2.神様の失敗
二人が記憶を灯したその日は、偶然にも神殿の洗礼式の前日だった。
神殿は領地に一つは必ずあり、男の子が5歳、女の子が7歳になると、誰であっても神殿の洗礼式に参加しなければならないという伝統があった。それは、王族からスラムの子供まで全ての対象の子供達が参加する義務を持った。
洗礼式は神殿で身体を清め、さらなる成長を促進させるという、子供の健やかなる成長を願う一種の儀式で、その日は、一日中洗礼式のために開かれていた。
洗礼では、魔法適性、剣術適性があるかどうか。そして、今の自分のステータスが見れるようになっていた。
魔法適性、武術適性は、誰もが一つは持ち合わせていた。
魔法適性には火、水、地、風、闇、聖。そして、武術適性には、剣術、弓術、体術のそれぞれ複数の属性に分けられていた。魔法適性を6属性全て持っているのは稀で、それは武術適性にも言えることだった。
一般的に、一つの属性を一人は持ち合わせており、二つの属性を持ち合わせているのは国に半分もおらず、三つ以上の属性持ちはもっと珍しかった。
そして、属性にも上級、中級、小級があり、多くが小級~中級で、上級持ちはどんな属性であっても様々なところから引く手数多で、職には困らないと言われていた。
魔法、武術両方の適性を持った人は、属性の階級、身分関係なく、王宮で丁重に保護されたり、将来の栄誉を確約されたり、国を上げ、もてなされたりした。この国には10人もいないとか。
過去、両方の階級全ての属性を持ち合わせる人は、私達の祖先の英雄だけで、その人でも全てが上級ではないようだった。
当日、初めてメイドにお風呂に入れられ、綺麗なドレスまで着せられた。いつも暴力は振るわないものの、暴言や執拗な嫌がらせを受けてきた私達にとって、急な丁寧な対応に驚いたが、きっとこの日だけのことだろうと理解した。
髪を初めてちゃんと洗い、カットし、初めて鏡を見て分かった。私達の髪は綺麗な白髪だということを…。そして、瞳は澄んだ空色だということを。
前までは、お互いの瞳が見えないほど髪が伸び切り、何となくでしか把握出来なかった姉弟の見目麗しさに感嘆の息を漏らした。
「…ウィル…めっちゃ格好いいんだけど!!」
「姉さんこそ!!」
「こんな私達が虐げられていたなんて…信じられない!!」
「僕達の見目は父の碧眼と母の白髪を受け継いだものらしいし、そっくり過ぎて…だろうな。」
「そんなの…。
私達、絶対長生きしようね!今度こそ!」
「だね!でも、早めに…やっとこうか!」
「…うん!何色にしようか。目はそのままにする?」
「念の為、目も変えとこう。僕達の髪も目も結構珍しい色らしいし。」
「わ!結構似合ってるよ、この色!」
「本当だ!…姉さん…来たみたいだよ。同時に、ね?」
「わかった。」
私達をお風呂に入れたメイドが私達を呼びに部屋に入ってくる。同時に精神魔法を発動させ、変えた色を認識させる。
「わー僕達髪サラサラだ。」
「メイドさん、似合ってる?」
「…ふんっ。茶髪に黒眼なんてありふれてるわよ。」
「はっ、これが続くと思ってんの?身の程をわきまえなさい。」
「…。」
人に精神魔法をかけるのは初めてだったけど…成功したようだ。
馬車から降りるとムシナとジンシナは私達を神殿へ促し、神官に用があるのか、別の方向に案内されて行った。
神殿内は、陽の光がステンドガラスを通して中へ差し込み、宝石のように輝いていた。全体が白で統一されており、清潔感のある、いかにもな神殿だった。
洗礼では、個人と洗礼儀式を行う大神官しか適性が分からない。
個人では、そのステータス、適性が詳しく分かる。
大神官には、洗礼を受けている者の中に、適性持ちが何人いるか、何の適性持ちがいるのか分かるようになっていた。
空いてる席に座る。
顔を俯かせ、祈りを捧げる子供達。そして、大神官の神への祈りと共に、神殿内が光に包まれた気がした。
目を開けると、そこは、神殿内ではなかった。太陽のない真っ青な空だけの景色に、雲のような真っ白な地面。目の前には…髭を蓄えた…おじいさん?!
