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ヴァンパイアの娘  作者: 結糸
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エレオノーラの魔法

「…テー!」

「リーゼロッテさーん…!」

 こちらに向かって、聞き覚えのある声がした。太一が振り返ると、柳くんとそのおかあさんとカミラ先生、それに蝙蝠の亜人の女の子が二人こちらに向かって走ってくるのが見えた。


「おまえ、どこ行ってんだよ!」

 柳くんが大声でリーゼロッテに駆け寄る。

「もう、怒鳴らないの」

 柳くんのおかあさんが彼の肩を引いた。

「はあ、よかった、ここにいて…」

「どうして…」

 リーゼロッテが鼻をすすりながら太一を見る。


「カミラ先生が教えてくれたんだよ。ここがリーゼのおとうさんとおかあさんの思い出の場所だって」

「そう…カミラ先生が」

 リーゼロッテは納得したようだった。


「リーゼ、無事でよかった…」

「もう、心配したんだよ」

「杏奈、ジュリエット、ごめんね…」

 二人の少女はリーゼロッテに抱きついた。


「心配させやがって。今までどこにいたんだよ?」

「もう、この子は」

 柳くんの母親が彼の頭を小突いた。


「…安奈の家にいたの。でも、夜になったら黙って出てきたから…」

「本当に心配したんだよ。先生から連絡来るし、リーゼはいないし」

 杏奈は泣き出しそうな顔で言う。

「それでどこに行ったかわからなかったわけか…」

 太一は肩を落とした。

「まあでも、リーゼが無事でよかったよ」

 太一が苦笑してため息を吐いた。


「リーゼロッテさん、黙ってどこかへ行ったりしてはいけませんよ。みんな、あなたを心配してるんですからね」

「みんな…」

「そうだよ、リーゼ」

 太一はリーゼロッテの肩に手を置いた。

「もうリーゼは、ひとりぼっちじゃないよ。こうしてみんながリーゼのこと、探してくれたんだから」

 リーゼロッテは周りにいるみんなを見回した。ひとりぼっちだと思っていた世界には、いつの間にかこんなに人がいた。


「…うん。…うん」

 リーゼロッテはまた泣き出した。浅沼さんがポケットティッシュを差し出してくれたのを、リーゼロッテは黙って受け取った。


「エレオノーラは、眠らせてあげよう。ずっとここに一人でいるのはかわいそうだよ」

「うん」

 太一に言われて、リーゼロッテは素直にうなずいた。


 それから遺体収容隊を呼んで、エレオノーラの灰を回収してもらった。彼らは灰を崩さないように丁寧に棺に入れて収容車で運んで行った。リーゼロッテはようやく泣き止んで、同級生たちとはしゃいでいる。本当は無邪気な子供なのだろう。今まで精一杯背伸びしていたのだ。


「みなさん、リーゼロッテがご迷惑をおかけしてすみません」

 山を下りて、太一はみんなに頭を下げた。


「リーゼロッテさんが無事ならいいんですよ」

「まったく。迷惑な奴だ」

「もう、この子は!」

 柳くんがふんぞり返るので、彼のおかあさんは柳くんの頭をはたいた。


「ううん、いいの。みんな、ごめんなさい。来てくれてありがとう」

 リーゼロッテが素直に頭を下げる。みんなは口々にいいよ、気にしないで、と言った。


「子供たちは、俺の車で送りますよ。柳くんのおかあさんも、カミラ先生も浅沼さんも乗って。太一、おまえはリーゼロッテと帰れ」

「うん。そうする」

 リーゼロッテもうなずいた。みんなと手を振って山の駐車場で別れた。


 二人で手をつないで、バスに乗って駅まで行って、リーゼロッテのためのスマホを買うことにした。太一と同じキャリアショップでスマホを選ぶ。

「好きなの、選んでいいよ」

「自分のスマホ、持つの初めて」

 リーゼロッテは店員にあれこれ聞いて、白のスマホにアニメのキャラクターの描かれたスマホケースを買った。


「俺の電話番号登録しておくね」

「うん」

 LINEの使い方を教えながら、二人は家へ帰るため電車に乗った。


「千歳山の公園がエレオノーラと牧村さんの思い出の場所って、どうしてなのかリーゼは知ってる?」

 電車に揺られながら、ふと太一は疑問を口にした。


「高校の時、学校行事でピクニックに行ったんだって。それからたまに、嫌なことがあるとおかあさんはあそこに行くことがあって、大人になってから偶然本当のおとうさんと再会して、しばらくあそこで何回か会ってたんだって」

