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ヴァンパイアの娘  作者: 結糸
2/15

リーゼロッテ

 生物が配達されるということは珍しいことではないらしいが、太一が受け取ったのは初めてのことだった。

「受け取りお願いします」

「いや、俺、この子と初対面だし…だよね?」

 少女はこくりとうなずく。

「初対面でもなんでも、ここへお届けするよう依頼が来てるので、サインを」

「困るんですけど…」

「受け取っていただけないと、こっちが困るんです」

「うう…」

 押し切られる形で、太一はサインを書いた。


「ええっと…とりあえず、入る?」

 少女はうなずいて、さくさくと太一の家の中へ入った。配達人はサインをもらうと、受取証明を持ってさっさと帰って行った。

「どうしてここへ送られたのか、わかる?」


「…おかあさんが」

「おかあさん?」

「ここに、あなたのおとうさんがいるからって」

「おとうさんが? ここに?」

 少女は再びこくりとうなずいた。太一はううん、とうなって首をひねる。

「君みたいな大きな子のおとうさんはうちにはいないんだよねえ。配達先、間違えてない?」

「…あなたの名前は?」

「亀山太一だけど…」

「じゃあ間違いない」


 玄関で靴を脱いで、少女はすたすたと中へ入ってリビングのソファに座った。太一は頭をかいて、とりあえず「とりあえず話を…。あ、何か飲む?」と聞いた。

「…甘いのがいい」

「じゃあ、ココアでいいかな」

 太一は少女のためにココア、自分のためにコーヒーを入れた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 少女はふうふうと息を吹きながら熱いココアを飲んだ。太一も彼女を見ながら、薄いコーヒーをすする。少ししてから少女は顔をあげた。


「おとうさん」

「だから…俺、君のおとうさんじゃないって」

「でも、おかあさんがそうだって」

「君のおかあさんて誰?」


「エレオノーラ」

 その名前に、太一は固まった。なんだって? エレオノーラ?