「…。」
「…。」
「「…こんにちは、おじいさん。」」
【よく来てくれた。驚いてる?ところを悪いが、時間がないから、今の状況と今後について簡単に話させてもらう。】
「…分かりました。」
「お願いします。」
【随分と物分りがいい…コホンッ……まず、君たちは我々の犯した重大な失敗により、予期せぬ死を迎えたため、記憶と能力を引き継いだまま、魂をこちらの世界に転生させた。
しかし、魔族達の妨害により、記憶がすぐには蘇らず、最悪な生活環境の元に転生させてしまった。…本当に申し訳ないっ。世界一幸せな人生を送れるようにするつもりだったのだ。本っ当にすまなかった。】
「そう…なんですか…。」
「…ちなみに、僕達には何かしら加護とか授けてくれたりするんですよね?」 【あぁ、勿論じゃ。
君達には、前世ではこの国で英雄と呼ばれる奴よりも高い武術ステータスを持たせていたからな。ついでに、簡単に死なないように最高のステータスをプレゼントしよう。】
「…それは非常に有り難いです。…ん?僕達…前世ではこの国の英雄並みのステータスだったんですか?」
「んん?えっと…何で私達が死ぬ前から神様から最高の武術ステータスをもらってたんですか?」
【それは……これは誰にも話してはならぬことじゃが…。
我々神は違う神が創り出した世界ならどこにでも行き来可能なのじゃ。儂は地球が一番好きな世界だからたまーに遊びに行ってたのじゃ。
会議がある日に退屈で抜け出してこっそり地球に行ったのじゃが…。地球の神に内緒でいったものじゃから、行き来するルートは自分で創らないといけないから、誰にもバレないように創ったのじゃ。したら、マップも忘れたしで迷子になってしまったのじゃ…。】
「あの…話の途中に申し訳ないのですが、マップとは地図ですよね?神様なら見なくてもどうにかなるのでは?」
「神様に見つからないように力を使わなかったとかか?」
【そうじゃっ!よく分かったな。
…あっ、悪いが時間がないから本題に移らねば…。
念の為忠告しとくが、君達のステータスが最強であって、使い方次第…努力次第では変わりうるということを忘れないでほしいのじゃ。もう時間がないからこの忠告はこんな簡単にしか説明出来んが、君達なら分かってくれると思っておる。忘れないでくれ。】
要するに、誰よりも強い能力はあるが、それを上手く使いこなせるかは、私達次第だということ。器用貧乏だったり、使い方が分からなければ使えないよ、ということ…かな?