「…そうか」

 そこを死に場所に選ぶなんて、エレオノーラは情熱的な女性だな、と太一は思った。


「最後に生身の人間で食事がしたくて、たまたま行ったところがおとうさんだったみたい」

「なるほどね。…でもエレオノーラは、リーゼを嫌いだからおいていったんじゃないと思うよ」

「…どうして?」

 リーゼロッテの瞳が揺らいだ。


「リーゼには生きていてほしいから、きっと俺に預けたんじゃないかな。俺の勝手な想像だけど」

「…そうかな」

「そうだと思う」

「…うん。そうかもね」

 リーゼロッテは微笑んだ。太一もつられて笑う。


「そうそう。浅沼さんて、リーゼといとこらしいよ」

「…え?」

 リーゼロッテは顔を強張らせる。

「何、それ?」

「リーゼのおとうさんの牧村さん、浅沼さんの叔父さんらしいよ。彼女のおかあさんの弟なんだって」

「ふーん…」

 リーゼロッテは無表情で無感動にそう言った。


「だから、リーゼにはまだ知らない親戚もいるんだよ」

「おとうさんがいるからいいよ。あの人、おとうさんのこと狙ってるから嫌」

「浅沼さんが?」

 太一はぎょっとしてリーゼロッテをみつめる。

「まさか、逆だよ。俺、彼女にふられたし」

「おとうさんのこと振るなんて、見る目ない。…とにかく嫌なものは嫌」

 リーゼロッテは太一の腕にしがみついた。人には相性というものがあるし、まあこれからじっくり時間をかけて仲良くなればいいだろうと太一は思った。親戚なんだから。


 家へ戻って、リーゼロッテは今日の分の血液を飲んだ。太一と二人でリビングのソファに座ってテレビを見ながら夜を過ごした。リーゼロッテは太一にこれまでよりも近い距離で隣に座っていた。


 それからエレオノーラの葬儀を終え、リーゼロッテとクリスマスを過ごし、正月を一緒に過ごして太一はリーゼロッテを養子に迎えることに決めた。

 いったんリーゼロッテの未成年後見人に滋になってもらい、財産管理をして、家庭裁判所に正式に太一との養子縁組を申請した。


「まったく、おまえは馬鹿だと思うが…ま、リーゼロッテにはおまえくらいのがちょうどいい父親なんだろうよ」

 滋は呆れていたが、もう止めたりはしなかった。


 浅沼さんのご両親に一度、リーゼロッテをあわせに行ったが、リーゼロッテは借りてきた猫のようにおとなしく、ほとんど太一が現状を話して終わった。


 市役所の住民課の新年会も無事に終わり、少し雪の積もった道路を太一は駅に向かって歩く。二次会には行かなかった。リーゼロッテが待っているからだ。


「亀山さん」

 一人で帰ろうとしていた太一を、浅沼さんが呼び止めた。

「ああ、浅沼さん」

「駅までですよね。一緒に行きましょう」

「そうだね」

 二人で並んで駅までの通りを歩く。まだまだ寒い新年の夜だ。二人で白い息を吐く。


「リーゼロッテちゃんと、本当の親子になるんですよね。どんな感じですか?」

「うーん…。前と特に変わらないけどね。相変わらず昼夜逆転の生活で、リーゼが起きている間だけコミュニケーションをとって。LINEもしてるよ。前より少しは親子っぽくなったかな」

「よかった。…でも私、リーゼロッテちゃんに何故か嫌われているみたいで…」

「えっと…もしかしたら、母親くらいの女性が苦手なのかも。あんまりおかあさんとは仲良くなかったみたいだし」

「私、そんな年齢じゃないんですけど…」

「だよね! ごめん!」

 墓穴になってしまうので、太一は慌てて謝った。ましてリーゼロッテは浅沼さんが太一に気があるなんて誤解しているとは、とても言えない。


「でもエレオノーラさんて、本当に魅力的な女性なんですね」

「え? ああ…」

太一は星の出ている夜空を見上げる。

「そうだね。すごく魅力的な女性だったよ」

 もしかしたら、彼女は…。


「亀山さん、あの返事なんですけど、保留にしてもらってもいいですか?」

「え? あの返事? 何だっけ?」

 エレオノーラのことを考えていた太一は、慌てて浅沼さんに向き直る。

「亀山さん、去年私に告白してくれたじゃないですか」

「え、ああ…。ん? 保留って?」

 意味が分からず、太一は首をひねる。


「私、亀山さんて女性に慣れてないし、やさしいけど頼りないなって思ってました。仕事は真面目にこなすけど、要領も悪いし」

「あはは…」

 ひどい言われようだな、と太一は引きつった笑いを浮かべる。

「でも亀山さん、私がふってもやさしいし、リーゼロッテちゃんのこともあったし、亀山さんを見てるうちに、さっさと断っちゃってちょっと、惜しいことしたなって思って」

「え…それって」

「だから私、もっと亀山さんのこと、ちゃんと見ていようって思って。結論が出るまで、少しの間返事を保留にしてください。…だめですか?」

 上目づかいで見られ、太一は返事に窮する。これをあざといというのだろう。

 でも太一に選択肢はなかった。

 リーゼロッテの勘もあながち間違いではなかったということだ。


「…いいよ。浅沼さんの気が済むまで」

 それだけ言うのが太一には精いっぱいだった。胸がいっぱいだったから。

「ありがとうございます」


 浅沼さんはにっこりと笑った。その笑顔がかわいいと思う。

太一は浅沼さんがこんなふうに言ってくれるのは、全部エレオノーラのおかげだと思った。彼女と出会って、リーゼロッテと出会って、太一は変わったのだから。


 駅について浅沼さんと別れて、太一はバスを待つ。空を見上げると、寒々とした空に三日月と星が輝いている。三日月の金色がエレオノーラの髪を思い出させた。


「…もしかしたら、魔法使いはエレオノーラのほうだったのかもな」

 彼女に関わる人を幸せにする魔法を使ったのかもしれない。

 バスが来て、太一は乗り込む。中はあたたかかった。


 家へ帰ろう。リーゼロッテが待っている家へ。


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