魔王「そうだ。勇者を育ててみよう」
よろしくお願いします!
「やっと辿り着いたぞ、魔王城に!」
思わず声を出してしまうぐらいに俺の気持ちは高まっていた。
長い道のりの果てにやっと目的だった魔王城に辿り着き、これから魔王アークとの最終決戦に臨む。
今まで磨いてきた剣技は、今日この時に発揮するために修練してきたのだと思う。
俺は心の中でやる気に漲っていると、隣から苦楽を共にした仲間の1人である魔法使いのサラの声が聞こえてきた。
「声が大きいわよ、ビル。でもここまでほんとに長かったわ…。いよいよ最終決戦ね…!」
サラもやる気に満ちた目をしていた。サラの言う通り、ここまでほんとに長かったなぁ。
旅立ってすぐに魔物の群れに囲まれたり、骸骨の騎士達の溢れ出る墓場に行くことになったり、脱出不可能と言われていた地下100階の魔のダンジョンに潜ったりなど、色々と経験をした。
今思うとかなり無茶苦茶な歩みだった。少し間違えればすぐさま『死』が待ち受けるそんな状態だった。
でも不思議とピンチの時ほど身体が動き、仲間と力を合わせ乗り越えてきた。
「そうだね。今までのように皆んなで力を合わせて頑張ろう」
サラに同意の示したのは、俺たちの回復を一手に担ってくれている僧侶のヒロ。
ヒロは、常に冷静沈着な判断で俺たちをいつも俺たちを助けてくれた。
ーー俺たち3人ならきっと魔王を倒せるはず!
「行くぞ、皆んな!」
そう決意して意気揚々と魔王城の扉を開け放った。
「……あれ?魔王も魔物も誰もいないぞ!?」
「ほんとね。不気味なくらいに静かだわ」
扉を開けたら、思わず拍子抜けしてしまう光景が目の前に広がっていた。
予想では、強力な魔物たちが大勢いて魔王が玉座に踏ん反り返っているイメージをしていたので驚きが隠せない。
「もしかして、魔王アークはもういなかったりとか?」
「え、どうしてなのよ?」
「いや、もう何百年も前から魔王って存在してるだろ?だから、実はもう寿命で死んでたりとかあるかなって」
「でもそれならなんで魔物たちはずっと減らないのよ」
「え、と、それは生き残りの魔物たちが魔王の意志を継いだりとか…?あ〜もう、わからん。ヒロはどう思う?」
俺のチンケな頭では謎が全然わからなかったので、今まで会話に参加してこなかった頭の良いヒロに聞いてみる。
「……」
「おい、ヒロ?」
ヒロは黙ったまま、真っ直ぐ歩いてく。そして、魔王の玉座の前に辿り着くと、ゆっくりと腰掛けた。
「ヒロ、一体どうしたのよ…?何かあなた変よ…?」
どこか不安に感じたサラが声を震わせながらヒロに声をかける。
「ふふふ、よくここまで来たね。2人とも」
暫しの沈黙の後にヒロが俺たちに口を開く。今までのヒロとは口調も雰囲気もまるで違っていた。
「どういうことだよ、ヒロ!」
「種明かしをしよう。僕の本当の名前はアーク。そう魔王だ」
「は、、?」
「ちょ、ちょっと悪い冗談はやめてよ!ヒロ!」
いやいや、ちょっと待ってくれ。大事な仲間であるヒロの言葉が頭に入ってこない。魔王?あの魔王のことを言ってるのか?そんなことあるはずがないに決まってる。
ヒロとは旅立ってすぐの頃に出会ってそれからずっと一緒だった。どんなに辛いことがあっても一緒に乗り越えてきた友だ。それにヒロは女神様の加護がないと使うことができない回復魔法も使える僧侶だ。魔王な訳がない!