「君のおかあさん、エレオノーラっていうの?」

「うん。昨日、ここに来たでしょ」

「来たけど…え? 俺の子供ってこと? エレオノーラの? だって、一晩しか…そもそも昨日の今日で」

「ヴァンパイアは子供の成長が早いの」

「いや、早すぎでしょ!」


 太一は思わずツッコんだ。コーヒーをテーブルの上に置き、息を吐いて部屋の中をうろうろする。

「それはたぶん、君のおかあさんが何か事情があって、俺のところに配達したんじゃないかな。俺は君のおとうさんじゃないよ」

「リーゼロッテ」

「え?」

「私の名前」

「ああ、リーゼロッテね。リーゼロッテは、おとうさんのこと、聞いたことないの?」

「ない。おとうさんのことは聞いても、おかあさんは話してくれなかったの」

「そうかあ…」


 太一はふう、とまたコーヒーを飲んでリーゼロッテの隣の腰かけた。

「俺は君のおとうさんじゃないよ。エレオノーラとも、昨日、その知り合ったばかりで」

「でもおかあさんはあなたに面倒見てもらいさないって言ったの。もうおかあさんは家にいないの」

「そんな…」太一はかぶりを振った。「明日になったら、君の家に君を送っていくから。今日はもう遅いから、寝るといいよ」

 リーゼロッテは首を横に振る。

「私はヴァンパイアだから、今からが活動時間なの」

「えええ…。俺、風呂入ってもう寝ようと思ってたのに」

 太一は肩を落とした。てことは、一晩つきあわないといけないのか。

「大丈夫」

 リーゼロッテはテレビを指さす。

「ネットにつながっていれば、適当に時間はつぶせるから」

「ああ…そう。あれ? てことは、明日になったら君は朝はどうするの?」

「太陽の光が当たらないように、普通は棺の中で昼間は過ごすの」

「ええ…まいったな、うちには棺なんてないよ」

「なければ、押し入れの中でも大丈夫」

「ならよかった…って、いや、君のことは元の家に帰すからね?」


 リーゼロッテは再び首を横に振る。

「無理」

「どうして?」

「おかあさん、もう家を処分して出て行ったの」

「はあ? なんで?」

 リーゼロッテは首を横に振って「わからない」と言った。「おかあさん、いつも肝心なとこは何も言わないから」

「そう…」太一は再びコーヒーを飲んでから、「いやでも君が俺の娘とか、ありえないから」

「…じゃあ、私のこと追い出す?」

 美少女にじっと見上げられ、太一は言葉に詰まる。


「うう…。と、とにかく…」

 太一はわざとらしく咳払いする。

「ごほん。今日はうちに泊まっていいけど、明日は帰ってもらうから」

「今から活動時間。着替えも持ってきた」

 リーゼロッテは背中にリュックを背負っていた。

「ああ、そうか…。って、君、ずっとここにいるつもりで来たのか?」

「リーゼロッテ。リーゼって呼んで。おかあさんもそう呼んでたから」

「そう、リーゼね…って、いや、そういう問題じゃなくて」

「邪魔しないから」


 リーゼはずっと無表情でしゃべっている。あまり笑わないのか。ヴァンパイアってこういうものかな…と思ったが、昨日のエレオノーラは表情豊かでよく笑った。人間と同じで、人によるのだろう。しかし、リーゼは言われてみればエレオノーラに似ていないこともない気がする。

 しかし、このかわいい娘を放り出すのもなんだかかわいそうで、「…じゃあとりあえず、次の居場所が決まるまではいていいよ」と太一はため息を吐いた。


「おとうさんは何をしている人?」

「俺は市役所の職員だよ。人や亜人の移動を管理しているんだ」

「ふうん。難しそうね」

「人と亜人はいろいろ違いがあるからね。でもやりがいはあるよ」


 夜遅くまで二人でネット動画を見て、太一は眠くなったので先に眠ることにした。リーゼロッテは朝が来る前に、太一の死んだ両親のクローゼットに入って眠ることになった。


 翌朝、太一が目覚めてリビングへ行くと、部屋にリーゼロッテはいなかった。両親の部屋を覗くと、カーテンは閉め切って一切日の光が入らないようになっていた。

「…リーゼロッテ?」

 クローゼットをノックすると、「何?」と眠そうな声が聞こえる。

「ああ、いるならいいんだ。俺はこれから仕事だから、市役所に行くよ。何かあったら、連絡して」

「寝てるから大丈夫。おやすみなさい」

「…おやすみ」

 太一は念のため、貴重品を隠し、通帳などは持って市役所へ出かけた。いきなり知らない美少女が来て、帰ってきたら家はもぬけの空だった。なんてことはあり得る話だ。


「おはようございます」

「おはようございます」

 市役所で挨拶して、仕事の準備をする。書類に目を通し、パソコンを立ち上げ、照合していく。一通り終わったところで、仕事の開始時刻となった。

「亀山さん」

「おはよう、浅沼さん」

「おはようございます。実は今日なんですけど、ちょっと求職課のほうにヘルプ頼まれちゃって、私、抜けますけど、よろしくお願いします」

「ああ、浅沼さん以前は求職課だったもんね。あそこも大変らしいしね」

「そうなんです。人間の居住区だと、亜人の方はなかなか職がないらしくて…。じゃ、行ってきますね」

「はい、頑張って」

 彼女と話しながら、ふと太一はあまり緊張しないで話せていることに気づいた。童貞だったときは、ちょっと女性と話すだけでどぎまぎしていたのに。

 エレオノーラのことを思い出す。また会いたいな、と思った。


「ええ? ヴァンパイアの娘が?」

「そうなんです」

 昼休みの時間、河童の川村先輩と昼食を食べながら、昨日の話をする。

「いや、1日でそんな大きくなるなんて、いくらヴァンパイアでもありえないでしょ」

「ですよね…」

「調べて見なよ。ネットに乗ってるだろう」

「そうですね。ちょっと見て見ます」


 ネットを検索してもヴァンパイアの幼児期についての内容は、ほとんど謎に包まれているというのが通説だった。ヴァンパイアの女性は妊娠すると姿を消し、子供がある程度大きくなるまで人前に出てこないらしい。


「あんまり乗ってないですね…」

「人間の居住区にもあまり多くないからね。でも、その子は本当に人間とのダブルなの?」

「朝は日の光に当たりたくないって、クローゼットの中に寝てました」

「そうかあ…。で、これから一緒に住むの?」

「ちょっと考え中です。彼女、帰る場所がないって言ってて…」

「人間とのダブルなら、うちの居住区にも住むことはできるだろうけどね。施設に入ることもできるだろう」

「施設、ですか…」

 あの感情を表に出さない子が、施設なんかでうまくやっていけるだろうか。太一は心配になった。


「まあ十中八九君の子じゃないだろうから、気にしなくていいんじゃない?」

「はあ…」

 太一はもそもそと弁当の冷凍春巻きを食べる。リーゼロッテのことが気にかかり、なんだかあまり味がしなかった。


 就業時間が終わり、太一は家へ帰ろうと思ったが、ふと頼りになる友人のことを思い出した。いとこで内科医の亀山滋だ。メールすると、診療が終わってからなら来てもいいと返信が来た。


