響という女
日貫は「後は響が説明してくれるから!んじゃ!」とか言って出ていってしまった。
初対面の女の人と2人きりでいるなんて俺には耐えられない。
なにせ、俺はベッドに鎖で縛り付けられている特殊な状態だ。側から見れば俺がドがつくほどの変態であると見えるだろう。
「んーと、取り敢えず鎖外すな?」
なんて気が利く子なのだろうか。
今俺が1番して欲しい事を言わずともやってくれた!
響が空に映し出されたディスプレイを操作すると、俺に巻きついていた鎖が四方の壁や床に引き込まれて収納されていった。
「ありがとう。流石にキツ苦しくてさ」
「どいたま、礼を言われるほどのことはしてないよ」
ど、どいたま?どういたしましての略だろうか?
響はちょいちょいと指を動かし、俺についてくる様に指示してきた。
色々と説明してくれるのかもしれない。
「まず、お前が軍に拘束された理由だけど」
長く無機質な廊下を歩く響に追従する。
最初から俺の知りたい第一位を言ってきた。
「さっき日貫の奴が言ってた“人ならざるもの”に当て嵌まる奴は問答無用で回収、拘束されてる。お前も3日ほど前に人じゃねえって結論降ったから捕まった訳だ」
「中々、やばいことしてますね」
「それくらい逼迫してるってことよ」
しかし、まあよく考えてみれば資源も何も尽き掛けている世界で、ワンチャンスに賭けてみようとしている連中が法律やら倫理観を気にする訳なかった。
まさに世も末だ。
「武器の扱い方だとか行く世界がどういう所なのかとかは追って説明するとして」
「なんか急いでないですか?」
何か妙に急いでるというか、忙しないというか、話を先へ先へと進めようとしている感がある。
何をそんなに急いでるのだろうか?時間は幾らでもあるんだから、もう少しのんびりしても良いはずだが。
「そりゃあ、明日出発なのにトロトロやってる暇ないからな」
「あ、明日!?」
明日だって!?先遣隊が消息不明になった世界に行くのに何の対策もしてないぞ!!?
行かなくちゃならないなら先に武器の扱い方を教えてくれ!
「大丈夫、大丈夫。人には扱えない武器なんて言っても所詮道具だからね。使い方さえ分かれば余裕だよ」
「はは、そうすかねえ笑」
不安だ。めちゃくちゃ不安だ。
「あと伝えるべきなのは…!お前の相棒!部屋はバディと2人1組だから仲良くしろよ?」
やばい、話がポンポン進んでいく。
どうやらここは生活空間なのか、すれ違う人、男女ともにラフな格好をしている。
すれ違う人たちは男女問わず「響さん!こんばんわ!」と鼻の下を伸ばして挨拶してくる。
隊長と言っていたし、地位もある程度あるのだろう。そして、この見た目。
分かりやすい羨望の的だ。
「ほい、ここがお前の部屋」
そう言って指さすのは廊下の奥に位置する角部屋。
他の部屋と比べ1.5倍くらいの広さがありそうだ。
俺が部屋の前まで行くと響は「もういいよね?眠いから帰るわ!」と言って何処かへ帰ってしまった。
仮にも軍隊である筈なのになんて緩い人達なんだ。
このまま部屋の前で待っていても仕方がないし、勇気を持って手をかざし、扉を開いた。
と、同時に殴られた。
「痛ってええええええ!!」
なになになんだよ!出会い頭に顔面殴ってくる奴がルームメイトなのか!?最悪だ!
誘拐されて明日から異世界に行く現実よりも最悪だ!
「お前!響さんとどうゆう関係だコラァ!」
なんだコイツ!?妬みか!?嫉妬で殴ったのか!?
俺と響は話しただけだろうがボケ!うざいんじゃ!
