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ヴァンパイアの娘  作者: 結糸
6/15

お人好しとお茶を

 朝になり、寝ているリーゼロッテを起こさないで太一は家を出た。朝の空気はひんやりして冷たい。そろそろ雪が降るかな、と思った。


「おはようございます、亀山さん」

「おはようございます、浅沼さん」

 いつもどおり朝の挨拶をして昨日からの仕事に手をつけようとすると、浅沼さんがそばに立ったまま、動かないことに気づいた。

「…どうしました?」

「あの、川村先輩から聞いたんですけど」

「え? 何を?」

 浅沼さんは小声で話す。

「ヴァンパイアのダブルの子を養女にするつもりだとかって…」

「ええ?」


 川村先輩のほうを見ると、片手をあげて頭を下げた。何かのはずみで口を滑らせたのだろう。太一は怒る気にはならず、川村先輩にうなずいて見せた。

「うん。まあ、そう。知り合いの子だし、おかあさんは行方不明だし、おとうさんはいないし」

「亀山さん、独身でしょう? 結婚もしてないのに、父親になる気ですか?」

「え? えっと…だめ、かな」

 なんだか浅沼さんに責められている気がするのは太一の気のせいだろうか。


「…私が決めることじゃないですけど。いいんですか? 子持ちの男性って、結婚のハードル上がりますよ」

「あ…うん。そうかもね」

 太一は苦笑いを浮かべる。


「それで考えたんですけど。後見人になるのはどうですか?」

「後見人?」

「そう。未成年後見人です。未成年のために財産を支出したり管理したりします。詳しくはネットで検索すると出てきますよ」

「あ…ありがとう。そうか、後見人か…」

「養親になるよりはハードルも低いですよ。ご参考までに」

「そうするよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 浅沼さんは微笑んで自分の席へ戻った。言われた通り、太一は休憩時間にネットで後見人について調べてみる。確かに養子縁組よりは未成年後見人のほうがハードルは低いようだった。


 太一は昨日滋に言われたことを思い出す。

 親子関係になったものは、結婚できない。でもリーゼロッテと恋愛なんて、想像もつかない。やっぱり養親でいいんじゃないだろうか。特別養子縁組なら夫婦そろっていないとだめなようだが、養子縁組ならそれほどハードルは高くなかった。