 人間も亜人もかようことのできる病院は意外と少ない。滋の病院はその数少ない内科だった。診療時間が終わっても、しばらく患者はいたが、それも終わったころに看護師から「どうぞ」と診察室へ入れてもらった。

「久しぶり。おまえがうちの病院来るなんて、珍しいな」

「ああ、俺、あんまり病気とかならないし。実はメールでちょっと話した内容なんだけど…」

 太一は手短にエレオノーラとリーゼロッテのことを話した。うんうんと話を聞いて、滋は、ほう、と息を吐いた。


「ヴァンパイアの女と寝るなんて、いいなあ。めったにできない経験だよ」

「いや、それは…置いといて。一晩で妊娠出産、さらに小学生くらいまで成長するってあるのか?」

「ないだろ」

 あっさり否定され、太一はほっとしたような残念なような気持ちになった。

「とにかく、その母娘は何か事情があって、おまえに娘を託したんだろう。おまえには言えないような何かだ。ここへ連れてくれば、人間とヴァンパイアのダブルかは調べられるし、なんだったらDNA検査してもいいけど」

「ああ…うん。その手があったか」

 いとこが医者でよかった、と思いつつ、太一はあの子が本当に自分の娘じゃないとわかるのもなんだか寂しい気がした。無表情のあの子。だからなのか、放っておけない気がするのだ。

「すぐ連れてきたらどうだ。もう夜だし、活動できる時間だろう」

「そうだね。わかった。今から戻って連れてくるよ」

 太一は礼を言って、病院を出て行った。


 家へ帰ると、リーゼロッテが起きだして、ココアを作って飲んでいたところだった。

「おかえりなさい、おとうさん」

「ただいま。…起きてたんだね」

 リーゼロッテはうなずいた。そして「ココア飲んでた」と言った。

 別に家のものが何か無くなって、リーゼロッテがいないという事態は、起こらなかったようだ。

「ああ、いいよ。ところで、これから一緒に病院へ行かないか?」

「病院? …どうして?」

「君が本当にヴァンパイアと人間のダブルなのか、調べてもらうんだよ。それがわかれば、ここで施設にも入れるし」

「施設…?」

 リーゼロッテは首をかしげる。じっと太一を見上げた。

「私、ここにいてはいけないの…?」

「うっ…いや、だって俺と君は親子じゃないし、知らない人の家に住むのは嫌だろう?」

「いやじゃない。おとうさんだもの」

 まっすぐにみつめられ、太一は胸が痛くなる。


「いや、だから無理があるって。俺は君のおとうさんじゃないんだよ」

「…おとうさんは、私といるのいや?」

 再び、太一は胸が痛くなる。しかし、ここで負けては…。

「私、ここ以外に行くところがないの」

 負けては…。

「おとうさんの邪魔にならないようにするから。いないように扱ってもいいから、ここにいさせて」

 ………。

 太一は膝をついた。


「…はあ。わかったよ」

「おとうさん」

「とりあえず、ここにはおいてあげるけど、でも本当なら施設に行かなきゃいけないんだからね。それに君の体調のこともあるし、病院には行こう」

「…わかった」

 リーゼロッテはおとなしくうなずいた。


 家から病院に向かってバスに乗る。バスには様々な亜人が乗っている。リーゼロッテは無言でバスに乗っていた。太一も何も言わず、バスに乗り続ける。病院近くのバス停で降りて、太一が歩き出すと、リーゼロッテは駆け足で追いつこうとする。

「はあ、はあ…」

「あ、ごめん」

 息が荒いリーゼロッテに気づいて、太一は足を止めた。

「おとうさん、足、速い…」

「ごめんね」

「だから、童貞なんだ…」

「ぐああ! それ、関係ないし! それにこの前までの話だし!」

「…手、つないで」

 リーゼロッテに手を伸ばされ、太一は若干緊張しながら少女の手を握った。女の子と手をつなぐなんて、小学校のフォークダンス以来じゃないだろうか。リーゼロッテの手はひんやりしていた。リーゼロッテに合わせて歩き出したつもりでいると、「ゆっくりすぎるよ」と逆に指摘された。


