リーゼロッテを捜して
『もしもし』
「浅沼さん? 亀山だけど」
『おはようございます。リーゼロッテちゃん、どうでした?』
「実は、リーゼロッテがいなくなったんだ」
『…ええ?』
電話口で浅沼さんは驚いているようだった。少しの沈黙の後、『何があったんですか?』と聞いてきた。
「ちょっと…けんかみたいになって。今、うちのいとことヴァンパイアの居住区へ探しに行こうと思ってるんだけど」
『…だったら、私も一緒に行っていいですか?』
「でも…それは」
『リーゼロッテちゃんは他人じゃありませんから』
浅沼さんは丁寧だが、拒否を許さないような声で言った。
「…わかった。浅沼さんの家って、どのへん?」
『私、駅から近いから、そこで待ち合わせしましょう。西口にお願いします』
「わかった。待ってて」
通話を切り、滋に事情を話して、一度駅まで行くよう頼んだ。
「リーゼロッテのいとこな。世間は狭いもんだ」
「俺も驚いたよ。どおりで、リーゼと会ってから妙に話しかけてくるなとは思ったんだ」
「童貞のおまえにも、チャンスが来たんじゃないか?」
「だから、もう童貞じゃないって…。いや、彼女はリーゼが心配なだけで、俺なんか興味ないよ」
「そうなのか? 積極的に行けば、どうにかなるかもしれないぜ?」
「本当にそんなんじゃないって」
通話履歴を見ながら、太一はスマホをポケットにしまった。
駅に着くと、浅沼さんがダウンのコートにチェックのスカートで立っていた。今日もかわいいな…と太一は思いながら、彼女を迎える。
「お待たせ。あ、車運転してるのは俺のいとこの滋。医者なんだ」
「お医者さん。今日はお休みなんですね」
「開業医だから日曜は休み。さ、乗って」
後ろの席のドアを開けて浅沼さんに乗ってもらい、太一は助手席に座る。
「よろしく、兄ちゃん。こちら、浅沼さん」
「太一のいとこの滋です。よろしく」
「亀山さんの職場の後輩の浅沼です。よろしくお願いします」
滋は浅沼さんには見えないように、太一に親指を立てて見せた。かわいい子だな、という意味だろう。太一はそ知らぬふりをした。
「浅沼さん、太一とはずっと同じ部署?」
運転中、滋が浅沼さんに話しかける。
「いえ、最初に配属されたのは別の部署で、後から亀山さんがいる住民課に」
「へえ、そうなんだ。こいつの第一印象どうだった?」
「ちょ、余計なこと言うなよ!」
「そうですね…。やさしそうな人だなって」
「あーそれ、特徴のないやつに言う代名詞だよね」
「うるさいな!」
太一はへらへら笑う滋をにらみつけ、浅沼さんに振り返る。
「あの、浅沼さん、滋兄ちゃんのことは相手にしなくていいからね」
「いえ、本当に亀山さんはやさしいですよ。仕事も親切に教えてくれましたし。ちょっと緊張するとかみかみになっちゃうところが、かわいいなと思ってました」
「えっ…」
初めて聞いた。浅沼さんにかわいいと思われていたなんて。太一はかあっと顔が熱くなった。
「ああ、こいつ昔から気小さくてな。うちの近所にでかい犬飼ってたんだけど、そいつに吠えられて大泣きしてたし」
「だから、余計なこと言うな! 大体、それ幼稚園とかそんなもんだろ」
「そうか? 小学校高学年じゃなかったけ?」
「そんなわけないから! 黙って運転してろよ!」
「なんだよ、人が場を盛り上げてやってるのに」
「あはは、面白いですね、亀山さんのいとこさんて」
恥ずかしかったが、まあ浅沼さんが笑ってくれたならいいか、と太一は思い直した。
「そういえば、浅沼さんの叔父さんの牧村さんてどんな人だったの?」
話題を変えようと、太一はまだ笑っている浅沼さんに聞いてみる。
「叔父さんですか? そうですね…穏やかな人でしたよ。いつも静かに笑ってる印象です。おばさんと…奥さんと仲が良くて。だから、一夜限りの浮気をしたって聞いたときはびっくりしました」
「その時の子がリーゼロッテか。まあ人は見かけによらないものだからな」
「リーゼロッテの母親は牧村さんが教えてた高校の教え子だったらしいんだよね。そういう関係になったのは、卒業して何年か経ってかららしいけど」
「そりゃあ、高校の時手を出したら犯罪だぞ」
「でもエレオノーラさんはそのときから好きだったんでしょう? 一途ですね」
「どうだろう。カミラ先生…リーゼロッテの担任で、エレオノーラの同級生だった人だけど、彼女が言うには、エレオノーラには別に恋人はいたらしいんだけどね」
「恋人がいても、好きな人は別にいる場合もありますよ」
浅沼さんはさらりと言ってのけた。
「…ま、そうだな」
「そういうこともある…よね」
男二人はただうなずいた。
ヴァンパイアの居住区へ着いて、滋は地図で検索して無料で車を停められる駐車場を探した。リーゼロッテの捜索にどれくらいかかるかわからないからだ。
「この公園、無料駐車場あるからそっちに車停めるぞ」
「いいよ」