神様の言い方で気になったことはあったものの、時間がないなら、今聞くことではなく、時間を効率よく使うべきだ。
「それで…私達に話さないといけないことがあるのでは?」
「本題に入ってください。」
【…お、おぉ…すまない。先にこの世界のことについて話そう。この世界は――――――――――――――――――――――――。】
神殿に戻ってきた。
神官の声と共に顔を一斉に上げた子供達は、自分の手元に映し出されるステータスウィンドウを確認しているらしい。ステータスウィンドウは本人が許可しない限り、他人のは覗けないようになっている。
しかし、私達は違う。自分達のステータスウィンドウは一顧みもせず、初めての魔法を使う。神様からもらった鑑定スキル。それで、条件に当てはまる子にこっそり魔法でマーキングする。
スキルとは、適性とは別に一人一つは授かる。例えば、鑑定、アイテムボックスなどなど…。種類は様々で使えば使うほどスキルはレベルアップする仕組みとなっていた。
待ち合わせた馬車に乗り込む。
「神様に会った今だから言えるけど、正直あまりショックとか怒りとか思ったよりなかったな〜。」
「うん…驚いたのは少しあったけど、前世の癖ですぐに自分で消化できたから…ね。寧ろ、こっちの世界の方が合ってる?っていうか。
それに…神様には悪いけど、嬉しそうな顔を見せなかったのはわざとだし、何か反省してくれなかったら嫌だし、色々特典つけてもらいたかったから利用させてもらったけど…。」
「そうね…まぁ、だから…感謝はしなくていいんじゃない?神様の特典が付いてイーブンな関係なんだから。」
「そう思っとこ。…でも、姉さんの本当の姉弟として生まれれたことは、感謝かな!」
「フフッ。私もよ。」
家に帰ると、ドレスの着替えを手伝ってくれる人は勿論おらず、思っていた通り、特別扱いは午前中だけなのだとがっかりした。というか、特別扱いじゃなくて、あれが私達が受ける筈の本来の扱いなんだけどね。
一つの小さなベッドに寝転がり、思い返す。神様が私達に話したことを…。
この世界は、私達の世界の乙女ゲームを元に魔神が作った世界らしい。魔神は、神様よりは力が弱いが魔族の頂点に君臨する魔王が信仰する神様という存在らしい。
魔神が全力を振り絞り、この世界を作ったのは、私達の世界に興味を持ち、何故か、ある乙女ゲームのような世界を実現させたい、現実にしたいと思ったかららしい。
何故魔神のことについて、神様がそこまで知っているのかというと、魔神は魔王が信仰する神なだけで、そもそも極悪な神ではないらしい。この話を教えてくれた神様とは旧知の仲で、よく私達の世界を一緒に覗きに行くほど仲が良いのだとか。
しかし、世界というものは、蟻一匹さえも意志を持ち、生きているため、中々思い通りに行かないのだとか。更に、最近は魔族が力を強め、人との均衡も崩れそうになっていたりと、魔神様はそれはそれはイライラしているらしい。
神は、自分達の創り上げた世界というものに過干渉出来ない決まりというのがあり、それを破った場合、神だけでなく、世界も一緒に消滅してしまう。この過干渉というのも、細やかなルールがあるらしいが、説明しきれないとのことで省かれた。
そこで、この世界の未来を予見したところ、私達英雄の子孫は、散々な目に合わされ、親族に家を完全に乗っ取られてしまうらしい。
だから、本来生まれる予定ではなかった私達を転生させ、神の力を使い、両親共に助け、悲劇が起こらないようにするつもりだったそう。
しかし、神の世界もそう甘くなく、死ぬ予定の者を助けることはルール違反だということで、他の神による妨害を受け、その計画は失敗した。
せめて私達の存在によって因果律を乱し、記憶を蘇らせることで、世界のルートを変えることを願うしかなかったらしい。
私達をこの世界に送ることは既に決定事項で、どうしようも出来なかったと神様に土下座されたことを思い出す。
これからの私達の人生に不安がないと言ったら嘘になるが、前世よりも毎日が楽しいと密かに胸が高鳴っているのを感じて、困難を乗り越えるのはいつものことだし、その後の達成感を想像し、悪い気持ちはしない。
それに、自分達が死んでしまう運命を避けるのは、案外簡単だと思っている。根拠はない。ただ、私達がいるから、だ。
神様の話を思い返すと、魔神様がそこまで悪い人ではないのに、信仰する者が悪役的人間になるのはなぜだろうなど、魔神様についての疑問が沢山思い浮かぶ。
近々、自分達で情報をとるなり、もう一度神様に会うなりしなければと私達は顔を見合わせる。
これからやらなければいけないことは思ったより沢山ある。二人で沢山話し合って、今後の計画も立てた。明日からすぐに動かなければ…。