 病院の中には誰もおらず、滋だけが待っていた。

「こんばんは」

「よう、来たな。その子がリーゼロッテか」

 しげしげと滋にみつめられ、リーゼロッテは太一の後ろに隠れる。


「あんまりじろじろ見るなよ。怖がってるだろ」

「はは、ごめんごめん。ヴァンパイアと人間のダブルはあまり例がないんでね。興味本位で見たりして悪かった。で、この子の検査をするってことでいいのかな?」

「いいよ。リーゼ、座って」

 リーゼロッテは言われるままに椅子に座った。滋と向かい合う。

「リーゼ、君は自分ではどう思う? 人間の血が入ってると思うかい?」

「…わからない。でも、おかあさんは私のおとうさんは人間だって言ってるから」

「わかった。じゃあ、きちんと検査はしたことは?」

「ない」

「だったら、一応しといたほうがいい。例えば、病気一つとってもヴァンパイアのダブルと純血では薬が効き目をなくしたりすることもあるからね」

「………」

 リーゼロッテは不安げに太一を見上げる。


「大丈夫だよ。このおじさんは、俺のいとこで信頼できる医者だから」

「おじさんていうな。おまえも大して変わらないだろ」

「変わりあるよ。9歳も違うんだ」

「三十代はまだお兄さんだ。お嬢さん、採血するから腕出して」

 リーゼロッテは言われるままに腕を出す。看護師はすでにいないので、滋が消毒して採血にかかる処置を行った。検査結果は1週間後に出るということだ。


「これでよし。太一、おまえこの子とのDNA検査はどうする?」

「え…」

 リーゼロッテが太一をみつめる。

「やるなら、おまえの唾液を採取しないと」

「あ…」

 太一はリーゼロッテを見てから、「それはいいや」と笑った。

「いいのか?」

「まだいいよ。この子は母親がみつかるまで、うちに置くことにしたから」

 リーゼロッテがほっとしたような表情を浮かべる。


「そうなのか? まったく、お人よしだな、おまえは。本当にいいのか? 人一人、いやヴァンパイアの娘を預かるなんて、大変だぞ?」

「…なんとかするよ」

「後で後悔しても知らないからな」

 滋はため息を吐いて、あとは病院を閉めるのでさっさと帰れと追い出した。診察代は後日、医療事務のいるときに払いに来いと言われた。


「おとうさん、ありがとう」

 リーゼロッテと手をつないで歩きながら、太一は「いいよ」と笑う。

「まあエレオノーラとは知らない間柄じゃないし。これも何かの縁だよ。そう考えることにした」

「うん」


 二人は家へ入り、太一とリーゼロッテは遅めの夕食を取り、太一は風呂に入ってリーゼロッテは持ってきた勉強道具で勉強を始めた。

「そうえいば、学校なんかはどうしてたの?」

 風呂上がりに、冷えたジンジャーエールを飲みながら太一が聞く。

「ヴァンパイアや夜しか活動できない亜人のいる学校に行くの」

「ふうん…。てことは、やっぱり生まれたのは昨日今日じゃないんだな」

「………」

 リーゼロッテは黙り込んだ。

「責めてるわけじゃないよ。事情があるんだろう? いつか話してくれると嬉しいけどね」

「…ごめんなさい」

「だから、怒ってないよ」

「やさしいね、おとうさん」

「はは。どうかな。エレオノーラの娘だからってだけかもしれないよ」

「それでも、やさしい」

「…そうだといいけど」

 太一は苦笑しながらジンジャーエールを飲み干した。

 深夜になり、太一はベッドに入りリーゼロッテは夜の放送を楽しみながら勉強をしている。夜行性だからな、と思いながら太一は眠りについた。

 翌日、太一は仕事へ行くためリーゼロッテのいるクローゼットに声をかける。

「リーゼロッテ、俺は仕事へ行くけど…」

 返事はない。そのとき、微かな声が聞こえた。

「え?」

「………」

 聞き返しても、返事はなかった。

 けれど、太一にはリーゼロッテのつぶやきが聞こえた。おかあさん、と。太一は仕事へ行ってくると書置きして家を出た。


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