「お前表出ろや!ブチのめすぞ!」
「上等じゃオラァ!」
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「何々なにしてんの?」
「今日入ってきた新人とレオンの馬鹿が響隊長を理由に喧嘩だってさ笑」
「いいじゃん、青春だねえ」
理人とレオンの殴り合いを囲む人の輪。
既に金銭が賭けられ、軽い祭り状態になっている。
その中にいる数人の男女が談笑に花を咲かせていた。
「響さんかぁ。響さんイイよなぁ」
1人の男が呟いた。
それに便乗するように近くにいたもう1人の男が言った。
「一度でいいから抱いてみたいよなぁ」
その一言にその場にいた者達は皆共感したが、同時に反感を生むものであった。
「野郎は一生猥談に花咲かせとけ。響さんがお前の相手する訳ないでしょ」
近くにいた女軍人が喧嘩腰に言った。
そう言った彼女は所謂、夢女子であった。
機動隊の中には夢みがちな者が多々いるが、その中でも圧倒的に多いのが響の夢女子である。
そんな彼女の事を知ってか知らずか男は地雷を踏みつけて返答した。
「お前は毎晩毎晩響さん響さんうるせえんだよ。夢見んのは寝てる時だけにしろ処女厨が」
カチーン。
響夢女の怒りのスイッチが入る音がした。
「お前にも夢見せてやるよ!永遠にな!」
「やってみろよ!ムッツリ女ァ!」
理人とレオンの喧嘩とは関係のないところで、また新たな喧嘩が始まろうとしていた。
しかし、始まりはしない。
何故ならやってきたからだ。
誰が?
彼女が。
「お前ら、明日移動なのにクソ元気だなぁオイ」
「「「ひ、響さん……」」」
「クソねみぃのに、お前らが馬鹿騒ぎするから寝れねえんだよ」
寝巻き姿で無防備な服装をした響の姿を皆目に焼き付ける。
ワンチャン殺されるかもしれない状況がスパイスになって、皆をより一層興奮させた。
「大人しく自分の部屋に帰るか、失神か選べ」
「「「大人しく寝させていただきます!」」」
余談だが、部屋に帰ったはいいものの皆、悶々として結果的に寝れたのは日を跨いだ頃であった。
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「うっ、ひくっ、うっ」
2人1組の部屋。
響のルームメイドであるサラはベットの中で泣いていた。
部屋にはツインサイズのベットが2つあるのだが、サラは怖いからという理由で響のベットへと潜り込んでいた。
「うるさい」
夜中も夜中、深夜2時に泣くサラが響にとって鬱陶しくてならなかった。
「だって怖いんだもぉん」
「はは、きめえ」
「きもいって言わないでくださいよぉ」
響は横向きになってサラと向かい合わせになる。
左腕で頭を支えて右手で布団の上からサラを軽く抱いている様な形だ。
「何がそんなに怖いの?」
「だっ、だって前に行った人たちは消息不明になっちゃったって、死んじゃってるかもしれないし。私も死んじゃうかもしれないぃ」
「まあ確かに。お前の実力ならなぁ」
響が現実を見せる様にそう言うとサラはより一層泣き出した。
そんなサラの背中をポンポンと叩き、「大丈夫、大丈夫。死なない死なないから」と不安でいっぱいのサラを慰めた。
そんな響の対応を受けてサラは響の胸に顔を埋めて静かにほくそ笑んだ。
余談だが、響のルームメイトはここ半年でコロコロ変わっている。
その理由は1人の隊員が提案した「仲を深める為に一定周期でルームメイトを変えるべき」という案を響が採用したことにある。
それ以降、女性は女性で男性は男性でルームメイトが変わっていく様になった。
この案は男性側にとって大したメリットはないが、女性側には大きなメリット、否、狙いがあった。
それは響と同じ部屋で生活を共にすることが出来るという点である。
彼女らはどうすれば響に近寄れるか考えに考え、この案を出したのである。
しかし、皆響と同じ空間で生活する事で満足してしまい大した進展をなかった。
が、サラという女は転移の前日というのを理由にして響に甘えに甘えていた。
結果として狙いは成功し、サラは一睡もせずに響の胸を堪能して夜を過ごした。
なんともまあ卑しい女である。