 1日考えて仕事をして、帰ろうとしたとき浅沼さんから「ちょっといいですか?」と声をかけられた。

「いいけど。どうしたの?」

「今朝の話の続きしません? ちょっと近くで食事でも」

 浅沼さんから誘われるなんて、感激だ。と言いたいところだが、リーゼロッテのことを太一は考えた。もう暗い。きっと一人で太一を待っているだろう。


「ごめん、ヴァンパイアの娘が待ってるから、お茶でいいかな」

「…いいですよ。じゃあ、近くのコーヒーショップで」

「ありがとう」

 浅沼さんが笑顔を崩さず言ってくれたので、太一はほっとして、二人で歩いて市役所近くのコーヒーショップへ行った。


 太一はカフェオレを、浅沼さんはミルクティを頼んで二人で向かい合わせに席に座る。

「そういえば、二人でお茶するなんて初めてですね」

「あ、そうだね。いつもは職場の人と一緒の飲み会とかだし」

 太一はカフェオレに砂糖を入れる。浅沼さんもミルクティに砂糖を入れて一口飲んだ。


 あの日、太一の誕生日。浅沼さんと食事をしていたら、こんな機会もなかっただろうな、と太一はカフェオレを飲んだ。

 エレオノーラと夜を過ごすことも、リーゼロッテが太一の家へ来ることもなかったのだ。


「あの子、本当に亀山さんの親戚の子なんですか? 養子にするなんて、ずいぶん親しいんですね」

「えっと…」太一は迷いつつ「実は一緒に住んでるんだ」と言った。

「住んでるって…亀山さん、一人暮らしですよね。じゃあ、二人で暮らしてるんですか?」

「あ、うん…」

 太一が言うと、浅沼さんは若干引いたようだった。


「でも生活リズムは真逆だし、俺が寝てるときはあの子が起きて、あの子が寝てるとき俺が仕事みたいな感じだけどね。ダブルのヴァンパイアだし」

「…そんな子を引き取るなんて、亀山さんてすごいお人好しですね。親戚って、誰の子なんですか?」

「親戚って言うか…その、リーゼの母親は俺の思い出の女性なんだ」

「元カノとかですか?」

「えっと…そんなところ」

 ついこの前、会ったばかりで童貞を卒業させてくれた人だ、とはさすがに言えなかった。


「はあ…」

 浅沼さんは呆れたようだった。

「亀山さんて、人が良すぎますよ。体よく押し付けられただけじゃないですか? 今頃、子供を放っておいて男とどこかにいるのかも」

「どうかな…」

 そう言う可能性も太一だって考えなかったわけではない。でも、太一が一夜をともにした彼女は、そんなふうには見えなかった。

 彼女の何を知っているんだ、と聞かれても答えられるわけでもないけど。


「でも、いい子なんだよ。ちょっと感情表現が乏しいところがあるけど、不器用なだけで。いろいろ遠慮しちゃって言いたいことも言えないけど、妙に芯が強いって言うか。だから、娘になってくれるなら嬉しいんだ」

「後見人じゃなくて?」

「そうだね。それも考えたけど、あの子を一人にしておけないっていうか…。娘として大事にしたい」

 言ってから、太一は気づいた。そうか、自分はあの子が大事なんだ。


 浅沼さんはため息を吐いた。

「お人好しもここまで来ると、病気ですね」

「はは。いとこにも似たようなこと言われたよ」

 太一は頭をかいた。

「そのいとこさんに同調します。でも、決めるのは亀山さんですから。大変ですよ、他人の子供を育てるなんて。私には甥っ子と姪っ子がいますけど、ちょっとの間、面倒見るのだけでも大変ですからね」

「参考にするよ。じゃ、俺そろそろ帰るよ」

 太一は伝票を手に取った。

「あ、はい。リーゼちゃんでしたっけ?」

「リーゼロッテ。でも、リーゼって呼んでって言われてるんだ。浅沼さんも今度会ったら、仲良くしてあげて」

「はい。リーゼちゃんによろしく」

「ありがとう。じゃ、お疲れ様」

「お疲れ様です」

 太一は「ごちそうするよ」と言ったが、浅沼さんは「私から誘ったんだからいいです」と言って割り勘になった。


 コーヒーショップを出て、太一はバスに乗る。家へ帰るのが毎日楽しくなっているのが最近の太一だった。


 家へ帰るとリーゼロッテは「遅かったね」とリビングでココアを飲みながら太一を待っていた。

「ちょっと寄り道。血液は来た?」

「さっき来たよ。冷蔵庫に入れてる」

「今日の分は飲んだ?」

「あっためて飲んだよ」

「よかった。後、棺は来た?」

「不在連絡票入ってた。私、寝てたから」

「そっか。じゃあ、電話するよ」


 連絡すると、ほどなくして棺が来た。配達員が二人で太一の両親の寝室まで運んでくれた。包装をとると、幾何学模様の棺が出てきた。

「これでよかったの?」

「うん。これがいい」


 リーゼロッテは棺の外観をさすり、棺をあけて中に寝てみた。

「どう? 寝心地は」

「いいよ。ふかふか。寝返りうっても狭くないし」

「よかったね。今日…というか、明日からこれで眠れるね」

「ありがとう、おとうさん」

「どういたしまして。あと、明日の夜から学校だから、早く寝るんだよ」

 リーゼロッテは一瞬、表情を固くしたが、すぐに「わかった」とうなずいた。


 翌日、市役所でいつものように働いていると、浅沼さんに話しかけられることが何故だか多いような気がした。気のせいだろうか。気のせいだな、きっと。と太一は思い直して仕事が終わると家へ帰った。


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