 私の腕、どうなっちゃうの?
「PayPayでもいいですよ」
「あ、じゃあPayPayで」
\PayPay!/
お会計が済むと、凛は両エクスカリバーを構え、一瞬で〈ザシュ〉っとやって背を向けた。
「ありがとうございます!」
「フッ、礼には及ばねぇよ」
凛はそう言って立ち去った。
「ごめんね、待たせたね! すぐ救急車に乗せるから!」
そう言って隊員が私の体を抱いたその時だった。
「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!」
耳元で1番聞きたくなかった『苦戦ボイス』を聞いた。