きっと、やっとの思いで着いた魔王城に魔王も魔物もいなかったから、ふざけ半分で冗談を言ってるんだな…。
自分の手からヌメっとした感触が伝わってくる。気づいたら俺の手のひらには汗でびっしょりしていた。
「お、おいそういう冗談は今はやめようぜ。第一お前は女神様の加護がないと使えない回復魔法も使えるだろ?魔王だったら使えるはずないし」
「そ、そうよね。確かに!ビルの言う通りよ!ヒロが珍しく冗談言うからびっくりしたわよ!」
「冗談?残念だけど冗談じゃないよ。…証拠を見せようか?さあ、おいで家来たち」
ヒロが声をかけた瞬間、辺り一面に魔法陣が浮かび上がる。その瞬間“バチッ”という大きな音が響き渡り一瞬視界を埋め尽くすほどの光が包み込んだ。
あまりの眩しさに俺とサラは咄嗟に目を瞑った。その後、ゆっくりと目を開けると目の前には大量の魔物達がいた。
「な、なんて数なの…、そしたらヒロは…」
「…冗談じゃないのかよ、、俺たちをずっと騙していたのかヒロ!!」
「いや、騙していたわけじゃないよビル。君たちと出会った最初から僕は君たちの味方ではない。単純に遊んでいただけさ。自分を倒しに行く敵を育ってるっていうね」
「はぁ、どういうことだよ!?自分を倒す敵を育てるって」
「そのままの意味だよ。何百年も生きてると暇なんだよね。だから自分を倒す敵を育てるゲームをしたってわけ。ちなみに回復魔法を覚えたのも、魔王である僕が女神の信仰を受けれるのか興味本位で試してみたらできたって訳さ」
ヒロ、いや魔王アークの言葉を聞き呆然としてしまう。遊びだと?俺たち人間はお前のせいで何人もの人が死に酷い目に遭ってるというのに。しかもお前はヒロとして人間に化けていた、結局のところ俺たちを騙していたことに偽りはない。
ーーふざけるな。
怒りが頭の中を駆け巡る。隣のサラは泣き崩れてた。けど、俺はサラには声をかけない。きっとサラは自分で乗り越えてくれる。
俺もサラもこんなところで死ねない。魔王を倒すという目的でここまで来たんだ。それはヒロが魔王であっても変わらない。
「そうか…、ヒロ、俺はお前のことを親友だと思ってた。どんな危機があってもお互い助け合ったり、時には恋愛話をして盛り上がったり、それも全部嘘だったって訳か…」
「そうなるね。今回の旅は最初から随分過酷だったと思わないかい?それもこれも君たちを育てるために敢えて調整してたってわけさ」
うん?魔王アークの言葉に若干の違和感を感じるが、今は悲しさと憎しみと怒りにより上手く頭が働かない。
「わかった。望み通りお前を倒して平和を掴み取ってやる!俺たちをここまで育てたこと後悔するなよ!いくぞ、サラ。辛いけど戦うしかない!」
「…ええ、わかってるわよ、ビル。ヒロ、貴方がずっと私達を騙していたのは本当に悲しいわ。でも貴方が
魔王というのならば、私達は必ず貴方を倒すわ」
流していた涙を止めたサラは俺の隣に立つ。
「覚悟しろ!魔王アーク!!」
「……ああ、今回も楽しかったなぁ」
〝ザッ“
俺たちは決死の覚悟で魔王アークに立ち向かおうとした瞬間、アークの口からボソッと声が聞こえたのを俺は確かに耳にした。
だが次の瞬間、〝ザッ“という音が聞こえたかと思うと視界が暗くなり意識が消えた。
ー・ー・ー
「今回のビルとサラは最初から過酷な道を歩ませただけあって、結構レベルが高い状態でここまで来たな〜」
僕は上機嫌に独り言を呟いた。
でも、なまじ中途半端にレベルが高いと早めに魔王城に着いちゃうから、次回はさらに遠回りさせてもっとレベルを上げてからここまで来てもらわないとな。
ーーじゃないと今回みたいに一瞬で終わっちゃうし。
目の前で横になっているビルとサラを見ながら薄気味悪い笑みを浮かべる。
「それにしてもビルとサラに魔王ってことを打ち明けるところは毎回楽しみなんだよね。あの打ち明けた時の2人の表情ときたら…ハハ」
「……アーク様、そろそろ準備をしないと間に合わないかと」
「お、と確かにそろそろ準備しないと戻れないか。じゃあ始めよう」
地面に高難易度の複雑な魔法陣を描き、血を一滴垂らす。この魔法陣の上にビルとサラを乗せる。
「さあ、人間界最高傑作の2人よ。また僕を最初から楽しませてくれよ?」
ーーTime backーー
ー・ー・ー
「おーい、君たち2人とも冒険者かい?」
「ああ、そうだけどお前も?」
「ならちょうど良かった。僕も冒険者なんだけど今まで1人だったから同い年ぐらいの仲間が欲しくて…。もし良かったら仲間にしてくれないかな?」
「そういうことか!俺たちもちょうど新しい仲間が欲しかったんだよ!サラもいいよな?」
「ええ、もちろんよ。仲間は多い方が楽しいしね」
「ありがとう、僕の名はヒロ。ヒーローに憧れた両親が付けてくれた名前さ」
「良い名前だな。俺の名前はビル。これからよろしくな」
「私の名前はサラよ。ビルとは生まれた時から一緒の腐れ縁ってやつよ」
「こちらこそよろしくね。これから一緒に頑張って必ず魔王アークを倒そう」
「おう!もちろんだ!」
「3人で頑張りましょう!」
「……さて、今回はどういう風に2人を育ててみるか」
「ん?ヒロ何か言ったか?」
「ううん、なんでもないよ。」
「そうか?なら行くか!」
これよりまた戦士ビル、魔法使いサラ、そして僧侶のヒロ、3人の物語が始まる。
果たして、この始まりは何回目なのか、それは魔王アークしか知る由もない。
表の目的は魔王の討伐。
裏の目的は勇者の育成。
2つの目的が入り混じる旅立ちの中で、魔王アークだけが全てを知っていた。
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