「お願いします」
駅からそう遠くない場所にある駐車場に車を停めて3人は車を降りた。
「さて、ここからどうするか、だが…」
「亀山さん、心当たりは?」
「うーん…。今の時間だと、リーゼロッテはまだ活動時間じゃないから、どこかで寝ていると思うんだけど…」
「漠然としてるな」
「後は…そうだ、この前リーゼと泊まったホテルはどうかな」
「ホテル?」
「駅の近くのビジネスホテル。この前、いったん泊まってリーゼの住民票とか住んでた家とかに行ったんだよ」
「子供一人を泊めさせるとは思えないけどな…」
「ここって、ネカフェとかはあるんでしょうか? あ、でも子供一人だと泊まれないか…」
3人で考えていると、「リーゼロッテの友達とか知らないのか?」と滋が言う。
「ああ…人間の居住区だと名前は聞いたことあるんだけど。ヴァンパイアの小学校ではリーゼ、あんまり友達らしい友達はいないみたいだ。学校にもあんまり行ってなかったみたいで」
「八方ふさがりだな…。じゃあ昔住んでいた家は?」
「売家になってた。不動産屋さんに鍵も渡してあるって」
「だったら、不動産屋をあたってみるか。どこの店だ?」
「あー…ごめん。覚えてない」
「リーゼロッテの家へ行ってみるか」
うろ覚えの太一の記憶をたよりに、停めたばかりの車で駐車場を出てリーゼロッテの家へ向かう。何度か迷ったが、なんとかたどり着くことができた。
「ここがリーゼロッテの家か」
「人間の家と変わらないんですね」
二人はまじまじと住宅地を眺める。
「地下に寝起きする部屋があるんだって。夜は普通に過ごせるから、人間の家と変わらないらしいよ」
念のため玄関のドアを開けようとしたが、鍵がかかっていた。
「不動産屋は…天童不動産か。検索してみろ」
「わかった。…隣町にあるみたいだ。車だと10分くらいだって」
「リーゼロッテがいってるかどうかはわからないが、一応話を聞いてみよう」
「はい。そうですね」
3人は車に乗って天童不動産へ向かった。しかし、3人は肝心なことを忘れていたのだ。ここがヴァンパイアの居住区であることを。
「うあー…。まだ閉まってる」
太一は扉の閉まった不動産屋のドアをがちゃがちゃと揺らした。中からは何の応答もない。
「営業は冬時間は午後6時からか…。夏は午後8時から。そうか、季節によって日照時間が違うからな」
滋は妙に納得したようだった。
「困りましたね、どうしましょうか」
浅沼さんは顎に手をあててため息を吐く。
「後、リーゼが行きそうなところ…あ、カミラ先生から返信がきてる」
棺の中から連絡しているのかもしれない。太一はスマホに「何があったんですか」と聞かれたメールに、リーゼロッテの行きそうな場所を聞く。心当たりはないが、暗くなったら自分も起きて探すということだった。リーゼロッテのクラスメートにも連絡してみると言ってくれた。
「手掛かりなしか。まだ日が暮れるまで少し時間があるしな」
滋がため息を吐いた。
「リーゼロッテ…牧村さんのこと、知っていたみたいなんだ」
「そうなんですか?」
浅沼さんが驚いて聞き返す。
「俺が会いに行ったって言ったら、余計なことするなってすごい怒って…。何が悪かったのかな」
「何か知られると、都合の悪いことがあるんじゃないか?」
「都合の悪いこと…」
太一はくしゃくしゃと自分の髪をかきあげる。
「そういえば、エレオノーラがどこにいるのかもリーゼは知っているみたいだった」
「行方不明じゃないんですか?」
「家を出て行ったとは言ってた。でも、自分を置いて行ったとは言ってたけど、エレオノーラの行く先を知らないとは言わなかった気がする」
「おまえの家に居候するために、居場所がわかると言ったら困ると思ったのか?」
「どうだろう…」
太一が腕食いをして考えていると「だけど」と浅沼さんが話し出す。
「リーゼロッテちゃんてすごい子ですよね。たった一人でおかあさんの元カレ男性の家に寝泊まりするとか。かなり度胸がないとできませんよ」
「元カレ?」
滋がツッコみたそうだったが、太一はかぶりを振って制した。
「それはおいといて、確かにリーゼの度胸はすごいよね」
「それだけ切羽詰まった状況だったんじゃないか。ヴァンパイアの子供は母親が手がかからなくなると施設へ預けることが多いらしいからな。…とりあえず、日が暮れるまでどこかで時間をつぶすか?」
「そうだね…」
「そうしましょう」
冬至の翌日だから、まだまだ夜は長い。駅の近くの公園の無料駐車場に車を停めて、駅近くでリーゼロッテのような女の子を見かけなかったか聞き込みをしたが、手掛かりはなかった。ヴァンパイアたちはまだ活動時間ではないし、いるのは動物の亜人や人間たちだけで、ヴァンパイアのダブルの娘を気にかけるようなことはなかったようだ。
やがてあたりは暗くなり、変わりに電飾の明かりが派手についた。
不意に太一のスマホに連絡が来た。




